第23話 七月~八月 いかだの完成
そういうわけで、夏休みに入ると、四人のいかだ作りが始まったんだよ。場所は岸辺のガハクの小屋の近くだ。
四人は最初は途方(とほう)にくれていた。当たり前のことだが、四人はそれまでいかだなんか作ったことがなかったからね。
だけどそのとき凡たちの周囲にはすごい応援団が存在していたんだよ。それをかいつまんで説明しよう。
最初にガハクが、鉛筆でいかだの絵を描いた。ラフなスケッチだったが、四人の頭にははっきりとしたイメージが作られたんだよ。
次に谷やんが、四人の体重を聞いて必要な浮力の計算をした。
「『パスカルの原理』によればだね。君たち四人を乗せるためには、一リットルのペットボトルが二百五十本ほど必要だね。さてどうやって調達しようか」
もったいぶった口調で谷やんが言った。だが心配は無用だ。そうだよ。すぐ近くにおあつらえ向きの資材が大量にあったんだからね。まさかとは思うが、タイショウは、この日が来るのを予想して、河原に捨てられたペットボトルを集めていたんじゃないだろうね。
次にそれらのペットボトルをまとめて包みこむための大きなシートが必要だった。それを聞いたガハクは、自分の小屋の屋根にかぶせてあった青いビニールシートをばりばりとはがしたんだ。
「今日からどこで寝るの?」
心やさしい凡が、ガハクの寝場所を心配するとガハクは笑顔で答えた。
「岸辺の情景の下絵はだいたいでき上がったからね。ここはもう店じまいして、アトリエに戻るんだよ」
さて、大量のペットボトルをビニールシートに包むだけでは、まだまだ不十分だ。その周りを木材やパイプなどで囲んで、四人を乗せるがんじょうな船体を作らなければならない。
実はそれも河原には豊富にあったんだ。秋の台風の大水で上流流れされてきた大木。冬の積雪で折れた幹、春の嵐で折れた小枝。季節ごとにプレゼントされた貴重な資材が、干からびたまま、河原のあちこちに転がっていたんだよ。
四人はせっせとそれらを集めてくると、複雑に交錯している小枝をノコギリで切り落とした。竹ぼうきのようにボサボサとしていた木が曲がりくねった柱に変わっていく。それらをうまく組み合わせるといかだの骨格を作ることができたんだ。ちょうどいい太さや長さの木が見つからないときには、ガハクの小屋の柱に使っていた木を使った。金づちとくぎは、谷やんが技術科の教師にかけ合って、提供してもらったんだよ。
おいらは、そんな四人の働くようすを毎日眺めていたんだけどね。あたりを飛び回りながら、役に立ちそうな流木を見つけるたびに四人に知らせてやったんだ。
「カー!」(ここにいい材料があるぞ!)
ある日、玲奈のおじいさんが河原の凡たちの造船所(ぞうせんじょ)にやってきた。曲がったばらばらの木材でいかだの骨格をかたち作るのに悪戦苦闘している凡たちを見て、おじいさんは急いで家に戻り、庭づくりに使っているシュロ製の縄(なわ)を沢山持ってきた。そして、曲がった木々を器用に組み合わせて、がっちりと船体を組み上げたんだよ。
ある日、様子を見にきたタイショウに、ガハクが頼んだ。
「タイショウ、せんだっての選挙のときに、あちこちにポスター掲示板が立てられていたよな。あのベニヤ板を十枚ほどもらうことはできないかな」
タイショウがスマホを取り出して一時間もたたないうちに、役所の軽トラックに積まれた古いベニヤ板が届いた。凡たちは喜んでそれらをいかだの上に貼(は)り付けたんだ。
さらに谷やんは、学校の倉庫から、折れたモップの柄(え)を四、五本持ってきた。凡たちはその先端にうちわのような形の板を取り付けてパドルを作ったんだ。
折れた柄は、才一郎がコモセンに呼ばれていじめの有無を問われたあの日の放課後、昇降口の掃除用具置き場の周りに散らばっていたものだ。おいらは犯行現場を見ていたから分かるんだが、犯人は才一郎たちだったんだよ。自分たちの悪事が、めぐりめぐって凡たちのいかだ作りに貢献していたとは、才一郎たちは思ってもみなかったろうね。
レースがあと一週間ほどに迫ったころ、いかだは完成に近づいていた。四人は玲奈の屋敷から太い青竹を一本切り出してきた。そしてベニヤ板の甲板の真ん中にがっちりと立てた。こうして、ついにいかだが完成したんだよ。
岸に運ばれたいかだは谷やんの計算通りだった。四人がおそるおそる乗り込むと、はじめはぐらぐらと揺れたが、腰をおろしてパドルをあやつると、すぐに安定したんだ。
ところで夏休みに才一郎たちはどうしていたのか? それを説明する必要があるね。
才一郎たちは、いかだづくりをなんば工務店の職人たちに任せていた。だから相変わらず対岸のたまり場で、タバコを吸ったり、漫画を読んだり、ゲームをしたりしていたんだよ。
ある日、石の上に座っていた才一郎が、公平ら三人の子分を呼んで一通の手紙を見せた。そこには
「僕は元気だ。ビッグバンから約百億年の場所にいる。いろいろとなつかしい話をしたい。八月二十四日に再会しよう」
とだけ書かれていたんだ。
意味が分からず首をひねる三人の子分たちに才一郎が言った。
「昨日、家に届いたんだよ。差出人は書いてないが、進也に間違いない。川に流されたあと、何も連絡してこなかったことを反省し、俺たちに謝って、またグループに戻りたいのだろうな」
また進也をパシリにして、いじめたりこき使ったりできると思ったんだろうね。四人の悪党たちはニンマリとしていたよ。
才一郎は公平に指示した。
「ビッグバンから百億年というのがよく分からん。凡たちにも同じような連絡がきていて、何か分かるかもしれない。行ってさぐってこい」
命令された公平は、凡たちがいかだを作っている対岸に渡っていった。おいらもそのあとを追いかけたよ。川を渡った公平は、高く伸びた夏草に隠れて凡たちの様子を探ろうとしたが、近くの水辺に二人の男が座って話し込んでいることに気づいた。公平はその話の内容が凡たちにかかわることだと知って、耳を澄ました。
「あの子たちのいかだでは、レースではとても勝てないと思うんだがね?」
と、ガハクに聞いたのは、川に落ちた酔っ払いを演じた名優のげんさんだ。
ガハクは、草かげに身をひそめて盗み聞きをしている公平をちらちらと見ながら答えた。
「彼らの目的はレースで勝つことじゃないんだよ。二か月ほど前に、このへんから下流に流されてそのまま行方不明になった男の子がいてな。最近その子から彼らに手紙が届いたんだよ。居場所ははっきりしないが、どこか下流の方で元気にやっているらしい。そのことを知ったあの子たちは、いかだレースに参加するふりをして、そのまま下流まで下ってその生徒を探しにいくのさ」
「ほう、なるほどねえ。ところで探した後どうするつもりなんだい?」
「家に連れ戻して、いじめの事実を公(おおやけ)にしようというわけだよ」
驚いた公平は、才一郎に報告するために対岸に向かった。公平が走り去ると、ガハクとげんさんは顔を見合わせてにやりと笑った。おいらも公平の後を追ったよ。
公平から報告を受けた才一郎は、恐ろしい形相(ぎょうそう)で、うめくように言ったんだ。
「あの野郎、今度は絶対に川底に沈めてやる!」
さあお待たせしたね。川下り大会の長い長い前置きの話はこれで終了だ。いよいよ、凡たちの川下りが始まる。前にも言ったけどね。そこには予想もしていなかったレース展開と、恐ろしい出来事が待っていたんだよ。
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