第22話 七月 ヘビ爆弾の攻撃
さあ、おいらの出番だ。市役所三階の議場がよく見えるヒマラヤ杉の枝で、おいらは、ここぞとばかりに大きな声を上げたんだ。
「カー!」(時間ドロボウ!)
そして、市長提案に反対する議員の発言に合いの手を入れたんだよ。
「えー(カー!)、質問はこれくらいにして、私の結論を申し上げます。あー(カー!)、そもそも、中学生は、心も体もまだまだ成長過程にある時期です。うー(カー!)、そのような未熟な中学生に対しては、大人がまだまだ保護する責任があるのであります。でありますから、んー(カー!)、この修正案は、あー(カー! カー!)、時期尚早(じきしょうそう)といいいますか(カー! カー! カー!)、拙速(せっそく)といいますか(カー! カー! カー! カー!)、見切り発車といいますか(カー! カー! カー! カー! カー!)、あまりにも安易(あんい)な改訂といいますか(カー! カー! カー! カー!カー! カー!)」
提案には反対だというのが結論のようだったから、おいらは、思い切り大きく鳴いて、その回数も増やしたんだよ。
さすがに議員も、おいらが発言を妨害していることに気づいてあせったようだ。
「あー(カー!)、うー(カー!)、えー(カー!)、んー(カー!)」
と繰り返すばかりで、何を言いたいのか、まったくわからなくなった。
笑いをこらえていた委員長が、息を詰まらせて咳き込みながら宣言した。
「ごほっ、カラスがやかましくて、発言が聞き取れません。ここでしばらく休憩といたします。ごほっ、ごほっ、議会事務局におかれては、すみやかにカラス問題を善処(ぜんしょ)するようお願いします。暫時休憩(ざんじきゅうけい)!」
おっと、おいらはちょっと調子に乗りすぎたようだね。『カラス問題を善処する』がどういう意味なのかは分からないけど、ぶっそうな予感がする。とにかくここは退散することにしよう。
おいらはまっすぐに岸辺の寝ぐらに戻った。そのとき、いいことを思いついたんだ。おいらはオニグルミの木にがっしりと固定されている信楽焼(しがらきやき)の壺(つぼ)のふたを開けて、中から、少し弱っていたアオダイショウを引っ張り出した。
その壺は、どこかのモラル不足の人間が河原に捨てた粗大ゴミだったんだよ。ある日、タイショウがそれを拾ってガハクのテントに置いていったんだ。
「トウキ(投棄)されたトウキ(陶器)だ。もしかしたらすごいお宝かもしれんぞ」
ガハクは自分の美意識(びいしき)以外は信用しない芸術家だ。だから、古いとか、数が少ないとか、有名人が作ったとか、いろんな理由で高い値段がついた骨董品(こっとうひん)には関心がなかったんだよ。
壺をひとめ見ると、ふんと言っただけだったんだが、タイショウが帰った後、だまってしばらく眺(なが)めていた。そして何を思ったか、おいらのねぐらのオニグルミの木の、複雑に枝分かれした中ほどに、どっしりとくくりつけたんだよ。
そして気が向いたときに木を見上げては、ふーむとつぶやきながら眺めていたんだ。おいらはこれ幸いと、食べ残したヘビや蛙(かえる)やミミズなんかをその中に貯蔵(ちょぞう)してたんだよ。
アオダイショウをくわえたおいらは、急いで市役所に戻った。先ほどまでおいらが止まっていたヒマラヤ杉に戻ると、気配(けはい)を感じた二人の職員が近寄ってきて見上げた。手には細長いたけざおと、こん虫採集用の網(あみ)を持っていたんだよ。おいおい、君たちはおいらたちを保護する『鳥獣保護管理法(ちょうじゅうほごかんりほう)』を知らないのかね。
おいらが木の上でじっと息をひそめていると、お役人の二人はあきらめて議場に戻っていった。
次に先ほどの時間ドロボー議員が出てきて、おいらがいるヒマラヤ杉を見上げた。夜空は真っ暗だ。建物からの明かりがわずかに差し込んでいる枝の中のおいらを見つけられるはずがない。
議員はタバコを一本取り出して火を付けると、気を静めるように深々と煙を吸い込んだ。そこでおいらはわざとばたばたと羽ばたいたんだよ。
物音に気づいた議員は、足もとの小石を拾うと、おいらのいるあたりに見当(けんとう)をつけて、力を込めて投げつけてきた。小石が枝葉に当たってざわざわと音をたてた。
おいらは議員の頭の真上の枝に飛び移ると、くわえていたアオダイショウをポトリと落とした。長い演説へのささやかなねぎらいのつもりでね。ぼたっと音がして、そのプレゼントは議員の頭の上に命中した。
「ひえー!」
議員は大きな悲鳴をあげた。そして落ちてきたものがヘビだと気づくと
「ぎゃー!」
と叫びながら、頭から首にからみついたヘビを振り落とそうとして、ぐるぐると腕を振り回したんだ。ヘビは議員の体を離れると、庁舎の玄関横の小さな池にぽちゃんと落ちた。そこにはヘビの大好物のアマガエルが沢山棲(す)んでいたから、アオダイショウは、ほどなく元気を取り戻すことだろうね。議員は、あわてふためいて庁舎に走っていった。おいらも急いで、議場のよく見える高い方の枝に戻ったよ。
議会が再開されて委員長が言った。
「先ほどの続きの発言を許可します」
だが青ざめた顔の議員は力のない声で答えた。
「いや、もう結構です」
すると若い女性議員が手を挙げた。
「関連発言です!」
ああ、だらだら発言がまた繰り返されるのか。そうなったら再びおいらの出番だね。
「私は、その修正案に賛同します。その理由を二つ述べます。一つは、たくましい子供を育てるためには、過度に保護するばかりではなく、自立心を尊重するという姿勢が大切だと考えるからです。
二つ目は、『原則から外(はず)れるケースは簡単には認めない。』という担当課長の姿勢を信頼したいと思うからです。以上です」
なんて簡潔なんだ! おいらは思わず鳴いたよ。
「カー!」(素晴らしい! そしてありがとう!)
「その通り!」という大きな声が議員席から起こった。
オシショウと谷やんがうんうんとうなずきながら拍手をした。
すると委員長が二人をじろりとにらんで注意した。
「傍聴席(せき)の方は拍手をするのは控(ひか)えてください」
「それではここで、東中学校の夏井真理さんの発言を許可いたします」
真理はこういう場面でまったく臆(おく)することなく発言できる生徒なんだ。発言席に立つと堂々と演説を始めた。
「東中学校二年C組の夏井真理と申します。本日は私たちのために貴重な時間をとってくださいましてありがとうございました。成人コースへの参加を希望しているのは、私たち東中学校の有志のチームです。私たちは、日ごろから大人の皆さんの、温かい庇護(ひご)を受けて日々健全な成長を遂(と)げていることに対して、心から感謝しております。しかし私たちは、時にはもっともっと新しい冒険にチャレンジしたいこともあるのです。
幸いにM市には、手作りいかだで川を下るという素晴らしいイベントがあります。ところが残念ながら、私たちは一キロメートルという少年コースにしか参加できないという規則があることを知りました。私たちは少年コースでは物足りないと感じています。もっと長い距離に挑戦したいのです。どうか私たちの挑戦を認(みと)めていただきたいのです。
私たち若者の発言や行動は、ときには社会秩序(しゃかいちつじょ)に対する反抗に見えるかもしれません。しかし、その奥底には純粋な志(こころざし)があるということを理解していただければ大変うれしいです」
議員たちは真剣な顔でうなずきながら聞いていたよ。ていねいに礼をして真理は発言席に戻った。
おいらは再び一声鳴いたよ。
「カー!」(真理、素晴らしかったよ! ぱちぱちぱち!)
「それでは、手作りいかだ川下り大会の実施要項の修正については、了承するということでよろしいでしょうか」
「異議なし」
と力強い声が一斉に上がった。これでタイショウの思惑(おもわく)どおり、凡たちのいかだが成人コースに参加できることになったんだよ。
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