九日目 友だちの知人

 自称「かぐや姫」の男は、個々人の呼び方自体は自由にさせていた。

 姫やかーちゃんの他にも、カグヤさんや、ぐっさん等など。

 その中でかーちゃんを選んだ子どもたちは、小夜に色々教えてくれた。

 どうやら小夜は気づかなかったが、彼らは途中から姫と親しげに話す小夜を見知っていたらしい。

 それなのに、昨日は話しかけもしなかった、今日は来もしなかったと言われたなら、彼らに倣って、小夜は率直な思いを投げかける。

 急に現れた自分のせいで、姫――かーちゃんと話しにくくなったのでは、と。

 互いに顔を見合わせた子どもたちは、続けて変な顔で言った。

「もしかして、姉ちゃんって、ぼっちってヤツ?」

「は?」

「それとも引き籠もり?」

「おぅ?」

「ばっか、それ全部悪口だぞ。インドア派って聞けって」

「…………」

 他の単語を並べられた後では、あまり効力はないと思うけど。

 言いたいことをぐっと堪えていたなら、子どもたちは揃いも揃って呆れたように首を振った。

「あんまり外出ないなら知らないかもしれないけど、かーちゃんなら俺ら、朝以外でも会ってるからさ」

「え」

「そうそう。その辺ぶらぶら歩いているんだ。この前も、日陰になった塀に寄りかかって、蟻をじーっと見てたっけ」

「へ、へえ……」

「前は麦わら帽子被ってたな。こう、しゃがんでさ、ぼーっと毛虫見てた」

「なんで?」

 小夜の戸惑いに子どもたちも「わからない」と首を振った。

「かーちゃん、変人だからな」

「不審者だし」

「基本ヤバい奴だから、わかんないよなー」

 親しいようでいて、信用があるのかないのかわからない「なー」の合唱。

 背格好はだいぶ違っても、一気に親近感を覚えた小夜も無意識に頷く。

 そして、彼らはそんな小夜に言う。

「だけど姉ちゃん、もし朝にしかかーちゃんに会えないなら、俺たち気にしないで明日絶対来いよ。ラジオ体操は明日までだからさ」

「!」

「そうそう。今年は暑いから、早めに終わるんだって」

「ま、俺らも暇じゃないし、助かるっちゃ助かるけどな」

 思いもかけない情報に、小夜はまたしても知らず、小さく頷いた。



 とりあえず、「かーちゃんの女」ではないことと、そう簡単に人のことを「誰々の女」と呼んではいけないことを伝えて子どもたちと別れた小夜。

 スーパーでひと涼み、小さめの買い物袋を手に外へ戻っては、途端に戻る熱気に辟易しつつ、夕方の道を行く。

「明日で最後、か……」

 行くか行くまいか。

 考えるまでもない。

 子どもたちにあそこまで気を遣われて譲られたのなら、行くしかないだろう。

 彼らがあそこまで言うのだから、それなりに、姫も気にしていたことになる。

 明確な約束をしていた覚えはないが、なんとなく悪いことをした気になった。

 小夜がそうであるように、姫もそれなりには小夜との短い会話を楽しんでいたのだとしたら、小夜の気持ちが一方的でないのであれば。

 ――もしかしたら、姫にとって迷惑だったかも。

 時折、そんな考えが頭を過ることがある。

 子どものくせに姫をからかい振り回すような言葉を、時に自覚なく、時に自認して、好んで使っていたと振り返った時に。

 だからこそ、このまま静かに終わらせようとしたのに、そうでもないと知ってしまったなら、あれだけ気後れした心はもう綺麗さっぱり失せていた。

(由衣、心配してくれたところ申し訳ないんだけど、やっぱり大きなお世話だったみたい。たぶん姫との関係は、私が姫に会えなくなる日まで続くんだと思う)

 悩みの種が消えた途端、夏祭り会場の鼻を擽る香ばしい匂いに誘われ、焼きそばと冷やしキュウリを購入した小夜。

「んー、おいしー!」

 飲食スペースに移動して平らげては、残金と相談しつつ、花火までの間、どう楽しんでやろうかと再び屋台へ視線を巡らせ、

「小夜! やっぱり!」

「由衣?――いぃ!?」

 浴衣姿の由衣と孝希を見つけた途端、腕を引っ張られた。

「すごいすごい、孝希! あの人の言うとおりだったね!」

「言ったろ? その道に精通してるんだって」

「ちょ、ちょっと!?」

 引っ張られるがまま、ぐいぐい進む二人に小夜は困惑する。

(な、なんか、怖いんですけど?)

 夏祭りに浮き足立っているようでいて、それ以上に熱みを帯びる爛々とした目。

 由衣のその輝きは孝希の瞳にも宿っており、見たことのない姿に喉が鳴る。

「ま、待ってよ! ってぇ!?」

 一度、振り払うように立ち止まるも、孝希からも手が伸びたなら、捕らえられた両腕はビクともせず引きずられていく。

 二人とも、浴衣に合わせて慣れない下駄を履いているにも関わらず、足取りはスニーカーの小夜よりも力強く軽やか。

 人混みもものともせず、あれよあれよと進む先には、簡易テントのような出店。

(うっ……!?)

 瞬間、小夜の背筋が一気に粟立った。

 あそこに行ってはいけない。

 そう思って硬くなる身だが、由衣と孝希は我関せず、変わらない輝きを放つ瞳――異様なほど恍惚に歪み潤んだ双眸を小夜に向けて言う。

「大丈夫だよ、小夜。あの人が全部終わらせてくれるから」

「安心していい。だってあの人は、小夜がここに来たのもわかっていたんだから」

「「それぐらい、スゴい方なんだから!!」」

「ひっ!?」

 小夜の恐れをものともしない別々の手は、完璧に揃った声と動きでテントの中へ、嫌がる身体を放り込む。

 終始抵抗も碌にできなかった小夜は、解放を得た両手で身体を支えようとし、

「うえっ、これは……」

 両手のひらに触れた感触。

 覚えのあるぬめりに先を仰いでは、迎えた笑みに頬を極限まで引き攣らせた。

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