十日目 卵の効能

 すっかり夜は明けても、人のいない公園。

 並び立つ二人は、どちらともなく互いの顔を見合わせ、吹き出し笑う。

「大変だったね」

「ああ。本当に」

 そうして再び視線を合わせては、労うように互いの唇を重ねた。

 ――真後ろで、このシーンを見せつけられている二人のことも知らずに。



 何一つ疑わず、帰路に着く二人が去って後。

「おーい、姫ー。生きてるかー」

 いきなり始まったキスシーンから、硬直してしまった姫の前で手を振る小夜。

 これにより、はっと我に返った姫が二人が去った方向を指差し、

「あ、アイツら……そりゃ設定したのは俺だが、前提は小夜が家族に伝えた通りなのに、マジで小夜の存在忘れてんのかよ」

「まあ、そういうヤツらだから。二人の世界が作られたら、周りは背景だから」

 とはいえ、まさか卵型の容器から出して気がついた途端、なんとなく並んでベンチに座ったこちらに一切気づかず、恋人空間をぶちかましてくるとは思わなかったが。

「嘘だろ……。最近の若いヤツらとか言いたかないが、マジで嘘だろ……」

「いやー、その分け方はどうだろ? 全員が全員、分別ないわけじゃないし」

 姫の括りでは、自分もあの二人と同じ「最近の若いヤツら」になってしまうため、さすがにそれは勘弁して欲しいとフォローを入れてみる。

 それでも顔を覆った姫はうなだれたまま。

「……そんなにショック? 私と同い年の幼馴染みがキスしてるって」

 姫の反応に多少の呆れ混じりに聞いたなら、ようやく顔を上げた姫が首を振る。

「いや、年は別に。もっと若いヤツらのも偶然見かけたこともあったし。ただ……そうだな、うん。きっと、小夜の関係者だったから混乱したんだろう」

「そっか……」

 それはそれで、自分にはその手の空気感がないと言われている気がして、小夜は多少複雑な気分を味わう。実際、その手の話はないとはいえ。

 と、かかる声がある。

「おー、いたいた」

 気安く手を上げ近づいていてきたのは、行商人。

「そう言えばチャラおじ、昨日の売り上げ大丈夫だった?」

 去った二人共々巻き込む形になったと思っての言葉に、相変わらず覚えられない顔をしている行商人は、ガクッと肩を落とした。

「サーヤよぉ、そこはおはようございますが先だろ?」

「ああ、おはようおはよう。で? 大丈夫だった?」

 名前の訂正も不要と、指摘された挨拶もおざなりに、もう一度尋ねた。

 一応、心配しているのは伝わったのだろう、呆れはしつつも行商人はニッと笑う。

「もちろん、それなりに稼がせては貰ったさ。ところで――」

「な、何?」

「いや……身体、大丈夫そうだなと思ってさ。ほら、昨日怪我していただろ?」

「ああ、それなら」

 心配よりも先立つ好奇心に気圧され、ベンチ横に置かれた卵型の容器を見る。姫が家から運んできたソレは、由衣と孝希を出した後、二つから一つへと個数を変えていた。

 行商人の好奇の目が小夜から卵の容器へ移る――直後。

「ほい」

 姫がそんな声を掛けるなり、卵型の容器が消失した。

 驚く小夜の脇から駆け寄ったのは行商人。

「ええっ!? ちょいカグヤの旦那ー、少しくらい見せてくれたっていいじゃん!」

「やだよ。お前うるせーし。どの道この世界からは浮いた技術なんだから、模倣も無理無理。いい加減諦めろよ」

「そんなんやってみねぇとわかんねーだろー!? あの怪我をこんな短時間でああまで治せるブツ、必要とするヤツはごまんといるんだから。なー頼むよ-」

 ちらっと行商人に見られた小夜は、一瞬だけきょとんとする。

(あの怪我って……ああ、そういえば、なんか刺されたんだっけ)

 今の今まで忘れていた。

 そのくらい、服ごとすっかり何ともなくなっている太ももに目をやれば、せがむ行商人の声が変なところで潰れた。

 視線を戻せば、姫に顎を掬われて口を歪められた行商人がおり、

「無理だ無理。これ以上ぬかすなら、いっそのこと、お前を再起不能にした上で実体験させてやろうか? ああ?」

「姫、柄が悪いよ? チャラおじももう止めなよ。姫がここまで嫌がってるんだからさ。できないっていってるんだし、大人げないよ?」

 大人二人の腕にそれぞれ手を置けば、ため息をついた姫は手を離し、解放を得た行商人は顎を擦り擦り、

「いやいや、カグヤが嫌がってんのはサーヤの怪我の話――うぎゅっ」

「余程試してみたいらしいな」

 姫が再度潰した行商人の口。

 吐かれた言葉は、意味を知れば小夜に害が及ぶ代物なのだろう。

 そうは察しても、苦しむ行商人の様子は放っておけず、小夜は再び止めに回る。

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