第3話 昔々のお話
小夜の頭を駆け巡る、姫との思い出の数々。
大抵が碌でもない代物で、「かぐや姫」の名前から派生したものは特に多い。
犯罪者でなければ月の民だから宇宙人で、こちらの常識が通用しない人、という理解から来る「非常識な人」という偏見や、求婚者に無理難題を要求する様から引用して導き出した、「プレイボーイ」や「ヒモ」という認識。――ちなみにこれらの認識については、姉からの受け売りでしかなく、当時は具体的な意味を知らなかった。
あとは、今日と代わり映えのない姫の格好から、「売れないミュージシャンの人?」と尋ねては、「なんで売れない方限定なんだ」とうなだれられ、「じゃあ、売れているの?」と純真無垢を装って聞いてみたり。
……正直に言ってしまえば、途中から姫の反応が面白くて、思いつきでポンポン出ていった軽口がほとんどであった。
(でも……今更だけど、ほぼ悪口だったよね、アレ)
小さい頃のこととはいえ、一気に思い出した自分の所業に内心汗をかく小夜。
だというのに、目の前の男は、何故か嬉しそうにニコニコと笑っており、
「大きくなった……ってほど、大きくはなってないみたいだが、元気だったか?」
(っぐ……)
記憶にある中、最後に遭った小6の夏休み最後の日より、姫の言うとおり身長の伸び盛りが終わっていた小夜は、少なからずコンプレックスに触れられて小さく呻く。
小6にしては高身長。
思春期間近の少女としては、なんとも言い難い話だが、幸いにして小夜はこれを嬉しく誇らしく思うタイプであった。
このまま行けば、お姉ちゃんより背が高く、お父さんよりも高くなるかも――。
しかし、小夜の期待も虚しく、結果は現在、平均値のやや下方を指していた。
父どころか姉にすら届かず。
そんな小夜の様子に気づかない姫は、だというのにもう一つ、身長とは別に気づいたことを口にした。
「そういや、髪型は変わったな。だいぶ短く……あ、もしかして失恋――」
「じゃないから。中学行く前くらいから短くしたの! あと、そういう考えは古くさいから本気で止めて欲しい」
「お、おお。悪い悪い」
一瞬、小さい頃の意趣返しをされている気もしたが、じろりと睨みつけた相手は、焦った風でもなく、
「本当に失恋だったとしたら、余計に軽口が過ぎるもんな。すまん」
「だから失恋じゃ……まあ、いいけど」
自分より背の高い大人に頭を下げられ、小夜は首を振った。
話せば終始飄々としている姫だが、性格は小夜より繊細なところがある。この謝罪も見た目ほど軽いモノではないと知っているなら、訂正も野暮だろう。
(最初は誰? って思ったけど、姫だってわかったら、全然変わんないなーって感想が出てくるのも、姫っぽいというか何というか……本当に、変わらないんだなぁ)
不意に思い起こされたのは、初めての遭遇を果たした小4の頃。
結局不審者認定で終わった姫の存在は、もちろん、母に報告したのだが、返ってきた答えは奇妙極まりないものであった。
――ああ、あの人ね。知ってる知ってる。お母さんが子どもの頃にも同じ格好で公園にいたから。夏の早朝にだけ現れる怪人でね、昔から有名なのよねぇ。
悪い人ではないから大丈夫。
そう締めくくった母に、当時の小夜はぎょっとした。
怪人、という単語は危険な存在を表わす呼称だと思ったのだが。
しかし、この反応は昔からこの辺りに住んでいる大人全員からのものであり、いつしか小夜もそういうものだという風に思うようになっていた。
だからこそ、家にある白黒写真にも、今と同じ風貌を残している姫へ言う。
姫を真似てにっこり笑顔で、
「私は、まあ、今はちょっと睡眠不足だけど、この通り元気だよ。姫も昔のまま、非常識そうで良かったよ」
「やっぱり怒ってるじゃないか」
小夜なりの「変わらず元気で良かった」という対姫表現は、姫自身に全く伝わらず、今度はがっくりと気落ちしたていで頭を下げられてしまった。
(怪人は良くても非常識はダメ。こういう訳のわからないこだわりも、姫っぽい)
その昔、ストレートに「おじさんは怪人なんでしょ?」と聞いたことのある小夜は、苦笑で受け止められた「怪人」と、嘆かれた「非常識」の反応の違いに、心の中でうんうんと頷く。
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