九日目 初めの死
激痛に閉じる目をこじ開けて見た先では、ズボンに染みが出来ており、脈打つ鼓動に合わせてじわじわと広がっていく。
「く、そっ!」
刺された。何にかはわからないが、間違いなく露によるモノとわかる痛みに、恐れを押し退けて悪態が口をつけば、無事な足が膝下まで地に沈んだ。
「ひっ!? き、もっ!!」
いや、正しくは地に混じった影状の帯が絡みつき覆ったのだ。ぬめりを持ったソレは、小夜の怖気を増すように、締めつけを時に強め、時に弱め、何かしらの意図を持った動きで這い上がってくる。
激痛と不快とで荒くなる息に酸欠を抱えながら、それでも逃れようとした手が絡みつく帯を払い、支える腕が先の地を掻く。
その耳に、やけに大きく響いた音がある。
微かなはずの衣擦れの音。明確に捉えてしまった小夜が恐々顔を上げたなら、豪奢な白い着物が露の身体を滑り、地に広がった。
肌襦袢一枚となった露を前に、小夜の頭がブンブン左右に振られる。
(脱ぐな!!)
恐怖に張りついた喉の代わりに心の中で絶叫する。
しかし当然というべきか、黒い目玉を笑みに歪めた露には伝わるはずもなく、伝わったとしても構いはしないだろう化け物は、足元の着物を払い除けながら近寄ってきた。
こうなれば小夜とて全力で逃げるべきところ。露が辿り着いた先の想像は放棄して、気を引こうとするような太ももの鈍い痛みや、膝下の不快すら歯の食いしばりで無視し、自由な両手で無理矢理身体を引きずっていこうとした。
だが、両手が後ろへ伸びた途端、そのまま左右に引っ張られて縫いつけられる。
見なくともわかる、小さな手の蠢きに身体が硬直する。
「うぐっ!」
すると無造作に膝裏を掬われ、持ち上げられる太もも。
無理な動きに起こる激痛で再び滲む視界。
その中で、寄せられた露の口から太い舌が伸びた。
「っ、あああああ――!!」
傷口を抉るような動きに跳ねる動きさえ痛みを助長し、気が遠のきかける。
「ひひひひひ。悪くない味だ」
不意に離れた露が嚥下し、満足げな吐息混じりに言うのを遠くに聞く。
唾液と染みでべったりと濡れる足を小脇に抱えられ、虚ろな目で露を見れば、もう一方の手が耳の直ぐ下に伸びた。
「ずいぶんと短い髪になったものだねぇ。まあ、いい。潰した後で伸ばしてやろう。ワシの髪とお前の髪を混じらせるのは、ひひ、想像だけでも好さそうだぁ」
と、その時。
露の肩越しに花火が弾けた。
夏祭りの一大イベント。いつもであれば歓声が上がる只中にいるのに。
「ああ……好い頃合いだぁ。お前の生を終わらせるには、実に好い」
「……っ!!」
花火に照らされて、嫌でもよく見える露の笑み。
生まれてこの方、そういった類いの目を向けられた覚えのない小夜でも、察して有り余る意図は、失いかけた自身を取り戻させたが、拘束は緩まず、声は発せられず。
しゅるりと一枚だけ残っていた肌襦袢が露の身体を滑り、露わになるのはくすみきった土気色の斑の肌。人にない質感のぬめりは青白い肌の下にも続いており、露出していた肌の艶は、厚塗りの白粉でしかなかったことを物語っていた。
人型だが、完全な異形の姿を前にして、総毛立つ小夜の身体に伸びる影。
上向いた手のひらよりも大きな手が無理矢理指を絡ませ、近づいた分、引き上げられた足に、食い込む指が肉を揉む。
痛みよりも羞恥よりも屈辱よりも、恐怖だけが小夜を支配していく。
「こういう時は何と言ったかぁ……ああ、そうだ。辛かったら、終わるまで打ち上がった花火の数でも数えておいで。何せ、初めて迎える死だからねぇ。しっかり後を引くように念入りに仕上げてやるからさぁ」
ニタリ、糸を引いて嗤う口が「……まあ」と続き、
「ワシを前にして、逸らせる気があるのなら、なぁ?」
小夜の喉がひゅっと声のない音を発した。
震える視界の中、打ち上がる花火を背後に首元へ――影が落ちる。
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