第4話 八月 オヤカタの孫自慢(まごじまん)
オシショウの話を聞き終わったタイショウたちは、その真に迫(せま)った話しぶりと予想もしなかった結末に、思わずため息をついていたんだ。
オヤカタは、木の枝に止まっているおいらをジロリと眺(なが)めてからうなずいた。
「なるほど、それであのしっぽの白いカラスがグッジョブと呼ばれるようになったというわけか」
「ところで、お姫様が若者に教えた小屋からは、どっちが出てきたんだい?」
タイショウが尋(たず)ねると、オヤカタと議長はそっちの方が気になってしょうがなかったらしく、うんうんとうなずきながらオシショウを見た。
「実は、この小説には結末が書いてないんですよ。作者は、問題を出しただけで、その答えは読者自身が考えなさいと言っているんです」
それを聞いたタイショウたちは、朝礼のときの生徒たちと同じように、不満そうな顔つきをした。するとオシショウは、にっこりと笑って、朝礼では生徒たちにしなかった続きを話し始めたんだ。
「もし私が姫の立場だったら、そして本当に若者を愛していたのならば、多分こうしたでしょうね」
その言葉を聞いたタイショウたちは、一斉にオシショウの方に体を向け直すと、耳と目を集中させたよ。
「処刑場から私を見上げる若者の目をじっと見つめるんですよ。そして、その瞳(ひとみ)の奥に潜(ひそ)んでいる、彼の真実の心を見抜(みぬ)くんです。
もし、彼の瞳(ひとみ)の奥に
『自分は、二人が愛し合った日々への後悔(こうかい)は一切(いっさい)ない。だから死ぬことなど恐れない』
という、自信に満ちあふれた気持ちが読み取れたならば・・私はきっと美女のいる小屋を指したことでしょう。
しかしその逆だったら? 彼が死への恐怖にうち震(ふる)えながら
『命だけは助けてくれ』
とばかりに、すがるような目で私を見つめていたならば・・私はトラのいる小屋を指(さ)したことでしょうね。つまり、若者の運命は若者自(みずか)らの手に握(にぎ)られていたんですよ」
「何てことだ。オシショウの情熱はまるで凍(こお)りついた炎のようだ!」
タイショウがうなるようにそう言った。続けて、
「さすがオシショウだ。このくらいの聡明(そうめい)さがなければ、中学校の先生は勤まらないよ。どうだい、オシショウに勝てるような生徒はいないだろう? オシショウはどんな難(むずか)しい生徒でも、手のひらの上でコロコロと転(ころ)がしているんじゃないのかい?」
「ところが一人だけいるんですよ。とてもしっかりした女子生徒が。ほら、あのいかだに乗っているあの子です」
「おお、そうだった。夏井真理さんだ。たしかに先日の議会での彼女の演説は素晴(すば)らしかった。あの子は中学校時代のオシショウに、雰囲気(ふんいき)がそっくりだったね。」
そう言ってからタイショウは、それまでの話題をがらりと変えたんだよ。「一人だけ」というオシショウの言葉に何か考えるところがあったんだろうね。何しろ目の前の川の上には中学生が八人もいたんだから。
「ところでオヤカタ、跡継(あとつ)ぎは立派に育っているようじゃないか。今年は特例で成人コースへ出場とは、たいしたものだね」
「おかげさまでね。息子の方はいろいろあって跡継ぎにするのは諦(あきら)めたけど、その代わりに孫(まご)の才一郎が順調に成長しているんだよ。なにしろ才一郎には、人の上に立つ資質の『知(ち)・徳(とく)・体(たい)』すなわち『知恵と度胸と体力』という三拍子がそろっているからね。
この川下り大会でも、少年コースでの二連勝を期待していたんだが、どうしても成人コースに参加したいと言うんだよ。だけどこっちでも優勝するかもしれないよ」
オヤカタは得意満面の顔つきで孫の自慢をした。それを聞くオシショウが眉(まゆ)をひそめたが、だれも気づかなかった。
「オシショウも知っているとおり、才一郎は野球部でもがんばっているんだよ。何しろ二年生なのに、エースピッチャーで四番だからね」
「ほおーっ」と感心する声が上がると、オヤカタの調子はますます上がった。
「ところが野球部の顧問(こもん)が少し変わり者でね。どんなに下手(へた)くそな選手でも、試合では必ず全員出場させるんだよ。だからせっかくの勝ちゲームなのに、肝心(かんじん)なところで選手が交代して勝利を棒に振ったことが何度もあるんだ。せんだっての春の大会でもそうだったんだよ」
そこまで聞いたオシショウが、オヤカタの話をさえぎった。
「たしかに野球部の顧問の谷口先生は個性的です。春の大会も、私は応援に行っていましたから、オヤカタの言いたいことはよくわかっていますよ」
タイショウたちが興味ぶかそうな顔をしたので、オシショウは五月の試合のてんまつを話し始めた。
実はね。この試合のいきさつにはおいらが深く関わっていたんだよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます