九日目 アートパフォーマンスの内訳

 インスタントコーヒーを撒いたことで、我を取り戻したようだった二人。

 しかし、その状態は小夜が思っていたよりも簡単なものではなかったらしい。

 卵型の容器と中身の液体には、中に入れた対象をある時点の状態まで修復させる機能があるそうなのだが、二人は小夜よりも前に露の干渉を受けていたため、完全に元の状態へ戻すにはまだしばらくかかるという。

 具体的にいつまで、と電話が繋がるまでの間に聞けば、今夜いっぱい、と答えが来た。

 このため、

「あ、お母さん? 連絡遅くなってごめん。実は、夏祭りで由衣と孝希が揉めちゃってさ。うっかり居合わせちゃって帰るに帰れないんだ。もしかしたら一晩くらいかかるかも。え? ああ、大丈夫。今、友だちん家にいるから――え? 友だち? ああ、うん。そう。孝希の女友だちで姫って言うんだけど……そうそう、だから――」

 一通り話し終え、終話のボタンを押しては「よし」と一言。

「……俺が女友だちは無理がないか?」

 呆れたような姫の声を受け、幼馴染みたちの親への連絡も母に取りつけた小夜は、誇らしげに胸を張った。

「そう? 我ながらなかなかいい案だと思ってるんだけど。孝希って交友関係広いからさ。女友だちいてもおかしくないし、それで由衣が腹を立ててもおかしくない。姫って名前も言い慣れてるから、私の言い方も変じゃなかったでしょう? それにほら、嘘をつくときは少しだけ本当のことを混ぜると説得力が増すって言うし」

 ここまでを一気に言い終えた小夜は、何か言いたげな姫から卵の二人へ視線を移すと、一転して暗い声で言う。

「でも、理由を二人の喧嘩にしたのは良くないなって思ってる。二人はきっと、私のせいでアイツに目を付けられたんだろうから」

「それを言うなら、元凶はヤツであって小夜じゃない。……いや、そもそも」

 姫の慰めにその顔を見れば、口を覆い隠して逸らされる。

 気まずそうな様子に深掘りする真似はしなかったが、それゆえに浮かんだ不安から震えそうになる自分の身体を抱く。

「でも……今日はいいけど、明日になったらきっと、雨になったら絶対、アイツは出てくるよね」

 今までは朝にだけ見かけていた相手が、陽のない夜にどれだけ厄介かは、短時間で嫌になるほど身をもって体感した小夜。

 卵型の容器のお陰か肌に残る質感はないが、刻まれたおぞましさは拭いきれない。

 しかし、そんな小夜に対して、姫はさっきまでが嘘のような顔でけろっと言った。

「ああ。それなら問題ない。次にヤツが出てこられるのは早くても来年だから」

「え?」

「いやー、夏祭りに参加しようと思ってUMAに掛け合ったんだが、どうも歯切れが悪くてなー? 俺を足止めしている風体から、露が小夜に何かするんじゃないかと推測して、面倒だからぱぱっと細切れにしちゃったのよ」

「は?」

「俺って割と気が短い方だから、ゴチャゴチャ言い訳されんの嫌いなんだわ。頭で考えるより、腕に物言わせる方が好きだからさー」

 ニコニコ笑っているが、当時を思い出しているような空気には怒りが混じる。

 小夜相手では決して見せて来なかった一面に若干引けば、真っ黒い瞳を笑ませたまま、両手を向かい合わせた姫。何をするのかと思えば、いつの間に取り出したのか、指揮棒のようなものを両手の間で湾曲させつつ、

「久々の相手にしちゃ上出来だったよ。まあ、久々過ぎて枝をオーバーヒートさせちまったのは誤算だったがな。それさえなければ、あんな時間をかけなくても小夜を家に連れて来られたんだが……悪い」

「う、ううん……」

 急に頭を下げられて戸惑う。

 言っていることのほとんどは理解できなかったが、本来であればあのうさぎたちよりも早く露をどうにかできたと言う姫に、首を振るくらいしかできなかった。

「でもまあ、なんだ。そんなわけで、大本のUMAが細切れだから、露に力が戻るのはだいぶ先になる。あと、今後はそうそう小夜に手出しできなくなるから」

「それは――」

 どうして、と問うよりも早く姫は微笑み、

「手出しできなくなるくらいの目に、UMAを遭わせたからな」

「……そっか」

 それ以上何も言えなくなる小夜の脳裏に、不意に浮かんだ姫の姿。

 シャツと作業着の上に飛び散った、あの派手な液体。

 アートパフォーマンスでもしたのかと思ったが、アレはもしかして。

 今更尋ねる気も起きず、

「ありがと」

 それだけを伝えたなら、姫はいつもの柔らかい顔で「どういたしまして」と言う。

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