八日目 巣立ちの報せ

 子どもたちと姫のやり取りが頭から離れなかった、その夜。

 由衣からまたしても夏祭りに行かないかと電話が来た。

 言いようのないモヤモヤを抱えた心に、しつこい誘いは苛立ちを生じさせ、荒げる声で小夜は思わず言ってしまった。

「どうして彼氏がいるくせに誘ってくるのよ。別れ話でもする気?」

 言い過ぎた自覚はあった。

 途端に気まずさが押し寄せれば、由衣からは沈黙しか返らず。

(まさか、本当に……?)

 一向に切れない電話に動揺する。

 と、大きなため息が聞こえてきた。

「そりゃそうよね。理由もなしに誘ってんだから。混乱させても仕方ない」

「由衣……?」

 恐る恐る名を呼んだなら、電話向こうの由衣が観念した口振りで言う。

「ごめん、小夜。でも私、どうにかしなくちゃって」

「何の話?」

「夏祭りに誘ったのはね、ある人に会って欲しいからなの」

「ある人?」

「うん……。正直に言ったら、小夜は来ないと思ったから、だから」

「…………」

 電話越しに伝わる、言いにくそうな由衣の姿。

 なんとなく察した。

 タイミングが良すぎたせいで、実際耳にしてもそこまで驚かず。

「あの、公園の人……アンタが姫と呼ぶアイツは、やっぱり人じゃない。少なくとも、私たちとは、小夜とは、違うから。もう、終わりにしよう」


 小夜には内緒で由衣たちが相談した相手。

 その手の道に通じるという人物は、二人の話を聞き終えるなり、こう言った。

「あまり良くはないねぇ。子どもの時分ならまだ良かったが、成長した今もっていうのは拙い。他に例を見ないのならば、早急に手を打った方が良いだろう」

 話を聞く限りでは、胡散臭いことこの上ない。いつもであれば「その道ってどんな道?」とつっこむところだが、子どもたちと姫の景色に自らの立ち位置を省みていた小夜には、飲み込めてしまう話であった。

 ただし、その思い自体は姫を危険と捉えるものではない。

(巣立ち……っていうのもなんか違うかもだけど。いつまでも姫に甘えていたらダメだよね。いつまでも子どもで、いつまでも大人でって。……私自身はいつまでもそんな風にいられないんだから)

 そうは思っても、これを誰かに解決して貰うつもりのない小夜。由衣たちの心配はありがたいが、こればかりは任せられる話ではない。

 そのまま伝えたなら「わかった」と由衣は引き、それでも気が変わったら夏祭りで会おう、と電話を切る。

 途端にどっと押し寄せる疲労感。

 覚悟を決める時が着実に近づいていることを感じつつ、小夜は目を瞑った。

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