第38話(完結) 十月 エピローグ(4)除幕式(じょまくしき)

 M市に、ある画家から大きな絵画が寄贈された。その画家は地元の出身で、若いころに有名な賞をとったすごい画家なんだよ。


 十月十五日に、その絵をホールに飾るための除幕式が開催された。ホールには大勢の市民が集まっていた。おいらは、ホールがよく見えるヒマラヤ杉の枝からその様子を眺めていたんだ。


 やがて市民の大きな拍手に迎えられて来賓席(らいひんせき)に座ったのは、そう、お察しの通り、あのガハクだよ。自分からは決して語ろうとしない輝かしいその経歴を、タイショウが丁寧(ていねい)に紹介した。


 その後、東中学校の吹奏楽部によってM市の市歌(しか)が演奏されたんだ。吹奏楽部のメンバーの中では真理がクラリネットを、玲奈がフルートを、それぞれ晴れやかな表情で吹いていた。もちろん凡と進也も高らかにトランペットを吹いていたよ。


 指揮をしたのはなぜか野球部の大介だった。それは主賓(しゅひん)であるガハクのたっての要望だったんだ。


「夏ごろ、岸辺で絵を描いているときに、近くで一生懸命指揮の練習をしている生徒たちがいた。その生徒が実際に指揮をする姿を見たい」


 ガハクの希望を聞いて、吹奏楽部の顧問のミソラ先生は、大介が晴れの舞台に立つことを喜んで了承したんだよ。

「彼はコンクールでの最優秀指揮者ですから」

 と言ってね。


 演奏が終わると、凡と進也が前に進み出て、高らかにトランペットを吹き鳴らした。それは、大介が野球の試合で同点のヒットを打ったときにグラウンドに響き渡った、あのメロディだ。市民の輪の中にいたオシショウは、それを聴いた瞬間、半年前の野球の試合の最終回を思い出したんだろう。大介が打席に立ったとき、河原の堤防に突然人影が現れて、高らかにトランペットを吹き鳴らしたあの情景をね。オシショウは、はっとしたような顔をしたが、すぐに仏様(ほとけさま)のような慈愛に満ちた笑顔を見せて、深くうなずいたんだよ。


 その勢いのいい音色(ねいろ)に合わせて、市長と議長と教育長の三人が絵をおおっていた白い布をはずした。


 現れたのは、急流を下るいかだの絵だった。市民の間から、おーっという歓声と拍手がわきおこった。


 中央に大きく描かれているのは、いかにも無骨(ぶこつ)ないかだだった。その背景には、個性的なスタイルのいかだが小さく点々と描かれている。さらに遠くの方には、おいらとガハクが住んでいた、あの源流にほど近い山がそびえていたよ。


 波に揺れるいかだの上では、四人の少年少女が笑顔を見せている。特に中心に位置する少女は、その愛らしい顔立ちには不釣り合いに、右腕を力強く、高々と青空に向かって突き上げている。四人の少年少女の姿は、まぶしいほど明るく輝き、力強かったよ。


「なんて夢と希望に満ちあふれた絵なんだ」

 見る人すべてがそう思ったはずだよ。


 ところで、一つ不思議なことがあった。それは彼らの服装のことなんだ。凡や真理たちは、いかだレースのときにはもちろん私服だったんだよ。しかし絵の中の少年少女の着ている服は全く違っていた。男の子が着ているのは、つめえりの学生服で、女の子が着ているのはセーラー服だったんだ。両方とも今ではめったにお目にかからない制服だったんだよ。いつの時代のどこの中学校の制服なんだろうと、おいらは不思議に思ったんだが、その答えはまもなく分かった。


 会場に集まった市民の中の、比較的年配(ねんぱい)の人たちが口々に言う声が聞こえたからね。

「やあ、なつかしいなあ! 私たちが中学校のとき着ていた学生服だよ」

「あのセーラー服はとてもおしゃれで可愛い制服だったわねえ」

 それを聞いたおいらも、何となくなつかしい気持ちになったのはどうしたわけだろう。


 そのとき突然、会場内から子供のかわいらしい声が上がった。

「グッジョブだ! グッジョブがいるよ!」

 おいらはドキッとしたが、その子の指は、木の上に止まっているおいらではなく、絵の中の一点を指していたんだ。


 絵の中のいかだの帆柱のてっぺんで、一羽のカラスが羽ばたいていたんだよ。そしてそのしっぽ)が白く輝いていたんだ。それはだれが見てもおいらに間違いなかった。


「グッジョブだ、グッジョブだ。かっこいい」


 子供たちの声が市民の輪の中で広がっていった。


 おいらは一声鳴いた。

「カー!」(さあ子供たち、次は君たちの番だよ!)


 そして秋の気配(けはい)が濃くなり始めた空気を思い切りたたいて、青空高く飛び立ったんだよ。 (了)

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正義の味方 岸辺のグッジョブ 大門寺 悟(だいもんじ さとる) @daimonji

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