灼陽光の花園


——バダン!


司令室の扉を肩でこじ開けると共に、視界に捉えた全ての敵性存在を撃滅する。


——ドサドサドサッ!


反撃の隙もありはしない、後に残るのは肉の塊が地に沈む音と、銃火器が床を打ち付ける音だけ。


「……馬鹿な」


そしてそんな中で、ただ一人無事な男がいる。


「貴方が指揮官ですね」


死体を蹴り退けながら傍まで歩いて行き、眼前に杖を突きつけて尋ねる。


「まさか、全滅させてきたのか」


「そのつもりで杖を振りました」


私はこの男と問答を繰り広げるつもりではなかった、にも関わらずコイツは生きている、何者かが死の魔術を無効化した証拠だ。


「悪いが人質としての価値はないぞ、指揮権が別の者に移るだけだ、私の信頼する者の元にな」


口振りからして守られたことに気付いてはいない、伏兵の居場所を聞いても無意味だろう、だがこの男がアキレス腱である事は確かだ。


「そうですか、なら安心ですね」


そう呟いて私は杖を振った。


男を殺すつもりで魔術を放った。


だがしかし、今度もやはり、何処からか魔術の行使が妨害されてしまった。


——見つけたぞ。


魔術師の位置を把握した私はそちらに杖を向けた。


すると狙いを外されたと思った指揮官の男が、腰のナイフを抜いて私に襲いかかって来た。


——ダァン!


だが私のお腹にピッタリとくっつけた左手には、体の向きで隠していた銃が握られていた、ノズルから白い煙がゆらゆらと立ち上る。


——ドサッ!


「伏せ」


死体の末路を横目で捉えて呟く。


魔術師は自分が攻撃されるものと思っていたので、突然の出来事に面食らっていた、おかげで咄嗟の対応が遅れてしまう。


「お前もだ」


——ピ。


杖を横に切ると、それまで何もなかった空間で、水風船を壁に叩きつけたような音が鳴り、壁や床に真っ赤な肉片がこびり付いた。


「アカデミーからやり直せ」


これでもう砂漠に要はない、さっさと離脱しよう。


杖を振る。


すると建物の天井がぶち抜かれ、地下数百メートルに位置するこの基地から、地上まで全ての大地が粉々に吹き飛んだ。


やがてこの場に強い風が吹き込み始める、空から目に見えない何かが降りて来た、私はそれが着陸するのを待って踏み出した。


世界でただ一つの小型飛空艇レツェル=モロゥ、作戦行動はこれにて終了とする。


※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※


始末するべき者は大勢居る、どいつもこいつも邪魔で仕方がないな、操縦桿を指でトントンと叩きながらリストの名前を見下ろす。


——バサッ。


嫌気がさしてリストを放り投げる。


——ギシッ。


そして背もたれに沈んで天井を見上げる、あの砂漠での一件以来ずっと休みなしだ、流石の私もすこし疲れて来たようだ。


「気分転換に」


そう、気分転換に。


——ガララララッ。


足元の引き出しを開ける、そしてそこから一枚のファイルを取り出す、タイトルは悪魔塵滅。


ズィードゥークを見ていて分かったことだ、悪魔という生き物はつくづく不愉快だ、本来彼女がやるはずだった仕事だが。


「ケジメくらいは付けるべきでしょうね」


目先の目的が済んだら、時間ができたなら、表舞台へ復帰する前に片付けてしまおうと、そう思い資料を作成しておいたんだ。


——律華宮リツカキュウの悪魔。


古い時代を生きた大物の悪魔はまだ居る、災たるは何もズィードゥークだけではない、考えようによっては話が通じるだけ奴の方がマシとも言える。


ダルクモンド=アプロストゥ=レイェス、その悪魔は見たものを花の畑に変える、対抗手段もなければ解除手段もない。


いくつもの文明がコイツに滅ぼされた、その悪魔は今、ある魔術師の手によって封印されている、無力化出来ているが始末はまだだ。


そうと決まれば。


——グン。


操縦桿を握る、船が加速する、目指すは西の大地。


※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※


「……なんだこれは」


絶句。


飛空挺から眺める遥か下の大地は、見渡す限りが一面の花園と化していた。


建物も無い、人も居ない、文明の栄えた痕跡がどこにも見られない、ただただ鮮やかな色めきの大海が彼方まで広がっているだけだった。


「まさが復活を?」


あり得ないと分かっていても、そんな考えが頭に浮かんでしまう、あの術式は論文で見て知っている、そう簡単に破られる代物ではないはずだ。


やはりあり得ない、悪魔はまだ解放されていない、だとするならば可能性はひとつだけ。


被害の中心地を目指して飛び続ける、するとある地点を境に環境が変わっていた。


——灼熱。


爛れて、抉れて、赤熱し、花びらの一欠片も見当たらぬほどに大地は焼き尽くされていた。


ぽつり、ぽつりと、被害が散見される。


まるで抵抗するかのように、意図的にそうしているかのように、何かと戦って出来た痕と言うより、ハナからそれを狙って攻撃しているよう。


「状況が掴めてきましたね」


私はこの灼け跡に見覚えがあった、探す相手が増えたとそう思った時、モニターの端で何かが煌めくのを見た。


「あれは……!」


急遽回避行動を取る、直撃したらまずいという確信があった、私はあの熱を知っている、放出された光波は装甲を容易に貫くだろう。


かなり無茶をして機体を捻ったが、完全な回避は出来なかった。


——ドガァァァン!


強い衝撃。


「く……!」


ガタガタと機体が大きく揺れる、あらゆる警報器が艦内に鳴り響いた、計器の針が振り切れる、一撃で空中分解しなかったのが奇跡だ。


黒煙を撒き散らしながら地に堕ちていく、操縦桿はもう役に立たない、ラゥフ手製の魔術結界でさえ、あの熱波を防ぎ切ることが出来なかった。


やはり間違いない、あの炎を撒いたのは、一番出会いたく無い奴に出会してしまった!


『ハ——!誰だか何だか知らないが、ブンブン人の頭ん上で飛び回りやがって、鬱陶しいんだよこの花畑もお前も!堕ちやがれぇーーーーッ!』


「相手が誰かくらい、確認してから攻撃してほしいものですね」


音の割れたモニターから聞こえる女の叫び声に、苦言を呈する私であった。


※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※


「……なんでお前が降ってくるんだ」


「貴女が落としたんでしょう?」


折れて、半分になった塔の最上階で、傷跡を処置しながら嫌味を言う。


「アタイは知らないね、ハエが飛んでたから振り払っただけさ、避けられなかった方が悪いよ」


ヒラヒラと手を振ってうるさそうにする女。


「清々しい悪辣さ、変わりませんね」


「知ったふうな口を聞くな人間」


指先をこちらに向ける女、彼女は黒いバトルスーツの上から、溶岩地帯を思わせる黒地に赤線の走る着物を羽織っている。


両腰に黒く煤けた刀を一本ずつ括っており、黒い髪の一部が赤く染まっている。


特徴的なのは瞳の色で、物語の世界に出てくるような龍の財宝、その全てを溶かして混ぜ合わせたような眩い黄金をしている。


黄金の瞳、それは、人ならざるを意味する。


彼女、アーク=ロッドロゥは元々悪魔だったのだ。


「で、なんだってこんなとこに?まさかお前のバカ師匠にアタイを売る気か?それとも契約でもして欲しくなったのか?どっちにしろお断りだね」


嫌そうに立ち上がり、嫌そうにこの場から立ち去ろうとするアーク、私は彼女の背中にこう言った。


「ラゥフはもう居ない、この手で私が殺した」


歩みを止めるアーク。


「……そうか、オマエ、そういう奴だったな」


読めない表情でこちらを振り返る、怒っているようにも悲しんでいるようにも見える、案外宿敵と思って慕っていたのかもしれない。


黄金蝕の名は悪魔にとっての悪魔のようなものだ、アークは彼のものの手から逃れるために、悪魔としての力を捨て去り人となった。


その際、体の中に『熱』が残ってしまい、完全な人間には成り切れなかったのだ。


故に、彼女にとってラゥフは未だに天敵であり、私はその秘密を握ってアークを良いようにこき使う、我々はそういう間柄であった。


「待て、オマエ」


彼女は私の顔をじっと見つめ、前屈みになり、しばらくそうしていた。


やがて。


「クソ野郎と契約を結んだな」


「名前を間違えると怒られますよ」


「ハッ!知ったことかよ!」


乱雑に瓦礫を蹴り飛ばすアーク、派手に中身を撒き散らしながら木箱が砕ける。


「だけど妙だね、契約自体はあるのに有効化されてない、そもそも本体は何処なんだ、あのお喋りが一分以上黙ってるなんてあり得ない」


「答えを聞く必要が?」


「良い気味だからね、是非聞かせて欲しい」


「伝承の悪魔ズィードゥークは私が殺した」


「ハーーーッ!ヤキが回ったようだねえ!」


嬉しそうにはしゃぐアークの傍で、私は彼女が呟いた言葉について考えていた、そう『契約はまだ残っている』という事に。


まさか復活しやしないでしょうね。


毎晩眠る度に見るあの悪夢と、たまに鏡を見た時感じる瞳の色の澱み、そしてアークの発言、死んだ果てまでも他人を弄ぶ奴ですね。


「気分が良い気分が良い、今ならあのうざったらしい花畑も、少しはマシに見えるかもしれないねえ」


「それについてなんですが、もしや、封印の力が弱まっているので?」


「アタイがここに来たからな、一種の共鳴反応みたいなものだ、いやどっちかっつーと拒絶の方か、力と力が反発しあってるんだよ」


「貴女のせいでしたか、この惨状は」


概ね予想通りだ、事前に立てた推測は正しかった、であるならば次の展開は決まっている、そう思い口を開こうとしたその時。


「やだね」


アークが私に向かって斬り掛かってきた。


私は咄嗟に大きく距離を取った。


冷や汗を垂らしながら、顔面蒼白で、歯を食いしばりながら死に物狂いで魔術を行使した。


刀の振られる、その切っ先が、私の鼻筋ギリギリを通過するのと、全力で発動した移動魔術がこの身を後方にぶっ飛ばすのとは同時であった。


火花が散った。


それは瞬く間に拡大膨張炸裂四散、目まぐるしく弾けて強烈なエネルギーを出力。


——大崩壊。


大爆発、彼女が刀を振るった一直線上に、途方もない焔が荒れ狂った。


「ぐ、っ……ちぃ、あいつめ、相変わらず馬鹿げている、とことん馬鹿げた威力だ……!」


腕がひび割れて崩れる、肺が半分破けた、結界は八割型消し飛ばされてしまった。


「悪ーーーーるいがねぇ!アタイはあんたの悪巧みに加担するのはうんざりなんだよぉ!どうせ律華宮殺しに付き合えって言うんだろ?


こっちにはなぁ、やることがあるんだ、バカめ!」


鍔も、柄もない、火事の跡地から掘り起こされるような真っ黒い煤けた鉄の塊、アークの持つ刀からは陽炎が妖しく揺れている。


焔刀えんとう 煤景廟すすかげびょう、タダ飯ぐらいの時間だよ」


「……話の通じない、これだから悪魔というのは」


良いでしょう、とりあえず大人しくさせてからだ。

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