六日目 天井知らずの不快指数
露はその後も度々小夜の前に姿を現わした。
といっても、最初の時以外は姫が常に傍にいる状態で、言葉を一言二言発したかどうかで姫に殺されていたものだが。
生き物とは全く異なる性質を持つ存在ゆえか、殺されること自体はあまり重視していないようで、姫に対して恐怖を示すことはない露。いや、それどころか姫の存在が必要不可欠だと言っていた。
――小夜と逢うためには。
そう、一体どんな重罪を犯せばそんな話になるのか、小夜にはさっぱりわからないのだが、この露という負の存在は、全くもってありがたくないことに、小夜を目当てとして現れていた。
何度殺されても意に介さず。
このおぞましい事実を知った時、小夜が総毛立ったのは言うまでもない。
愛や恋などという感情とは無縁の存在から興味を向けられている――。
断固拒絶の反応すら愉しいと不気味な声に嗤いかけられて、青ざめはしても意識を保てたのは、偏に、目の前のコイツが気持ち悪かったからだ。
その不快感は何年経とうが変わらず、露にしても出会い頭の小夜の叫びを悦ぶように、ニタァ……と嗤い、
「くっさっ!?」
「……おい?」
急に鼻面を押さえてのけぞり、距離を取った露の行動に、思わず声をかける小夜。
最初の遭遇では気づかなかった、雨の日の生臭さを纏っているヤツに、そんな反応をされるいわれはない。
姫の背に隠れつつも、青筋を立てる小夜に姫は言う。
「もしかして、コーヒーを飲んだのか?」
「えっ? そ、そんなにヤバいかな?」
寝起きすぐではなかったとはいえ、コーヒーを飲んだのは確か。
知らず、露ですら耐えられない臭いを発していたのかと青ざめ、口を覆ったなら、姫が目の前で軽く手を振る。
「いや、違う違う。ヤツはコーヒー自体が駄目なんだよ」
「へー……」
(いいこと聞いた)
そう思いつつも、小夜は姫の傍から離れないように気をつけ、苦しむ露を伺う。
この程度で露があそこまで苦しむのはありがたい話だが、だからといって優位に立ったと喜ぶつもりもない。
何せ小夜にとって重要なのは、ヤツが苦しむことではなく、未来永劫、自分の前に姿を見せない、存在すら感じさせないことなのだから。
こうして見ているのさえ苦痛でしかない相手ならば、さっさと消えて欲しかった。
そして願わくば、コーヒーを嗜むようになった小夜に見切りをつけ、今後一切絡むことのないように――そんなことを考えていれば、番傘を放ってまで臭いに苦しむ露の姿が透け始めた。
陽が露の身体を直接照らしたためだ。
顔を覆ってもがき苦しみながら消えていく様は、ともすれば今生の別れにもなり得る光景だが。
「……ちょっと早く来すぎちまったな。遭わなければ見つからなかっただろうに」
「う……」
しがみついていればこそ聞こえた小さな声に、小夜は低く呻く。
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