九日目 はねる兎の視るモノ
響いたその音を、どう表現したら良いものか。
太い鉄を打ち鳴らしたような、それが幾重にも積み重なったような、甲高くも鈍い、耳障りなその音。
続いたのは、
「ちぃっ!!」
という露の忌々しげな声。
首を押さえながら振り返る影により、睨みつける先が小夜にも見えた。
(……うさぎ?)
最初は上手く像を結べなかった。
それもそのはず、そのうさぎは実体があるのかもわからない姿でそこにいた。
輪郭を、金というには柔らかく、黄色というには輝く光で縁取られた、瞳だけが青く在る、透明なうさぎ。人間の子どもの背丈ほどもある身体つきはもっちりしており、輪郭でもわかる毛並みはふわふわもこもこ。対して――その手が持ち抱える鉈状の刃物は、花火の明かりを受けても鈍い反射しか返さない無骨さを備えていた。
相反するうさぎと刃物。
状況も忘れて惚ける小夜は、うさぎのまん丸の目が自分ではなく露に向いていることに気づくと、先ほどの音とこの構図の意味にも気づいた。
あの刃物が露の首を叩いた――しかし、何故?
自分を助けるため、と楽観視するには、うさぎの関心がこちらに一切感じられない。この場で小夜に関心があるとすれば、それはうさぎではなく、
「邪魔をするな!」
「う……」
抱えていた足を離し、大きさを変えた露の手により、地面から小夜の身体が掬い上げられる。小夜の口から、痛みよりもただ音として呻きが出た。
耐えがたい恐怖と唐突な驚き、場違いな困惑――。
めまぐるしいそれらに追いつかない思考が、運ばれる身を感じ取り、再び露への恐怖に囚われる、直前。
「ふあ……?」
横合いから何か、布のようなものが被せられた。
「ぎゃっ!?」
続くのは露の遠のく驚愕。
しかし、小夜の身体は持ち上げられた視点を保ったまま。
(それに……なんだろう? 凄く、気持ちいい……)
ともすれば落ちそうになる目蓋をどうにか保ち、改めて見た先では、露が苦悶を浮かべて腕の断面を捻り隠す様がある。
露の巨大化した手は、今もって小夜の身体を持っているのに。
しかし、まもなく小夜の身体の下から伸びていた露の指が、無数の光の線となって消えていったなら、落ちもしないで宙に留まる自分の身体を知った。それが小夜を中心に歪な円を描く、うさぎと同じ色をした膜のせいだということも。
一体何が……。
疑問は生じても、上手く動かない身体ではわかることも限られる。
宙に浮いている自分。被さる布には獣にも似た質感。露は遠くでこちらを恨めしそう睨みつけて吠えるのみ。
「返せ! ソレはワシのモノだ!!」
いつもであればすかさず「ふざけるな!」と拒むところを、疲労感から何も言えずにいれば、代わりに言う口がある。
「寝言は寝て言え。小夜はお前のモノじゃない。小夜は小夜自身のものだ」
「……姫?」
さすがに勝った驚きから首を巡らせたなら、膜の外に見知った顔があり、
「え、何その格好。アートパフォーマンスでもしてきたの?」
いつもとはちがう、作業着の上部分を前に結び、中のシャツ共々、派手な色の液体を四方八方に飛び散らせた格好に問えば、どこか安堵したような苦笑を浮かべて、いつでもくたびれた顔の姫は言う。
「とりあえず、間に合ったようで良かった。ひとまずは、だが……」
そうして、いつもより昏い眼を露へ向けては、片手を突き出した。
「うさぎども。赦す。存分に刎ねろ」
促されたように姫の手の先を見た小夜。そこには先ほどのうさぎを含めた輪郭が五羽あり、それぞれが鉈とは別種の、しかし鉈同様実用性のある規格外の刃物を抱えており――……。
青、赤、黄、白、黒。
姫の言葉に応じるが如く、尾を引いた目玉は揃いも揃って露を向く。
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