第20話 七月 校長室への呼び出し

 次の日の朝、いつものように明るい雰囲気で出席を取り終えた谷やんが、一息ついてから言った。

「ああ、忘れないうちに言っておこう。夏井真理と春野凡と秋山大介、君たち三人は、今日の昼休みに職員室に来なさい」


 唐突な指名に私は驚いたが、谷やんの口調はいつもの通り落ち着いて柔らかいものだったし、顔には笑みが浮かんでいる。悪いことではないらしい。


「ひえー、大事件発生。お前ら何をやらかしたんだ」

 と公平が叫ぶと、それを合図にしたかのように、教室には驚きやら冷やかしやらが入り交じったざわめきが起こった。

 谷やんはそのざわめきを落ち着かせるかのように落ち着いた口調で言った。

「それが、私にもよく分からないんだ。校長先生から、昼休みに三人を連れてくるようにと言われたんだよ」


 昼休み、私たち三人は校長室を訪問した。オシショウ先生の隣にはネクタイ姿の二人の男性が座っている。

 壁の上の方には、いかめしい顔をした歴代校長の写真がずらりと並んでいた。奥の方になるほど写真が古びて、セピア色に変色している。古い写真はほとんどが男性で、その顔にあごひげと鼻ひげを蓄(たくわ)えている。廊下側の新しい方には、カラー写真が多く、女性の校長先生も半々くらい混じっている。

 私には、それらはお葬式の祭壇の正面に飾られる写真のように見える。教室や職員室とは違って、校長室には創立以来の長い時間が、どんよりと漂っているんだ。


「突然呼ばれて驚いたことでしょうね。今朝、学校のポストに、こんな手紙が届いていたんですよ」

 オシショウ先生は、満面に笑みを浮かべながら、テーブルの上の真っ白な封筒を示した。そして便せんを丁寧(ていねい)に取り出すと、封筒の表面を上に向けて私たちの前に置いた。

「東中学校 校長先生様」と書かれたあて名は、書写の教科書のお手本のように整(ととの)っている。切手は貼(は)ってない。だれかが学校のポストに直接投げ込んだのだろう。

「昨日の午後、岸辺を歩いていた男の人が川に落ちた。近くにいた三人の中学生が助け上げたが、彼らはすぐに立ち去った。制服から東中学校の生徒らしい」

 と、オシショウ先生はかいつまんで説明した。

「そのときの写真も同封されていたんですよ」

 そう言って、二枚の写真を見せた。一枚の中では、私が水ぎわの凡ちゃんたちにペットボトルを投げている。もう一枚の中では、大ちゃんと凡ちゃんと私が手をつなぎあって、男を引き上げていた。

「あなたたちに間違いありませんよね?」

「はい」

「素晴らしい行為でしたね。そのときの状況を詳(くわ)しく教えてくれる?」

 と、話が進んだところで、ネクタイ姿の男が話しかけてきた。


「すみません、私はB新聞社の者です。今校長先生の話された手紙と同じものが、新聞社にも届いていたんです。写真を撮らせてもらっていいですか?」

「もちろん結構ですよ。みんな、いいわね」

 オシショウ先生は、手紙を読むようなポーズをとってカメラの方に視線を移した。

「生徒の皆さんもこちらを見て。そうそう、できたら笑顔でね」

 新聞記者のカメラがカシャカシャと音を立てた。


 取材を終えて校長室を出ようとしたとき、後ろからオシショウ先生が私を呼び止めた。振り向くと、オシショウ先生は、壁の上の歴代写真の中ほどを差した。

「お爺さまのご機嫌はいかが? お元気?」

 その写真の下には夏井正次郎という名前が書いてある。

「ご存じだったんですか? だれも知らないと思っていましたが。祖父はおかげさまで元気です。車いす生活ですけど、日常生活に不自由はありません」 

 オシショウ先生は優しい目で私を見つめると、にっこりと笑った。

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