九日目 馨しのニオイ
思い返せばおかしいところは多々あった、と小夜は言う。
姫に懐いた分、オカルト知識もそこそこ興味を持って仕入れていた小夜と違い、由衣はその手の話が苦手だった。彼氏である孝希も、また。
いや、孝希の場合は苦手というより、興味がなさ過ぎたという方が正しい。
なにせ中学生の時分に、友だち連中が廃墟探索しようと誘った時も、はまっていたゲームを優先し、しつこくされては相手の親に教えるぐらいだったのだから。ちなみにこのゲームは彼女である由衣よりも優先されたため、クリア後は関係修復に手こずる羽目になるのだが、それはそれとして。
とにかく、由衣は苦手、孝希は興味なし、は昔から変わらなかった。
なのに、そんな孝希がどこでその道に詳しい人物と知り合うのか。
それに、小夜が一番姫と関わっていた小学生当時、友だちと会うため別の公園に出かけていた孝希には相談してこなかった由衣が、今になって相談を持ちかけたのか。もっと言えば、そういう話が苦手な由衣は、自分から話すのを特に嫌っていたのだ。その手の話に出てくる者どもは、大抵、話すだけでも近寄ると言うから。
これを教えた小夜には、それだけで泣かせた憶えがあるのだから、間違いない。
「だからさー、たぶん、記憶の捏造とかされてたんだよ。姫のいる公園に通わない孝希から、わざわざ。凄い姑息だと思わない? ってか、そこまでする? 普通」
「まあ、普通じゃないからな」
「それは……確かに」
出店の設営を手伝いつつ愚痴った小夜は、的確な指摘に頷くしかない。
「これでよし、と。やあ、助かったよ、佐江子。お陰で始められそうだ」
「小夜だけどね。ううん、こちらこそ」
差し出された男の手を握る。
ぬめりもインスタントコーヒーのべたべたもさっぱり消えた手は、男の指示によってすでに水道水で洗った後だった。
――確かにコーヒーは
二、三度、握手の手を振っては、離れてまた振った。
「じゃ、そろそろ行くね」
出店の設営が完了するまでは匿ってやれる。
出店の間から小夜を引っ張り出した男――行商人はそれだけを言い、小夜はこれにすぐさま頷き、手伝いを始めた。
この前と違い、「チャラおじ」のあだ名に相応しい格好とアクセサリーを付けた行商人は、詫びながら色々教えてくれた。
行商人である自分では、小夜を露から逃がしてはやれない。
ただ、取引をすれば一時的に匿うことはできる。
自分より力ある露相手でも、取引中、つまり設営中は小夜を見つけられなくなる。
姫はこの祭り会場のどこかにいる。
どこにいるか正確に言い当てるのは難しいが、生命の賑わいを見られる位置に姫はよく姿を現わす。
姫が露の出現に気づいているかは不明。
というのも、露の本体であるUMA(姫曰く)は今回手を貸す気がないため、姫自身に察知する術がなければ難しい。
何故、手を貸す気がないのかと怪訝な顔をした小夜に、行商人はとても言いにくそうに口をモゴモゴさせては、理由を教えてくれたが……。
さておき。
速攻で封じた記憶は見ないようにしつつ、走り出した小夜。
その背を見送った行商人は、遅ればせながら夏祭りでの商売に精を出しかけ、
「……おう、影法師さん。遅かったじゃねぇか」
(早すぎるだろ)
出店の影から覗いた露の気配に、内心で焦りを、外側には全くそうは思えない営業スマイルを貼りつける。
「姑息な
獣の低く唸るような声は行商人にしか届いていないが、威圧感は行商人の肌を直に切り刻むように冷たく、嫌な汗が背を伝う。
その気になれば自分を跡形もなく消し去れる相手を前にして、(コレ相手にあんだけ息巻けるさよぽん、マジさよぽんだわ)と小夜を称賛しつつ、
「ま、まあ、仕方ないだろ? 流行に乗っかるのが商人ってもんなんだから」
チラ見したのは、今回チョイスした出店の看板。
もしかしたら、最近のめまぐるしい流行では乗れていなかったかもと思いながらも、選択したインスタントコーヒーを原料とする出店は、狙ったわけではなかったが結果的に小夜の助けになっていた。
心の中で(俺ぐっじょぶ)と褒めつつ、引き攣る頬を無理矢理上げて言う。
「影法師さんの機嫌を損ねたのは悪かったよ。けど、だからって腹いせに俺を殺しはしないだろう? 俺自身はそうでもないったって、俺のお得意さんには、影法師さんの元締めにも負けず劣らずの御方が揃っていらっしゃるんだから」
伊達に全国各地を隈なく行脚してきた行商人ではない。
震える喉を抱えながらも、そうと思わせないで啖呵で悪辣に笑えば、影に潜むばかりの露が「ふん」とつまらなそうに息を吐いた。
「……いいだろう。今後一切、ワシの邪魔をしないと言うなら、見逃してやる」
(今夜だけ、って交渉は無理か。俺の命と今後一切の邪魔……釣り合いは十分。悪い、さよぴ。俺がしてやれるのは今回きり、これまでだ)
斯くして頷いた行商人は、露の気配が消えた暗がりを見つめながら、成立した取引をそっと小夜に詫びるのだった。
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