第17話 下流に消えた進也
大変だ。進ちゃんが流されている! 才一郎の投げた木が命中して、体が動けなくなったんだ。
「進ちゃん! 進ちゃん!」
と呼びかけながら私たちは岸沿いに追っていった。だが進ちゃんは顔を水中につけたまま下流に流されていく。
そのとき突然、クスシが、川に向かって走った。そして水際(みずぎわ)に置いてあったカヌーにすばやく乗り込んだ。パドルを構えると私たちの方を振り返ってどなった。
「ガハク、私は今『人生の宿題』を思い出したよ」
するとガハクも大きな声で叫んだ。「私も同じだ。あの子を頼むぞ」
『人生の宿題』? その意味は私には分からない。ただ、本気で私たちを助けようとしている頼もしい大人たちがここにいる!
クスシは両手で握りしめたパドルを、水と空気を切り裂くように大きく回転させた。カヌーはまたたくまに進ちゃんに追いついた。
カヌーに引き上げられた進ちゃんがゴホゴホと咳(せ)き込んで水を吐いているのが見える。そして「進ちゃん!」と叫び続ける私たちに向かって弱々しく手を振った。良かった。生きている!
カヌーが岸辺に戻ってくると、大ちゃんが進ちゃんをおんぶして草の上に運んだ。
クスシは進ちゃんを寝かせると、背中の打撲のあとを点検したり、まぶたをひっくり返したり、脈拍を測ったりした。
やがてもう大丈夫と判断したらしい。進ちゃんから名前や家の電話番号を聞くと、携帯電話で進ちゃんの家に電話をした。しかしいつまで待ってもだれも出る様子がない。進ちゃんは、大ちゃんと凡ちゃんが固くしぼったシャツを着こみながら弱々しい口調で言った。
「家にはだれもいないよ」
クスシが進ちゃんの両親の携帯電話の番号を聞いたが、進ちゃんは首を横に振った。
「僕の家はとっくにこわれちゃってるんだ。お互いの電話番号なんてわからないよ」
私は、昨日玲ちゃんから聞いた進ちゃんの家の話を思い出した。
クスシは厳しい表情で私たちに聞いた。
「この子は君たちの学校の生徒なのか?」
三人が同時にそうだと答える。
「こんなひどいいじめが行われていることを、先生たちは知っているのか?」
私は深くうなずく。昨日私が伝えたばかりだ。だけど先生たちには分かってもらえなかった。その結果がこれなんだ。
「知っているのに先生たちは、何もしてくれないのか?」
私たちは黙っている。『学校の外で起こった事件は家庭で解決するべきだ』というコモセンの言葉がよみがえる。
「よし、この子は私がしばらく預かることにしよう。ガハク、テントの住人さんたちの健康診断は一週間延期だ。げんさんにそう伝えてくれ」
クスシのカヌーは、パイプとビニールの布でできていた。長さは四、五メートルほどで、座席が二つある。クスシが後ろの席に乗り込んで、進ちゃんに前の席に座るように言った。進ちゃんは危なっかしい姿勢で乗り込むと、しばらくもぞもぞと体を動かして安定させた。カヌーはぐらぐらと揺れたがすぐに落ち着いた。そして二人は静かに川を下っていったんだ。残された私たちはただ呆然(ぼうぜん)と見送っていた。
進ちゃんがクスシと一緒に姿を消したあと、
「進ちゃんはどこに行ったの?」
と私たちが尋ねると、ガハクは静かに答えた。
「大丈夫だよ、クスシは医者だ。この川の下流に自分の病院をもっている。進也くんは、クスシのところでしばらく安静にして暮らすんだよ」
それっきり進ちゃんは、家にも学校にも戻らなかった。神隠しにあったように私たちの前から消えてしまったんだ。
翌日進ちゃんのクラスでは
「工藤進也は遠くの親戚(しんせき)の家に預けられた」
と担任のコモセンが説明したという。もちろん私たちは、だれもそんな話を信じてはいない。
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