第27話 八月 ゾンビになった乱暴な釣り人
おいらは、野蛮(やばん)な釣り人をやっつけようとして、帆柱から飛び立ったんだよ。そして怒鳴りつける男の頭の上をくるくると飛び回りながら、何かうまい手はないかと見渡したんだ。あたりの草原には、タンポポ、ヒメジョオン、ユウゲショウ、ノイバラ、など様々な夏の草花が咲き、その周りをミツバチが飛びかっている。
そのときおいらは、女王蜂が今までの古い巣から飛び立って、近くの木の枝に止まったことに気がついた。ミツバチたちが新しい巣を求めて引っ越しをしようとしていたんだね。ミツバチの引っ越しというのは、女王蜂が飛んでいって新しい場所を決めると、働き蜂たちがいっせいにそこに飛んで、びっしりと集まる。分蜂(ぶんぽう)というやつだ。
ちょうどそのとき、周囲を飛び交っていた働きバチが、次々に女王のあとに付いていこうとしていたんだ。おいらは今がチャンスだと判断した。女王蜂の止まった枝をくちばしでくわえると、力を入れてパシっと折った。そしてその枝をくわえて岸辺に飛んでいき、大声でわめき続ける太っちょ野郎の頭の上にぼとりと落としたんだ。するとおあつらえ向きに、その枝が、男の着ていただぶだぶのシャツのえりの中にすっぽりとはまったというわけさ。男はびっくりして
「わおっ」
と叫ぶと、首の後ろにはまった枝を引っこ抜いて目の前の川に投げ捨てた。ところがどっこい、女王様は男のえりにしっかりと爪を立てていたんだ。それは男にはとうてい似合わないおしゃれなブローチのようだったよ。
周囲を飛び交っていたいたミツバチたちは、一斉に飛んできて、ブンブンと羽音を立てながら男の首のあたりに次々に止まった。男は突然のミツバチの大群の襲来にびっくりした。そして、必死に払いのけようとして、わあわあと言いながら手足を振った。まるでにぎやかなお祭りの踊りのように体を揺らしてそこらじゅうを走りまわったんだが、しまいには男や頭がミツバチだらけになったんだよ。
ミツバチだらけの男は、怪奇映画に出てくるゾンビのようにそこらじゅうをふらふらと走り回った。男が近寄ると、それまで一緒に凡たちを怒鳴っていた仲間たちは、自分が巻き込まれるのを恐れて
「寄るな、こっちに来るな」
と叫びながら逃げ回った。なんて冷たいやつらだろうね。
そしてそのゾンビは、大きな音を立てて堤防から川に落ちてしまったというわけさ。
それまでびっしりと男の体にまとわりついていたミツバチがいっせいに飛び立ったよ。
ようやく人間らしい姿に戻った男は、水中で手足をばたばたさせながら
「早く助けてくれ!」
と叫んだ。それを見た仲間たちは大あわてで釣り竿を何本も男の方に差し伸ばして、助けにかかった。
凡たちは、げんさんを助けたときとは大違いで、今度ばかりは落ちた男を助けないで、さっさと通り過ぎたというわけだよ。
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