黄金蝕


遺跡に到着してすぐ、私は自分の運がつくづく悪いということを思い知った。


「ちくしょう」


木陰に伏せて悪態をつく、一縷の隙もなく展開された陣形、端からひとりずつ消してくのは無理だ、誰かを倒せば他の誰かに気付かれる。


霧で一網打尽にするか?


いや敵があそこに見えているだけとは限らない、どこかに魔術師が潜伏していた場合、私には成す術がなくなってしまう。


まずは居場所を割り出す、その為には足を使うしかない、杖をナイフの形に変化させて逆手に持つ、ここからは斥候スカウトの時間だ。


「邪魔してくれるなよ」


後ろに生えた木の枝に座って、足組んで欠伸してるズィードゥークに話しかける、今の彼は自由に行動することができる。


気まぐれで余計な手を出されては堪らない、分かってるんだろうなと睨み付ける。


「オレは傍観者だ、気にするなよニンゲン」


のらりくらり手をヒラヒラと、そこから姿を散らして実体が失われる、肉体を手に入れたからって私との繋がりは切れていないのだ、いつでも好きに意識に潜り込めるのだ。


『さあ、お好きにどうぞ』


頭の中で響く奴の声に不快感を募らせつつ、私は戦上に踏み出した。


※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※


森の中を練り歩く。


私がデフォルトで纏っている防御魔術は足音消し、匂い消し、呪い避け、接触軽減、簡易的な魔術隠蔽の五種類、他所から感知することは不可能だ。


そしてそれは相手も同じ。


我々は居場所を隠してなんぼ、いまあげた五種類は魔術師の基礎中の基礎、そこを怠って戦場に出て来る奴は居ない。


だから魔術師を相手取るスカウトは、通常のそれと大きく異なる。


姿は目に見えない、足跡は残らない、体臭で位置は探れない、草木の揺れも起こらない、無差別範囲魔術に巻き込んでも無効化される可能性が高い。


ほとんどゴーストを探すようなものだ、有効な手段は予測以外にはない、地形や下の大部隊の配置から論理的に居場所を導き出すしかない。


——もっとも、居るかどうかも分からんがな。


「フゥーーー……」


視線を動かす、五感をフル稼働させる。


もしかしたら、ひょっとしたら、敵の隠蔽に綻びがあるかもしれない、油断して隙が生まれるかもしれない、チャンスを見逃さない目を作る。


それでいて慎重に探りを入れる、足で魔術で、こちらの存在を気取られないよう最新の注意を払いつつ、予測して体力使って全力をもって。


居る。


確実に居る。


疑念は既に確信へと変わっている、ここからは濃い血の匂いがしている。


近いはずだ、私が敵の立場ならこの辺に潜む、周りを見渡せて遮蔽も多い、いざという時の逃げ道も確保されてる。


立ち止まる、呼吸を整える。


今からやろうとしているのは賭けだ、もし狙いを外せば私が倒される、己の頭脳をどれだけ信じられるかの勝負。


——今ここに!


私は魔術を展開する、そしてそれを誰よりも早く破壊する、この気配に気付けるのは近くに居た者だけ。


「……ッ!?」


——見つけた。


急激な魔術の展開、消失、それに驚いた魔術師が咄嗟に防御の構えを取った、結果として存在が露呈してしまう。


「しまっ……」


男は焦る、だがもう遅い。


誰だって突然耳元で羽音がすれば驚いて身を引く、顔の近くに突然ボールが飛んできたら誰だって避けようとする。


それは魔術師としての才覚、すなわち『反射神経』が良ければ良いほど鋭い反応となって返ってくる、目のいい奴ほどフェイントに掛かりやすいものだ。


——ヒュッ。


私は発覚と同時に透明ナイフを投げ、それから落ち着いて敵の防御結界を破壊した。


向こうはまだ私の位置を正確に掴めていない、飛んできた矢には気付けても、それが何処から来たのか探るのにはどうしても時間が必要だ。


——ドスッ


時間差でナイフが突き刺さる、その瞬間麻痺毒が全身へと回る、ヤツは意識を失って倒れ込んだ。


私はその傍に駆け寄って、倒れた男の首に両手をかけ、体重を乗せて一気に首の骨を折った、そのまま首を抱えて頚椎をひねり壊す。


これでコイツは確実に死亡した。


おまけに存在を察知されてない、最高の状況だな。


倒れた男のこめかみに指を当て、記憶の一部を読み取る、そこには他の仲間の位置が載っていた、コイツの他にあと四人魔術師が居る。


座標は知れた、もう足を使う必要もない。


私はその場で魔術を行使した。


先手必勝の決め打ち、同時四箇所に放たれる不可避の攻撃、対象をもう二度と目覚めることのない深淵の眠りへといざなう。


——よし、始末した。


反撃は無い、下の部隊に動きもない、次はあの大軍をなんとかする番だ、ここはひとつ一気に霧で飲み込んで皆殺しにしてしまおう。


そう思い、杖を振り上げようとして、私は突然全身を何かに蝕まれる感覚に襲われて床をのたうち回った。


「がっ、ぁ……!!」


そ、そんな馬鹿なッ!はまさか……ッ!?


速攻で解呪する、初めから用意していたんだ、かつて備えを完成させていたんだ、私は一度煮え湯を飲まされた相手のことはゼッタイ忘れはしない。


必ず、必ずや対策を用意する。


もう二度とをしないように。


「ほう、無効化したか」


床に這いずり血を吐き散らしながら、この一瞬でグズグズにされた内臓を治療し、遠くからでも聞こえるそんな声を耳で拾う。


懐かしい声だ、かつては毎日聞いていた、私が初めて魔術を習った場所で毎日、忘れもしないこの忌々しい術は奴の。


「黄金蝕ラゥフ=ドルトゥース——ッ!!」


また、声が聞こえる。


「私の魔術を喰らって生き延びた奴は居ない、かつて教えたを除いて、そうかお前が敵に回るのだな」


そうか、あの悪魔狩り、あの女こんな場所に、そのうち対峙するかもしれないとは思っていたがまさかこんなタイミングで再開するとはなッ!


「久しぶりだな、マイルズ嬢ちゃん」


こうして我々は、互いの正体を完璧に理解した。


※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※


ラゥフ=ドルトゥース。


魔術協会、秘匿研究室の元長にして、世界でただ唯一の『杖を持たない』魔術師。


奴が使う魔術は簡単に言えばウイルスだ。


まず無害なウイルスを相手に感染させる、無害故にそれを知覚することは出来ない。


次にそのウイルスを、体内で急速に変異させて目的に合わせた効果を発揮させる。


どれだけ反射神経に優れた魔術師でも、どれだけ結界強度の高い魔術師でも、目に見えないものを防ぐ事は出来ない。


変異が始まるその瞬間まで、対象は自分の中の脅威を脅威として認識することが出来ない、そうなってからではもう間に合わない。


——事前に魔術の仕組みを知ってでもいなければ。


つまり彼女は、現代における『魔術戦の四工程』を頭から否定する存在なのだ、攻撃は必ずノーガードで相手の体内に通る。


まともにやり合うのは下作!


私は迷わず霧を広域展開した、こちらも同じく防御は不可能だ、霧というのはあくまで広がり方の特性を指したものであり、実際に目で見て判断できるものじゃない。


術を発動させながら走る、居場所を絞らせない、恩師だろうとなんだろうと我が行手を阻むのならば消えてもらうぞ。


——ドクンッ!


「が、ぁっ……」


心臓が、ボロボロと膿んで溶ける。


脳が虫食いになっていく、肺が乾いて割れる。


走った勢いそのままに地面を転がって、目や耳から血を流しながら起き上がる、ヤツめ予測だけで私の居場所を——ッ!


私の用意した対策はあくまでウイルスの中和、魔術そのものを防ぐ物ではない。


集中を切らさない限り即死させられることはない、ただしこの苦痛を和らげる方法はない、痛みというセンサーが無ければ奴の魔術を察知できない、痛覚抑制なんてもってのほかだ。


死ぬ一歩手前まで追い詰められ、ギリギリで何とか一命を取り留める、このままではジリ貧だ、今すぐ何とかしなくては。


——だがヤツの居場所が分からない。


声は下の方から聞こえたが、それがそのまま奴の居場所なはずがない、何処にいるのかを探るところから始めなくてはならない!


——ボト。


「くそ……ッ!」


右腕が根本から崩れ落ちた、骨という骨が強度を失い砕ける。


だんだん再生も分解も間に合わなくなってきたぞ、立て続けに致命傷を負わされ続けてはいくら私でも綻びが生まれる。


ダメだ、探るなんて言ってる場合じゃない、こちらもドンピシャで位置を突き止めるしかない、あの女なら一体どのポジションを選ぶ?


霧は大部隊を残らず消してみせた、しかしラゥフの攻撃は止まってない。


防がれたか避けられたか、いや前者はあり得ない、私が開発した最高傑作がこうも容易く看破されるわけがない。


普通に考えれば当たっていないのだろう、ならば考えられる居場所は……!


「——空だとでも思ったかね?」


上を向いた私の背後で、彼女の声が聞こえた。


「……!」


対処は、間に合わない。


——ドパッ!


後ろから胸を貫く二発の弾丸、奴はいつの間にか私の背後を取っていた。


ラゥフは杖を持たない、その代わり二丁の拳銃を所持している、メタリックシルバーの髑髏があしらわれたゴテゴテのゴツい自作兵器。


「ハハ、やはり杖など時代遅れだな、こうしてぶっ放した方が早いうえ楽だ、そうは思わないかね」


——ドォォォォン!


言葉と同時に、体内にめり込んだ弾丸が爆発する、そこらの木々や地面諸共に、木っ端微塵に砕けて何もかも消し飛んだ。


その中で唯一、原型を留めていた私だけが、鞠のように跳ねて崖から落下する。


「冗談じゃ……ないぞ……ッ!」


私は己の運の悪さを呪った——。


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