七日目 幼馴染みの提案

 夏祭りは明後日。

 勝手知ったる実家の祭りのはずが、行商人の姿を見るまですっかり忘れていた小夜は、彼の去り際にそんな情報を得た。

 そうしてなんとなく姫を見る。

 ラジオ体操と同じように子どもたちが集まる賑やかな夏祭り。

 特に近所の大人たちが力を入れている夜の花火は、一大イベントだ。

 もしかしたら姫も来るのではないか。

 夜に見る「かぐや姫」。それはとてもレアな光景に思えた。

 小夜の視線に気づいた姫は無精髭を撫でながら、「そうだなー」と考える素振り。

 これを見ていた小夜は、不意に思う。

「姫って、朝型なの?」

 それなら夜に見かけないのも納得だが、お世辞にも朝に強いとは思えない、死んだ魚のような目をしたくたびれ男の立ち姿に、半信半疑の目を向ける。

 すると、

「小夜は……俺が朝型に見えるか?」

「…………」

 朝にしか見かけないゆえの発想に、姫本人からそう返されては、何も言えずに目を泳がせた。そうしてようやく発したのは、

「だって夜とか見かけたことないし」

「まあ確かに、俺も小夜には朝しか会ったことがないからなぁ。……ん? てことは、小夜は夜に出歩いてんのか? この辺は暗いだろうに。危ないぞ?」

「うっ……」

 確かに姫の指摘通り、姫を見ていないと言えるほどには夜出歩かない小夜。

 名前に「夜」がつく割に、自分もそこそこ夜にいるのはレアかもしれないと思ったなら、なんとなく分の悪さを感じた。

 これをどう思ったのか、一つ息をついて姫は言う。

「ま、行けたら行くかな」

「用事でもあるの?」

「まぁ……色々と、な。よそ者にはあるんだよ、段取りというか、そういうのが」

「ふぅん?」

 白黒写真に写るような昔からいる、よそ者。

 よくわからない話だが、面倒そうな姫の様子に小夜は深く聞かないことにした。



 さて今日はこれから何をしたものか。

 実家に戻ってからというもの、一日の始まりが一番のイベントになってしまっている小夜は、今日も今日とて残りの時間をどう過ごそうという贅沢な悩みにだらける。

 これがここ最近の主な過ごし方なのだが、今日は少し違った。

「小夜ー、由衣ちゃんが遊びに来たわよー」

 そんな母の声かけに、玄関へ向かったなら、そこには由衣と、もう一人の幼馴染みであり、由衣の恋人である孝希が立っていた。

(由衣だけだと思ったのに……ま、いっか)

 一応異性である孝希に、完全にだらけた格好を晒した小夜の気まずさは一時。

 長年の彼女持ちに使う気もないと「よ、久しぶり」と手を上げ、由衣を見ては眉を顰めた。

「由衣……顔色悪いけど、大丈夫? 熱中症? それとも、育児ノイローゼ?」

 後半は完全な茶化しだが、由衣の具合の程度を図る役目もある。

 これに「まだ言うか!」と荒ぶる返答を受け、熱中症ではなさそうと内心安堵したなら、紙が一枚提示された。

 夏祭りのチラシだ。

 簡単なプログラムが書かれたそれを突きつけられ、なんだろうと首を傾げたなら、挑むような声で言われた。

「明後日の夏祭り、私たちと一緒に行かない?」

 言葉の内容にそぐわない必死さに、小夜は即座に答えた。

「え、やだ」

 夏祭りに行くとして、なんでわざわざ恋人どもに同行せにゃならんのか。

(そーいや姫には聞いたけど、夏祭りどうするか全然考えてなかった)

 ばっさり断られてうなだれる由衣の頭を見つめながら、小夜は改めて、突きつけられたままのチラシを眺める。

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