第4話 お決まりの時間

 注目されていなくとも小学生たちのいる手前、真面目にラジオ体操をした小夜は、急激に増した眠気から、姫への挨拶もそこそこに家に帰っていった。

 ラジオ体操帰りの姿に驚かれつつも朝食を用意してくれた母へ、姫に遭ったことを伝えれば、「ああ、まだ会えるんだね」と妙な言い回しで返される。

 しかし、眠い頭は朝食を咀嚼するのに精一杯。

 これから横になることを考え、完食は起きてからと手を合わせた小夜は、寝支度を調えると自室のベッドで横になった。

(あー……でも結局、昔と大して変わらないやり取りしちゃったな。まあ、眠さが勝って判断力が鈍ったってことにして、明日また会ったら、謝ろう……)

 明日もラジオ体操の時間に公園へ。

 さも当然のように加えられた日課を不思議とも思わず、束の間眠りにつく。


 夏休み二日目、快晴。

 昨日の狂いに狂った生活リズムのせいか、絶妙に重い頭を抱えつつ、小夜が起きたのはラジオ体操が始まる1時間前。手早く身支度を調えたなら15分は過ぎたが。

 高校内ならともかく、昔から自分を知る実家近所の、ラジオ体操程度の外出ではそれ以上手を加える気にもなれず、どうしたものかとしばし食卓の椅子でぼーっとする。

(どうせ今日も姫は来てるだろうし、行けば開始まで時間を潰せる自信はあるけど……。んー……気分が乗らない)

 ラジオ体操を目的に、公園へ向かう気持ちは変わらない。

 ただ、あまり早い時間から行こうとはどうしても思えなかった。

 姫と話したくないわけでもない。

 どちらかと言えば、色んな話をしてみたいくらいだ。

 しかし、それはそれとして、早く行くという気持にならない。

 何故だろう?

 そんな問いかけさえ浮かばない億劫さを抱えたまま、小夜はしばし宙を眺め、

「……ああ、そろそろ行こうかな」

 不意に見た時計が開始の20分前を示していたなら、ようやく立ち上がった。


「おはよう、姫」

「おう、小夜。おはよう」

 同じような挨拶をしている子どもたちを目の端に、真っ直ぐ子どもたちの対角線上にいる男へ手を上げたなら、同じ気安さで返される。

 昨日とは違うTシャツに、ジーンズとくたびれ具合は変わらない「かぐや姫」。

 小夜は駆け寄るでもなく目の前まで来ると、途端にあくびを大きくする。

「おはようと言った途端にあくびか。眠れてないんじゃないか?」

「んーん。眠れているとは思うけど、眠りの質が悪いのかも。やっぱ夏だし」

「ああ、ここんとこ連日暑いもんな」

「うん。……あ、そうだ、姫に言おうと思っていたことがあるんだけど」

「ん? なんだ?」

「ごめんね」

「……何が?」

 虚を突かれたような間の後、謝罪の意味を図りかねてか、表情の抜け落ちた姫が問うてくる。この反応に、自分の言葉の足りなさを知り、小夜は頬をかいた。

「いや、昨日、久しぶりに会ったのに、その……碌なこと言ってなかったから」

「ああ」

 謝罪の理由を聞き、力が抜けような笑みを見せた姫は、無精髭を擦って言う。

「別に気にしてないさ。小夜ってこういうヤツだったなー、らしいなー、って思ったぐらいで、寧ろ懐かしかったよ」

「それは……いいこと? というか、小学生から成長してないってことじゃ」

「いやいや。成長はしてるだろ。こうして謝ってきたわけだし。つっても、俺は全く気にしてなかったから、そうだな……ここはしみじみと、小夜の成長を感じておくとしようか」

「え、なんか気持ち悪いから止めて」

「……うん。成長しても、小夜は小夜だな」

 結局、昨日とおなじようなやり取りになってしまった小夜は、最終的に姫相手だからしょうがない、という認識に落ち着くのであった。

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