魔術の師、高みの高み、そのまた高み。


——ドォォォォンッ!


崖下に墜落した私は、血を吐きながら地面を跳ね、ゴロゴロと転がって土埃を巻き上げた。


本来機能するはずの防護結界は解除された、しかもそれだけには飽き足らず奴は星の引力を瞬間的に引き上げたのだ。


私はすぐには立ち上がれない程のダメージを負い、再生に手間を取られることになる。


——ダンダンダン!


そこへ降り注ぐ魔弾。


再生を途中で切り上げ防御結界を構築する、と同時に移動魔術を発動させて離脱する、今まで私の居た場所が粉々に砕けた。


——バヂッ!


先んじて展開しておいた防御結界、それが何らかの魔術を弾いた。


そこから逆算してラゥフの居場所を特定、空間を四角く囲って閉じ込める、あの中では一切の身動きが取れなくなる、魔術も完璧に使用不可だ。


——ドクンッ。


「かっ、は……!」


突然、ドッと汗が溢れ出した。


ウイルスだ。


内臓がジュクジュクと膿んで腐っていく、すぐさま無効化しなければ、あと一秒と保たずに殺されてしまうだろう。


リソースがそっちに割かれる、すると奴を閉じ込めていた魔術の維持が疎かになる、その隙にラゥフは術式を読み解き破壊した。


どうやら入り違いだったようだ、私が奴を囲うのと、奴が蝕術を放ったのが同時だったのだ、効果が発揮されるタイミングが違った。


血を吐きながら杖を振る。


すると私の纏った結界が、爆発的にその効果範囲を拡大させた、要は『自分を中心に強力な衝撃波を解き放った』ということだ。


絶対に触れてはいけない死の壁が、日光が地上を照らすのより圧倒的に早い速度で襲い掛かる。


一時的な守りの消失という重い制約が故に、あまり乱用したい代物ではない、しかしその効果は絶大と言っていい。


ヤツの気配が消え去った、いいや殺せてはいない、ただ単に遠くへぶっ飛ばしただけであろう、防御結界って存在があるからな。


だがこれで余裕が出来た、中途半端になっていた体の再生を済ませる。


奴の居場所は掴んでいる、魔術師同士の戦いで距離はあまり関係ない、どこに居ようと存在を知覚出来てさえいれば攻撃は届くのだから。


——魔弾がこの身を貫くまでは、そう思っていた。


「……ッ!?」


結界が再構築されるまでの時間、私はその隙を完璧にカバーしたつもりでいた、しかしそれは血飛沫によって否定された。


銃撃を防ぐことが出来なかった、認識して肉体に到達するまでの間に破壊し切れなかった。


体の中に残った弾丸が、まるで削岩機のように、私の体内をゴリゴリと削って掘り進む。


「ぐ、ぁぁぁぁっ!」


この弾丸は実体を持たない、全て魔術で作られたものだ、それ故に構成を暴く必要がある、この地獄の苦痛を止める唯一の方法だ。


——だが、それは叶わない。


その時ウイルスが発現した、しかし今度のは今までのより弱かった、弱いが持続性のある、壊した傍から新しい蝕術が仕込まれる。


対策の対策。


ラゥフは私を即死させることに拘るのをやめた、無効化される前提で絶えず攻め続ける、一瞬の切れ間すらなく行われる魔術攻撃。


無効と発現のイタチごっこ、それに加えて蝕術で傷を負った内臓への連続再生魔術使用、いいやそれだけではなかった!


弾丸だ。


体の中に残った弾丸。


再生と、蝕術の分解、その両方にリソースを割いているこの状況下では、私にはこの魔弾を無力化できるだけの余力が残されていなかった。


食い止める事しか出来ない、それも完璧ではない、よってこちらでも再生と抑制の二つが必要となる。


「……マズイ」


奥歯を噛み締める。


同時四箇所で行われる高度な魔術併用。


それがもたらした副作用は、使という極めて重大なものだった。


蝕術は一人に一種類しか効果を発揮しない、だから畳み掛けられて殺し切られる心配はないが、それは決して幸運だとは呼べない。


——負傷はもう、治せない。


加えてこの痛みッ!


痛覚を抑制するのは体の変化に気付けなくなってデメリットが大きい、私はこの気が狂いそうになる苦痛を黙って耐えるしかない。


——バヂヂヂッ!


魔弾が連続で着弾する、正しくは『後方に逸らされた』だ、無力化は出来なくても弾くことなら。


条件はイーブン、ここからは通常の魔術戦となる。


数秒の間に繰り広げられる、静かなる幾千攻防、冬山のダイヤモンドダストのような輝きが、あっちらこっちらで巻き起こってる。


私は早い段階で、分解を掻い潜って本人に直接術を通すのは不可能と判断した。


周りの環境を利用する、間接的に攻撃を仕掛けて追い詰める、あえて狙いを外し死角から殴打する。


——杖を振り抜く。


奴の周囲の天地を逆転させ、天井となった地面を崩落させる、区切られた星の大地の質量が、指向性を持ってラゥフに襲い掛かる。


代償さまざまに分割されて、爆炎を纏い飛翔する、かつての大戦の折使われた大魔術の一つ、それは『天盤落とし』と呼ばれる。


灼熱の業火が辺りを焼き尽くす、生じた衝撃波が何もかもを吹き飛ばす。


——ドーン!ドゴォォォン!


先ほどの結界爆破の影響で一帯はとうに更地となっていたのだが、此度の大魔術の影響で下層に眠るマグマが目を覚まし地の底から溢れ出した。


各地で火の手が上がる、極太の火炎柱が天に登って火山弾をばら撒く、至る所で爆発が起きている。


普通ならもう生きてはいない。


——普通なら!


「……っ!?」


突然、結界が内側に向かって縮み始めた。


私は咄嗟にそれを食い止める、魔術式が遠隔で書き換えられている、あれだけの猛攻を凌ぎながらそんな事をする余裕があるのか!


このままでは原子レベルまで圧縮されてしまう、私は自分で自分の守りを破壊せざるを得なかった、甲冑を脱ぎ捨てて無防備を晒す。


途端に襲い掛かる魔弾の豪雨、杖の先に小さな結界を作って弾丸を逸らす、しかしそれで防げたのは一部だけだった。


——ドシュッ。


「くそ……!」


左腕が千切れ飛んだ、脇腹が抉り取られた、腹に大きな穴が空けられた、総合的に見ても防御は失敗と言えるだろう。


出血を抑えるため穴を塞ぐ、足りない部位を魔術で補うべく、一時的な義手を左腕に作り出す。


これは治療ではない、傷が治ったわけではない


——その時、体内を蝕むウイルスの気配が消えた。


私は判断に迷った!この隙に魔弾を分解するか否か!最終的に下した結論はNOだった!


——読み勝ち。


消えたはずのウイルスは、一呼吸おいて再び猛威を振るった、もし今別のことにリソースを割いていたら、蝕術に対応し切れずやられていた。


揺さぶりに負けなかった、おかげでをする事が出来た。


私の周囲は、広範囲にわたって炎に包まれている、今もマグマは吹き出しているし、天盤落としの効力はいまだに続いている。


ラゥフは隕石群に耐えながら、合間を縫って攻撃してきている、だから今度はそれを利用して——。


次の瞬間、周囲の様子は一変する。


隕石がマグマが、何もかも蒸発して霧に変わった、前も見えない巨大な水蒸気の塊に、防御結界がなければ一秒で焼け死ぬような高温の煙が立ち上る。


「……!」


何をする気か分からなかった、ただマズイという事だけは分かった。


だから私はもう一度、この身に纏った結界を瞬間的に何千倍にも膨張させ弾けさせた。


爆発と同時だった。


爆発の衝撃が空間を砕くのと、目の前全てが真っ白に覆われる、見渡す限りのに変えられるのはまったくの同時だったんだ。


「これはッ……!」


砕け、弾け飛ぶ薄氷の結晶。


ただの氷じゃない、物理干渉が主目的じゃない、この極寒は魔術を狙った物なんだ。


魔術の構築式、それごと凍らせる監獄の氷!


もしも今、私が結界を爆ぜさせていなければ、私は自分の作り出した護りごと、極低温の棺桶に幽閉されるところだった。


すぐさま反撃——。


「させんよ」


声が響いて、と同時に全ての氷が融解した、跡形もなくただの煙に変えられる。


そう、元の状態に、火炎から水蒸気に、水蒸気から氷に、氷から元の水蒸気へと全ては元の形に帰結し原点へと回帰したのだッ!


——それが意味するのは。


爆ぜさせた結界が元の状態に戻るにはまだ少し時間が必要だ、つまり『間に合わない』ということ。


私は迷わず杖を振り上げた、こここそ我が秘術を使う場面である、結界を作り出すより霧で自分を包み込む方が圧倒的に早いのだ。


目の前の冷たい水の牢獄が、私の血を白く凍てつかせるより早く、キャリー=マイルズという存在を一定時間この世から完璧に抹消するのだ。


杖を振り上げる!術式発動まであと少「させんと言っただろう?」


コツ。


胸と腹に一丁ずつ、銃口が向けられる。


黄金蝕ラゥフ=ドルトゥースは、あろうことかこの土壇場で、掴んだチャンスを不意にして、私の懐へと飛び込んできた。


全身が焼け爛れ、腕は半分以上炭化して、両足とも膝から下が千切れかけている、頬は骨が露出しているし肩には向こうまで見える大穴が空いている。


だが、生きている。


彼女はいつも言っていた、これまで何度も聞いてきた、だから分かっていたはずだったんだ、決して忘れたことはなかったのだ。


『杖よりも銃の方が早い』


——ドッ!


胸と腹を同時に撃ち抜かれ、真後ろに吹っ飛ぶ。


死に物狂いで杖を振ろうとするが、杖を持った右腕を根本から吹き飛ばされる。


ならば杖無しで魔術を行使しようと考えて、遅れて発動した氷の監獄が私を捕まえた。


凍結が魔術の使用を禁じる。


均衡が崩れる、ウイルスが全身を冒す、すると氷が消えて地面に落下しても、私はピクリとすら動けなくなっていた。


「呪縛蝕、私の勝ちだよ、マイルズ嬢ちゃん——」


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