九日目 真夏の夜の二人

 卵型の容器の中で目を瞑る二人。

 何ともなしに眺めては、はっと気づく。

 この状況、二人が目覚めたらどう説明をすれば良いのだろうか。

 そんな小夜を知ってか、卵型の容器の前に立った姫は言う。

「テキトーに記憶を改ざんするからへーきへーき」

 そうして容器に手を翳しては、宙に浮くパネルをぽちぽち。

 かくして、架空の「姫」という女友だちの家まで来て言い合う二人に、不意に「姫」が「いいなー」と口にし、自分の彼氏についてネチネチグチグチ言い出した挙げ句、剣呑な空気を造りあげていったため、共に「姫」の説得に取りかかることで仲直りする、そんな記憶が出来上がった。

 ついでに、この一件により「姫」は怖いヤツ認定されて関係が切れるため、「姫」って誰だっけ問題も解消される寸法だ。

 途中からこの記憶改ざんに参加した小夜は、悪くない出来に架空の汗を拭う。

 と、姫が「あっ!」と声を上げた。

「しまった! さっきのじゃ、小夜については何の情報もないぞ。まずいまずい」

 慌てて再びパネルへ伸ばそうとする姫。

 小夜はその手首を掴んで止めると、不思議そうな顔をする姫へ首を振った。

「大丈夫。恋する二人には二人だけの記憶で十分」

「でも、小夜の親には――」

「大丈夫。お母さんも恋する二人のことはよくわかってる。二人の親も」

「小夜……色々苦労してんだな」

 何かを察した姫の労るような目に、小夜は何も言わず首を振る。


 そうしてやることがなくなると、小夜の腹が鳴った。

 用意されたのは、冷凍食品。

「姫……こういう時は、手料理でぱぱっと作れる方が点数高いんじゃない?」

「何の点数だ、何の。味は悪くないからいいだろ」

 確かに味は悪くなかった。

 悪くなかったが……見たことのない料理だった。

「姫……これって、どこで買ったの?」

「ん? 俺ん家で作ったんだが、何か変だったか?」

「…………」

 どこからつっこんだものか。

 結局つっこんだ方が負けな気がした小夜は、不思議な見た目のモノを食む。


 食事を終え、いよいよやることがなくなったなら、眠気も覚めきった二人がやることはただ一つ。

 ゲームだ。

「……頭で考えるのは苦手だったんじゃないの?」

「いんや? 頭で考えるよりは腕に物言わせる方が好きってだけで、苦手ってほどでもないんだなー、これが」

「くそっ」

 カードゲームの駆け引きや、

「ひどっ!? ここまで尽くしてやったのに踏み台にするか!?」

「協力前提でも勝ちは一人だけだから、悪く思わないでよねー」

 テレビゲームのあれこれ。

「ここってこう行くんじゃないの?」

「いや、そこはほら、それをあの天辺に」

「ああ!……あ? やり直しなんですけど?」

「まあまあ、次は俺がやるから」

 パズルゲームも加えつつ。


 夏の夜。

 大人と子どもの中間にいる少女と、大人とも言い難い男は、遊び尽くしていく。

 その場限りの遊びを目一杯楽しむ。

 互いに笑い合い、怒り、嘆きながら。

 ――ぼんやりとした予感、その来訪を引き延ばすかのように。

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