第14話 六月 走れ真理!
私は走った。メロスのように。一刻も早く駆けつけて、凡ちゃんを助けるんだ!
グッジョブから凡ちゃんの危機を知らされたとき、私は反射的に部屋を飛び出した。これ以上才一郎たちを放っておいてはならない。そして、凡ちゃん一人につらい思いをさせてはならない。
だから私は必死で走った。メロスのように。
私が少しでも遅れれば、凡ちゃんはさらにひどい目に合ってしまう。
玲ちゃんの部屋を出た私は、階段を二段飛びで駆け降りた。そしてスニーカーの紐(ひも)も結ばずに表に飛び出した。
凡ちゃんは今、トラの前に立って、命の危険にさらされているんだ。道路を横切り、堤防を駆け上がり、対岸が見渡せる所まで来て私はようやく立ち止まった。持久走を全力で走り抜いたときのように、のどがゼイゼイと鳴る。体全体を震わせて酸素を吸い込む。そのとき対岸に才一郎たちの姿が見えた。
私は堤防を駆け下りた。向こう岸にいくためには、少し上流の浅瀬をいかなければならない。大小の石がごろごろしている浅瀬を、ときにはひざまで水に浸かりながら、スカートのすそが濡れるのも構わず早足で渡る。岩と岩の間の深みも、力を込めて飛び越える。
私は、自分よりずっと大きな敵に敢然と立ち向かう小動物のように、心の中で、鋭い牙をむき、大きな鎌を振りかざしている。そして叫んだ。
「やめろ、卑怯者!」
振り返った才一郎が怒鳴り返す。
「だれが卑怯者だ!」
「大勢で一人をやる奴(やつ)、素手ではなく武器を使う奴、目や耳の急所をねらう奴。そいつらを卑怯者と言うんだ。あんたたちが今やっているのがそれなんだよ!」
「俺を本気にさせるなよ。女だからって容赦(ようしゃ)はしないぞ!」
それでも私はひるまない。才一郎と凡ちゃんの間に立って両手を広げた。敵は五人。だけど私は負けない。死ぬ気で闘ってやる。
「卑怯者、あんたたちは自分が何をしているのかわかってるの!」
「卑怯なのは凡の方だ。凡がチクったせいで、俺たちは先公に疑われたんだぞ。
だけどな。進也はコモセンの前で、自分はいじめられてないと、はっきり否定したんだ。いい加減なことを言った凡の方が卑怯者だろう。だから俺たちは今、男同士で決着をつけてるんだ」
凡ちゃんがコモセンに告げ口をしただって?
「それは本当なの、凡ちゃん?」
服の汚れを手で拭(ぬぐ)っていた凡ちゃんは、一瞬迷ったような素振(そぶ)りを見せた。
「うん。だけど決着は着いたから、もう大丈夫だよ」
私は、胸が張り裂けるような気持ちになった。凡ちゃんは、またもや他人の悲しみや苦しみを一人で背負おうとしているんだ!
「コモセンに話したのは凡ちゃんじゃない! 私だよ。私がきのう、あんたたちのやっていることをコモセンに知らせたんだよ!」
凡ちゃんは、はっとしたような顔で私を見つめた。才一郎も同じ表情で私を見た。この悪党は、やっと自分の誤解に気付いたようだ。才一郎は子分たちを振り返ると
「こんなやつらを相手にしてもしょうがない。引き上げるぞ」
と言って歩き始めた。私は追い打ちをかける。
「今度同じことをしたら絶対に許さないからね。私のイエローカードは一回限りだよ。次は必ずレッドカードだ。覚えておきなさい!」
凡ちゃんが後ろ姿の進ちゃんに声をかけた。
「進ちゃん、僕たちと一緒に帰ろう」
だけど進ちゃんは、振り向かない。才一郎たちと一緒に遠ざかっていった。
凡ちゃんが鼻血を出していることに気付いた私は、あわててポケットからハンカチを取り出して凡ちゃんの鼻に当てた。白いハンカチに鮮血(せんけつ)がにじんだ。私の手にも血が付いた。だが私は平気だ。凡ちゃんを助けることができたこと、そしてこんなふうに凡ちゃんを手当てできる自分がとてもうれしく、誇らしかったんだ。
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