第26話 八月 野蛮な釣り人の進路妨害

 私たちはやがて大きな橋をくぐった。コンクリートの橋げたが五つ、十メートルほどの間隔で水中にそびえている。ぶ厚いコンクリートの壁に描かれた黒々とした模様には、季節ごとに変化する川の流れの記憶が刻まれている。橋の構造をま下から眺めながらくぐり抜けると、下流の堤防の上から私たちに向かって、大きく手を振りながら大声で叫んでいる男たちがいる。耳を澄ますと

「釣りの邪魔だ! こっちに来るんじゃない!」

 と言っている。

 先程の親切な釣り人の忠告はこれだったのか。私たちは不安にかられながら、慎重に岸辺沿いに少しずついかだを進ませた。すると、近づくにつれて彼らの声はますます荒々しくなった。

「ボートはダメだ、ダメだ。あっちに行け。こっちは高い金を払って釣りをしているんだ。お前らは金を払っていないだろう」

 その声は際限なく荒々しい。ゆっくりと近づくと、堤防の上に釣り人が十人ほどいた。いずれも屈強な顔つきの年配者たちだ。そのうちの五人ばかりが怖い顔で私たちをにらみ、怒鳴りつけていた。

 男たちは、コンクリートの堤防の上で長い竿(さお)を何本も立て、透明で丈夫な釣り糸を対岸近くまでまっすぐに張っている。巨大な蜘蛛(くも)の糸が私たちを行く手をさえぎっているようだった。一人で何本もの竿を使っているので、糸の数は釣り人の数よりもずっと多い。この欲張りたちは、各自がキャンプ用の小さなパイプ椅子(いす)に腰を掛け、昔の関所の役人のようにいばりくさって、川を旅する者たちに難癖(なんくせ)をつけているんだ。


 だけど凡ちゃんは落ち着いている。

「大丈夫だよ。僕が謝って、みんなに説明するよ」

「すみません。すぐに通りすぎます。釣りの邪魔にならないように静かに川を下りますから、通して下さい」


「ダメだ、ダメだ! とにかくお前たちは釣りの邪魔なんだ。もっとあっちに行けよ。早く岸に上がれ! お前たちのせいで魚がどっかに行っちゃうんだよ。俺たちは高い入漁料(にゅうぎよりょう)を払って釣りの許をもらっているんだ。お前たちは国土交通省の許可はもらったのか」


 川はだれの持ち物でもない。だから川下りをするための許可は不要だとクスシは言っていた。


 そのとき、仲間らしい一人が大きな声で呼びかけた。

「待て、このいかだに乗っているのは、先日川に落ちた俺を救ってくれた子供たちだ。通してやれ」

 見るとあのときの酔っ払いの男だ。たしか名前はげんさんと言っていた。続けてげんさんは荒くれ男たちに言った。

「お前はさっきは子供が二人乗ったカヌーには何も言わずに通してやったじゃないか。このいかだも通してやれよ」

「そうだ、そうだ。いいかげんに通してやれよ」

 と何人かが加勢した。いいぞ、まともな人も結構多い。それに才一郎たちが少し前に通ったということも分かった。

 だが、でっぷりと太った男は、パイプ椅子から立ち上がって大声で

「だめだ、だめだ!」

 と怒鳴り続けている。さらに仲間たちに向かってこんなことを言った。

「さっきのカヌーは、なんば工務店の坊っちゃんたちだ。さっき自転車で来た中学生が、そう言っていたじゃないか。日(ひ)ごろからお世話になっているんだから、特別扱いだろうよ」

 何てやつなんだ。才一郎の手下の一人が、私たちの邪魔をするために、そんな工作までしていたのか。

 私たちはそれ以上はどうしようもなくなり、堤防下の水上をゆらゆらと漂うばかりだった。


 そのときだ。帆柱のてっぺんからグッジョブが一声、「カー!」と鳴いて飛び立った。そして、怒鳴り続ける男の頭上をぐるぐると飛び回り始めたんだ。

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