第31話 水上の対決(2) 宙を舞う卵の砲弾
「凡!」
突然私たちの前に出現した才一郎と公平の二人はにやにやと笑いながら、パドルを大きく回転させて、私たちのいかだに急速に近づいてきた。そして左岸に向かおうとしていた私たちを追い越すと、行く手をさえぎるようにして流れに横向きになって停泊した。
「俺たちに隠しごとをしても無駄なんだよ。凡、進也はどこだ。このへんにいるんだろう」
私たちが黙っていると、岸辺の自転車の二人が大きな声で言った。
「隠そうとしたってそうはいかないんだ。さっきお前たちが、ホームレスから進也のことを教えてもらったのを、俺たちは聞いていたんだよ!」
悪党たちは、水陸両方から私たちをつけ狙っていたんだ!
才一郎の手には大きなバールが握られている。この悪党はそんなものを使って何をするつもりだ。言うことを聞かなければ、私たちのいかだをこわしてしまおうとでもいうのか。
私たちは、才一郎のカヤックから逃げるようにして、いかだの向きを左岸方向に変えようとした。
才一郎がにやりと笑って、岸辺の自転車部隊に向かって叫んだ。
「やれ!」
二人は、自転車のカゴの袋から白くて丸いものを出して、私たちに投げつけてきた。その一つが大ちゃんの背中に当たって割れた。生卵だ! 大ちゃんの背中が卵の黄身と白身が混じった液体でぬれた。
二人は卵を次々に投げつけてくる。背中に当てられた玲ちゃんが悲鳴を上げる。私は玲ちゃんを守るようにしながら、大声で叫んだ。
「やめろ、卑怯者」
大ちゃんと凡ちゃんがいかだの甲板に立ち上がった。大ちゃんは手に構えたパドルで、飛んでくる卵をばちばちと打った。さすが野球部だ。卵は大ちゃんのパドルに当たるたびにベチャッと音を立て、液体を周囲に振りまいた。
すると才一郎は、カヤックの上に仁王立(におうだ)ちになり
「まぐれあたり野郎、これを打ってみろ!」
と叫んだ。そしてマウンド上のピッチャーのように思い切り振りかぶると卵を投げつける。大ちゃんは狙いすましたように全力でパドルを振る。だがいかだが揺れたせいか、大きく空振りをした。そして勢いが止まらず、大ちゃんはドボンと水中に落ちてしまった。水深は一メートルほどしかない。大ちゃんはその大きな体を水中で立て直すと、私たちのいかだを力一杯押して才一郎のカヤックから遠ざけようとした。だがカヤックはすぐ追いついてくる。押すのをあきらめた大ちゃんが再びいかだに乗り込んだ。
才一郎と公平はカヤックに座ったまま、あざけり笑いながら卵を次々に投げつけてくる。岸辺からも西村と北岡が投げ続ける。中州の手前では流れがゆったりと右と左に分かれている。その中州を前で私たちは、才一郎たちに襲われながら右往左往(うおうさおう)するばかりだ。私たちがなんとか左岸のゆるやかな流れに突入しようとすると、素早く先回りした才一郎がバールを振りかざして待ち構える。
やむを得ず私たちは再び右岸に向かう。右岸の幅は狭くなっていて、その先は流れが急になり、浅瀬と深みが複雑に入り組んでいる。川底からは大きな岩が、氷山のようにそびえている。ところどころの大きな岩に流れがぶつかって荒々しく波立っている。
その時だ。グッジョブの鳴き声が右側の下流の方から聞こえてきた。
「グッジョブが呼んでる。やっぱり右岸に突入しよう!」
と凡ちゃんが言った。
「才一郎たちはヘルメットもライフジャケットも身に付けていないから、急流の方には簡単には来れないはずだ。よし、行くぞ!」
そうして私たち四人は、全力でパドルをこぎながら右岸の入り口を目指した。
私たちの意図を知った才一郎たちは、すぐに後を追ってきた。そして、私たちのいかだを追い抜くと、先回りして中州と右岸の間にそのスマートな船体を横向きにしてとどまった。私たちは口々に叫んだ。
「邪魔をするな! そこをどけっ」
しかし才一郎は不気味な薄笑いを浮かべている。
「馬鹿め、進也を見つけるのは俺たちが先だ」
そう言ってバールを振り上げた。
と、そのとき、グッジョブが「カー!」と声をあげて、カヤックに向かって飛んでいった。
グッジョブはカヤックの寸前で体をひるがえらせると、才一郎たちの頭上をぐるぐると飛び回った。公平が今度はグッジョブに向かって卵を投げつけた。岸辺の二人もグッジョブを狙って投げつけている。グッジョブは軽く体をひねってそれらをかわす。丸くて白い砲弾は、軽い音を立てて着水し、うまい具合に形は崩れず、そのまま水上にぷかりぷかりと浮いている。
グッジョブは「カー!」と鳴いてその卵に飛びついた。その鳴き声はごちそうへの喜びの声のようだ。グッジョブはそれらを口にくわえて拾い上げては飛びながら食べている。するとグッジョブの歓声を聞き付けた仲間たちが、次々に集まってきた。
グッジョブたちは、私たちのいかだと才一郎のカヤックの上空を飛びかいながら、卵拾(ひろ)いを始めた。卵提供船の才一郎たちの上空では、グッジョブを中心にして、大勢のカラスたちがとり囲むように群らがっている。才一郎たちはカラスの集団めがけて次々に卵を投げつけている。だがそれは少しも当たらないで水上に落ちた。それらをカラスの大群が拾ってはむさぼり食っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます