第13話 六月 河原のリンチ
凡が進也にグループを抜けるように説得し、真理がコモセンにいじめの相談した次の日の放課後、その事件は起こったんだよ。
そのときおいらは、岸辺のオニグルミの木の枝で、うとうととしながら凡と大介の指揮の練習を聞いていたんだ。大介の指揮は時計の短針の歩みのように、少しずつだが、着実に上達していたんだよ。
しばらくすると、対岸から浅瀬を渡って公平がやってきた。にやにやと笑っている。
「凡、才ちゃんが用事があるから来てくれってよ」
「才ちゃんが? 何の用だろう?」
「よく知らんけどね。昨日お前は進也に余計なことを言ったらしいよな。才ちゃんはそれを怒っているんだと思うよ」
それを聞いたおいらの心の中で、危険を知らせるサイレンが大きく鳴り響いたよ。
だが凡は落ち着いていた。
「大ちゃんは、ここで待っていてくれよ」
凡は公平のあとを付いて対岸に向かった。その後ろから大介が声をかけた。
「凡ちゃん、大丈夫かい。俺も一緒に行こうか」
「大丈夫だよ。僕一人の方が、話がつきやすいからね。ケンカになっても、僕が我慢(がまん)すれば二、三発殴られておしまいさ。それで進ちゃんを解放してくれるなら万々歳だよ」
そのとき凡は、才一郎から呼び出された理由を、進也にグループを抜けるように忠告したことだと誤解していたんだね。
おいらは空中を滑るように飛んで、対岸に先回りすると、近くの木の枝に止まった。
石に腰掛けてうつむいてゲーム機をいじっていた才一郎は、凡を見て立ち上がった。
「おう、逃げないでよく来た。凡、お前よけいなことをしてくれたな」
「何のことだよ」
「とぼけるな。おれたちが進也がいじめてるって、コモセンにチクったのはお前だろう!」
凡は何も答えなかったよ。何しろ、全く覚えがない話だったからね。
「頼みがあるんだ。進ちゃんを仲間から外してやってくれないか」
次の瞬間、才一郎の右手が凡のみぞおちに走った。息が止まった凡はその場にしゃがみ込んだ。
「なめるんじゃねえぞ」
才一郎のうしろでは、子分たちが勝ち誇ったように薄笑いを浮かべている。ただ進也だけはこわばった顔をしていたんだ。
凡はうずくまったまま、黙って才一郎の顔を見た。
「何だその面(つら)は」
才一郎の右足が凡の左脇腹に飛んだ。凡が脇腹をおさえると、今度は才一郎の左手が顔に飛んだ。凡の鼻から血が飛び散った。
おいらは木の上で何度も鳴いたよ。
「カー! カー!」(やめろ才一郎! もうそのくらいにしておけ!)
そのときだ。
「才ちゃん、もうやめてくれ!」
という声が川の方で上がった。少し上流の浅瀬を、大介が必死の顔つきで駆けつけてくる。その声は震えていたよ。岩と岩の間の流れの深みをうまく飛び越えることができず、何度も水にはまって、ズボンがびっしょりと濡れている。
「大ちゃん、来るな。ここは僕一人で大丈夫だから」
凡が立ち上がりながら言った。だが、いつもは凡の言うことを素直に聞く大介が、今はまったく耳を貸さなかったんだよ。
大介が近づくと、才一郎は憎々しげに言った。
「この音痴野郎、よけいな口出しをするんじゃねえ。お前は黙って下手くそな指揮の練習でもしてればいいんだよ」
大介はその場に立ちすくんで、両手をぶるぶると震わせている。
早く助けを呼ばないと大変なことになる! そう思ったおいらは、真理が訪問しているはずの玲奈の家に向かって猛スピードで飛んだんだ。
三階の玲奈の部屋の外でおいらは、精一杯の大声で何度も鳴いた。
「カー! カー! カー!」(大変だ! 凡を助けてくれ!)
異変に気付いた二人がすぐに窓を開けた。そして双眼鏡をのぞいて凡が殴られているのを見た真理が、素早く部屋を走り出た。
おいらは、すぐに才一郎たちのたまり場に戻った。
「いきがって、俺たちに余計な口出しをするんじゃねえ」
才一郎の蹴(け)りがまた凡のわきばらを襲った。凡は、今度は崩(くず)れ落ちることなく、立ったままだ。
「才ちゃん、頼むから進ちゃんを返してくれ」
何発も殴られたり蹴られたりしているのに、凡の口調は最初とまったく変わらなく毅然(きぜん)としていたよ。二人はまるでスポンジと陶器の茶碗がぶつかり合っているようだったんだ。
そのとき突然大介の態度が変わった。
「よくも、よくも、僕の大切な凡ちゃんを・・・」
そう言って、大きな体を震わせながら、一歩ずつ才一郎に近づいていったんだ。その目は怒りで釣り上がって、仁王様のような怖い顔をしている。
最初は鼻先でせせら笑っていた才一郎だったが、自分よりも一回り体の大きい大介が、唇をぶるぶると震わせながら、じりじりと近づいてくるので、さすがに驚いたようだ。
近くの枝に止まっていたおいらは、激しく鳴いた。
「カー! カー!」(大介、お前は本当は強いんだ。才一郎なんかやっつけてしまえ!)
才一郎は少しずつあとずさりしながら、近くに落ちていた木の枝を拾った。そして子分たちに言ったんだ。
「みんな、これで凡に一発ずつ焼きを入れてやれ。ただし顔は狙うなよ。跡(あと)が残るからな」
大介が怒りに声を震わせながら叫んだ。
「みんな、やめろ!」
凡がそれをとどめた。
「大ちゃん、いいんだ。それで決着が着くなら、これでいいんだよ」
木の枝を手にした子分たちは、恐ろしい形相(ぎょうそう)でにらみつける大介の前で、順番に凡の背中を打った。だけどそれらは、街(まち)なかで出合った友人の肩をたたくような柔らかさだったよ。特に進也のそれは、まるでほうきでなでるかのように優しかったんだ。
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