七日目 懐かしの行商人
(そーいや昨日、居間の時計が止まってるとかなんとか言ってたっけ)
ちらほら集まり始めた子どもの姿に、遅れて蘇る記憶。
それもこれも、悪夢の元凶であったヤツのせいと思えば、先ほどの遭遇も仕組まれたような気がして、すこぶる居心地が悪かった。
とはいえ、だ。
コーヒーという画期的なアイテムの存在に、小夜の心は躍っていた。
さすがに粉をそのまま使うのはもったいない、落とした後で乾かしたモノを常備しておけばいい、そんな風に思っていれば、申し訳なさそうに姫は言う。
「あー……喜んでいるところ、マジで申し訳ないんだが、露はコーヒーが駄目なだけなんだ。常備しとけばいいと思ったような顔をさせて本当に悪いと思っているし、ヤツのことを話題にも出したくないところ、なおさら悪いと思ってはいるんだが、思い出して欲しい。その気になればヤツは、そういうもんを全部水に流せるってことを」
「…………」
雨の日に現れる露は、幼い小夜を拘束した時のようにいくつか能力を持っているのだが、露にとって最も関わりの深い水を操る能力は格別らしい。小夜が目にしたことはないが、長い付き合いと思しき姫が言うのだから、間違いはないだろう。
ぱっと思い浮かんだのは、コーヒーで完全武装した自分が、濁流に巻かれていとも容易く武装を剥がされ、挙げ句、露に丸呑みされる様だった。
「完全に有効だったら、俺は迷うことなく、小夜の頭からコーヒーをぶっかけていたんだがなぁ」
「…………」
「あ、もちろん、ちゃんと冷めたヤツだ。熱々じゃないから安心しろ?」
じとっと睨みつける小夜をどう思ったのか、相変わらず死んだような目の姫が、想像の中の対策を補足してくる。
これに大きくため息をつけば、慰めに一つだけ、と姫が付け加える。
「要は過信できないってだけさ。お守り代わりに持ち歩くのは悪くない。ただ、それだけで退けられるほど、相手は甘くない。だろ?」
言い聞かせる口振りに、小夜は小さく顎を引いた。
そんなこんなが遭った昨日を終えての翌日。
まさか二日連続で遭うのではないか。
そんな風に警戒しつつ公園に向かった小夜は、思いがけない姿を見た。
「うわー、チャラおじだー。懐かしー。そっか、夏祭りが近いんだっけ」
言いつつ近づけば、姫と何かしら話していた男が眉を顰めて小夜を見た。
「その呼称……お前、幸子か?」
「小夜だよ。久しぶりー」
昔そうしたように気軽に手を上げれば、男も応じて手を上げ、互いに打ち鳴らす。
朝日にキラキラと輝く、一本に縛り上げながらも緩く波打つ長髪。瞳の色は角度に寄って輝きを変え、綺麗な輪郭を持つ顔立ちは美しく見える――ような気がする。
美人であることは間違いないのだが、どうしても像が定まらない男のことを、小夜は「チャラいおじさん」と解釈し、「チャラおじ」の愛称を勝手に作っていた。
姫経由で知り合ったこの男のことは、「キモい」一択の露とは違って、最初から気に入っていた小夜。
「今日は祭りの下見に来たの?」
挨拶もそこそこに尋ねたなら、男は「まあな」と頷いた。
男は姫のように、あまり人の世に馴染まない存在ではあったが、生業を商売人としているらしく、祭りがあるとそこに混じって商いをしていた。とはいえ、TPOを弁えた商売しかしないそうで、小夜が客として訪れた時は、人知を超えない範囲のモノしか売らず、コトしかしていなかった。
「あとは、ついでにカグヤの御用聞きってところか。なにせ、このお人は、この時期ぐらいしか会ってくれないからよ」
「それはこっちの台詞だがな。祭りがないと現れない行商人に、それ以外の時に何をどう頼めって言うんだ」
「違いない」
ケタケタ笑う行商人に、姫が呆れたような息をつく。
少しだけ笑みを乗せたソレに、小夜は珍しいモノを見た気がした。
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