十日目 最近の子ども
小夜の介入のお陰か、卵型の容器についての話をしない約束で解放された行商人は、痛む顎を撫でながら姫へ手紙を差し出してきた。手紙と言っても封筒ではなく、時代劇でしか見たことのないような形状のモノ。
少しだけ興味を引かれて姫の背中と腕の間から覗き見たが、達筆とでも言えばいいのか、小夜には読めそうにない文字が綴られていた。
古めかしい手紙の形式に、古めかしい書体。
話を聞く分には、この世界の人間ではないらしい姫に読めるのかと訝しむ小夜だが、手紙から顔を上げた姫は、こちらの姿が背後にあるのを知るなり、ため息混じりに首を振った。
「UMAからだ」
「えっ!? UMAって、姫が細切れにしたんじゃ」
露の本体とも言うべきUMA。その存在がすでに手紙を書けるほどに回復していると知り、小夜の顔が青ざめていく。
姫の想定より早いのではないか。
そんな不安を余所に、行商人が「うんうん」頷きながら言った。
「すごかったぞー? 俺もまあまあ生きてきた方だが、あそこまで徹底してやられている、あのクラスの御仁を見るのは初めてだったなぁ」
しみじみ言う行商人に対し、姫は鼻で笑った。
「言って駄目なら仕方ないだろう? それに、ヤツ自身も身体を動かして、少しは頭が冷えたらしい。多少驕りがあったと反省文を送ってきた」
「マジで!?」
小夜を差し置いて行商人が驚く。
「ああ。小夜にも悪かったってさ」
「はへー……あの御仁が、ねぇ? 確かに前より清浄感はあったが……良かったな、サーヤ。この分なら、生きている内に奴さんと遭うこともないかもしれない」
「――って結論づけるのは、まだ早いけどな」
「おいおい」
姫の付け足しに行商人から上がる非難。
「手紙だけならどうとでも言える。それに、露の発生はUMAが完璧に把握できるモンでもない。でなけりゃ、そもそも俺に頼む必要がないだろう?」
「それはそうだが……」
不満ながら違うとも言い切れない様子の行商人が口を噤む。
手っ取り早く安心させてやりたかったらしい行商人に、「まあまあ、とりあえずしばらくは安全だからさ」とフォローする小夜の耳には、
「……そう。本当に安心させたいなら――」
ぼそり呟く姫の声は聞こえなかった。
その後も三人で他愛のない話をしていたなら、
「おはよー! かーちゃん!」
という子どもの声がかかる。
明らかにこちらへ向けられた挨拶に見やれば、昨日、小夜に声をかけてきた三人組が手を振り駆け寄る姿があった。
「姉ちゃんも! 良かったな、仲直りできて!」
「仲直りって……」
仲違いした覚えはないが、彼らの中ではそういうことになっていたらしい。
(そーいや、姫に会うの気まずかったんだっけ。すっかり忘れていたけど)
朝から元気な子どもたちの顔にまぶしさを感じつつ、「うん、まあ、お陰様で」と軽く頭を下げたなら、
「おー、佐藤に鈴木、高橋も。おはよう。なんだお前ら、知り合いだったのか?」
慣れた様子で調子を合わせる姫に、「知り合いじゃねーよ!」「昨日たまたま見かけただけ」「ラジオ体操、今日で最後だからさー」と口々に答える子どもたち。
和気藹々と会話する面々を視界に入れながら、行商人の近くまで移動した小夜は、こっそり尋ねた。
「……姫への名乗りって名字が多かったの?」
「いいや。最近じゃないか? それにたぶん偽名だろうな、アレ。一般的に多いらしい名字だが、この近所にはあんまりいないだろう?」
「最近の子って……すごいね」
警戒心が。
あれだけ親しそうなのに、互いに本当の名前を知らない様子を受け、馬鹿正直に自分の名前を姫に答えていた昔を小夜はひっそり懐かしむ。
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