第30話 八月 水上の対決(1)才一郎の出現

 再びゆったりとした旅が始まった。川を下るにつれて、川幅が広くなり、水深も深くなった。私たちの先をいく才一郎たちの後ろ姿はまだ見えない。早く追いつかないと先に進ちゃんを見つけられてしまう。私たちはいっそう力を込めてパドルをこぐ。


 やがて大きな橋を二回くぐると、両岸には公園のような風景が現れた。家族連れが岸辺でシートを広げてくつろいでいる。私たちは、トイレや売店の整備された岸辺の公園に上がってしばらく休憩した。時計を見るとちょうど午後一時だ。いかだレースのゴールを突破してから三時間が経過している。


 公園の売店でおにぎりとサンドイッチを買い、各自の水筒の水でのどをうるおす。ガハクの畑で採れた完熟トマトは格別においしい。みんなで二個ずつ分けて食べたが、玲ちゃんはなぜか一個残した。進ちゃんに上げようと思っているのかもしれない。


 再び乗り込むときに、玲ちゃんが真剣な顔で言った。

「そろそろ『ビッグバンから百億年』の場所だよ。進ちゃんが近くにいるんじゃないかなあ」


 あたりの雑木林に河岸生活者の青いテントが、目立って増えてきた。

「あの人たちに聞いてみよう」

 凡ちゃんが当たり前のように言う。

 大丈夫だろうか? 先ほどの横暴な釣り人のような人たちだったらどうしようと、私は心配になる。住まいとか外観とかにこだわるのは偏見だけど、言葉では理解しても、なかなか私たちは行動に移せない。だが凡ちゃんと大ちゃんは違っていた。

「心配ないよ。人は見かけでは判断できないからね。親切な人も多いはずだよ。ガハクがそうだったじゃないか」


 二人が岸辺に上がろうとしたとき、玲ちゃんがリュックから一枚の写真を取り出した。

「凡ちゃん、これを持っていって」

 水に濡(ぬ)れないようにビニールファイルにはさんでいたのは、玲ちゃんのピアノの上に飾ってあった吹奏楽部の記念写真だ。

 凡ちゃんたちは、釣り人や青テントの住人たちに進ちゃんの顔を示しながら尋ねて回った。私と玲ちゃんは、いかだから見上げながら付いていく。

 はじめのうちは知らないと言われ続けたが、ねばり強く尋たずねているうちに、ついに見覚えあるという人が現れた。青いテントから出てきた中年の男の人が、

「三百メートルくらい下流の岸辺で出会った男の子に似ているな。平日なのに学校に行く様子もなく、毎日釣りをしているのでおかしいと思っていたんだ。そのうちに夏休みになって、周りに子どもたちの姿が増えて、その子は目立たなくなったんだよ。もしかしたら、今日もそのあたりにいるかも知れないよ」

 さらに一緒にいたもう一人が教えてくれた。

「その場所に行く前に、大きな中州があるんだが、左側を回った方が流れがゆるやかだよ。右側の方は近道だけど、急流で大きな岩がところどころに顔を出している。危ないからそっちは通らない方がいい」

 凡ちゃんの言うとおりだった。人を見かけで判断するのは間違っているんだ。私は先ほどの自分が恥ずかしかった。


 いよいよこの近くに進ちゃんがいる。そして私たちがくるのを待っている。さらに、一緒に下ってきた才一郎のカヤックもこの近くに隠れているに違いない。


 再びいかだに乗り込んだ私たちは、進ちゃんがいないかと両岸のようすを観察しながら川をゆっくり下っていく。玲ちゃんは首にさげたピンクの双眼鏡を一生懸命のぞいている。そうしているうちに、遠くに中州が見えてきた。


 そのとき、今までずっと遠くから見守るように追走してきたクスシのカヤックがスピードを上げて私たちに追いついてきた。

「中州の左岸の方が流れもゆるやかで安全だ。私たちが先に行くから、君たちは落ち着いてゆっくり来るがいい。ゴールはこの中洲から少し下ったところの岸辺の原っぱだ。そこで、タイショウやオシショウたちが待っている」

 追いついてきたボートから谷やんも声をかけてきた。

「クラスのみんなにも君たちのようすは連絡してあるから、もしかしたら迎えに来ているかもしれないよ。うまくいけば、進也くんもそこにいるかもしれないな」


 クスシのカヤックが左岸を下っていった。そのあとをオヤカタとコモセンが乗ったボートと谷やんの乗ったボートがゆっくりと下っていった。私たちは両岸を行ったり来たりしながら、進ちゃんの姿を探した。しかし一向に進ちゃんは見当たらない。

 もうあきらめて、みんなが待っているという広場に向かった方がいいかもしれない。


 私たちもいかだを左の方向に向けようとしたそのときだ。突然、右岸の岸辺の葦(あし)の茂みから才一郎と公平の乗ったカヤックが現れたんだ。そしてその後方の岸辺に、自転車に乗った西村と北岡の二人の子分たちがいた。

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