伝承の悪魔ズィードゥーク


私にとって、殺しは娯楽にはなり得ない。


この暗黒の太陽の元、悪魔によって閉じられた領域の中で、悲鳴を上げて逃げ惑う罪なき一般人を片端から殺していく。


嗜虐心は湧かない、それは作業でしかない、ただし強い不快感を伴う作業だ、私は進んで誰かを消したいとは考えない。


だが悪魔はやる気でいる、私が加担しようがしまいがこの国の人間はもうおしまいだ、それなら加勢してさっさと狩り尽くす方が効率的だろう。


悪魔は人間を弄ぶ、女子供妊婦老人、弱いものに苦しみと絶脳を与えて四肢を千切る、あるいは目の前で愛する者を引き裂いてそれを踏み躙る。


あんなことを、彼はこの国が滅ぶまで続けるつもりだ、それは一体どれほどの時間を要するのだろう、私の歩みを妨げるなど断じて許さない。


だから私が杖を振るう。


人から人へ、際限なく感染する死の病、死体は息を吹き返して人を襲い始める。


文明を滅ぼすのに最も合理的なやり方、数を利用し数を抹殺する、私の魔術は極めて目論見通りにこの国の人口を減らして行った。


「おいおい楽しめよ魔術師、そんな一気に片付けちまったらつまんないだろ、せっかく結界で区切って外と中の時間の流れをズラしたってのに」


小さい女の子のはらわたをかき混ぜながら、悪魔ズィードゥークが私の傍をうろつく。


悲鳴、悲鳴、耳をつんざくような悲鳴、彼女の死の運命は奪われている、悪魔が満足するまでああやっていたぶられ続けるのだろう。


僅かな希望の浮かぶ目で私を見てくる、少女の小さな瞳が揺れている。


「この娘ロノアって言うんだけどな、健気だよなぁ、パパとママを助ける代わりにオレに魂を売ったのさ泣ける話だろ」


少女の瞳の希望、その理由が分かった、なるほど契約を交わしていたのか、となればやはり私に出来ることは何もない。


どうせ父親も母親もすでに死んでいる、先に殺してから契約をしたのだろう、拷問して拷問して耐えさせて耐えさせて耐えさせて、とっておきのタイミングで両親の死体を見せて笑うつもりだ。


——建物だけを焼き尽くす、青い炎をばら撒く。


「させるかっ!」


視界の端から白いローブの集団が飛び出す、そうかこの国の魔術師共か、出てくるのが遅いからとっくに悪魔が殺したものと思っていた。


「この異常者どもめ、よくもこんな……俺の家族をよくも……ッ!貴様らには死すらも生ぬるい!」


早撃ち対決、舞った血潮は視線の先、破裂した男の頭から飛び散った血液は、血の槍となって周囲の他の魔術師を襲う。


吸血種レイノートが使っていたものの劣化版、とはいえ効果的ではある、現に奴らは血への対処に気を取られている。


精神掌握、数秒駒として操る、味方同士で殺し合わせて正気に戻る前に全員破裂させる、そしてその血をまた新たな武器にする。


街が赤く、青く染まっていく、暗黒の元響き渡るのは人の悲鳴とモノの壊れる音、それから文明が焼け落ちる音であった。


殺しは不快だが、作ったは良いものの試す場の無かった魔術を使用できるのだから、差し引きトントンといったところか。


「お前もっと苦しめよ、なに涼しい顔してる、ピーピー泣き喚いて良心を痛ませろ、たっぷり慰めてやるから安心しろ」


悪魔が私の前に少女の首をころがせて言う、その顔は絶望に染まっていた、既に息を引き取った彼女が最後に見たのはまごうことなき暗黒だろう。


これから歩こうとしていた地面に不快なものを投げられて、私の気分は少し悪くなる。


「そういうのが見たいのなら、他の契約者を探すべきでしょうね」


死体を足で退かしながら血溜まりの床を歩いていく、建物の影などに隠れている生存者を遠隔で殺しながら国民を追い込む。


「ケッ、人間味のねえ女だな本当に、おっかねえおっかねえ、内心がこうも読めない奴がいるとはな」


つまらなそうに言いながら、死体からもいだ腕を振り回して遊ぶ悪魔。


泣いて叫んで何になる?やめてくれと懇願すれば何かが変わるのか?契約を破って彼に敵対して魂を奪い取られるような馬鹿をしろとでも?


誰が貴様を悦ばせるものか、誰が何十万人死のうが知ったことか、私はたとえ私の両親を人質に取られても顔色ひとつ変えずにいられる。


父と母に仕掛けられた防護魔術は、彼らを守ると同時に殺す装置でもある、もし誰かに利用されたり拷問されるようなことになった場合。


速やかにその命を終わらせられるようになっている、もちろん二人はそのことを知らない、全て私の独断でやったこと。


つまり私に人間らしい罪悪感を期待しても無駄ということだ。


「ギアを上げる、お前もサボるな、さっさと手当たり次第に殺してこい」


「そう焦んなよ、お楽しみはまだまだこれからサ」


こうして、虐殺が始まってから三十九分五十六秒、この塀に囲まれた国の人間全てを、ただの一人も残さず殺し尽くした。


無論、証拠は一切残さない。


私はこの国の魔術師達の肉体を操り、最後にひとつ魔術を使わせた、それは人も建物も一切の区別なく焼き払う隠滅の炎だった。


痕跡を、より大きく強烈な痕跡で上書きする、無理やり命のストッパーを外し、己の全存在を掛けた大魔術の行使。


使った瞬間、術師の肉体は灰になって消失した、これで私が居たという事実は消え去った、誰かがここを調査しても何も出ない。


『誰かが強力な魔術を放った』という証拠以外が出ることは絶対にない。


暗黒の太陽がパッと消え去る、そしてあたりは再び暖かな陽の光に包まれる、焦土と化した真っ平らな地面を照らし上げる。


後に残ったのは唯一私と、悪魔だけ。


「ズィードゥーク、私は貴様の酔狂に手を貸した、しかし今後このような事を繰り返されても困る、二度と同じ真似をしないと誓え」


死滅した国家の残骸を見渡して言う、他人の体を手にした伝承の悪魔に対して、この静かなる怒りを凍てつくように放つ。


——冷静に。


「ああ、もちろんだ、オレとしてもこんなのを何度も繰り返すつもりはさらさらない、また目を付けられて封印されるのは御免だ


今回のこれは寝起きの気分転換、長いこと肉体がなかったからなぁ、溜まってたストレスを一気に解放したのさ


だから次は無いよ安心しな、スッキリ晴れやか最高の気分だよ、しばらくは大人しくしてやる、協力してくれた見返りってやつだ」


悪浜そう言って、契約とまではいかなくても、それでも『約束』だと口にした、これで短期間のうちに殺戮が重ねられることはないだろう。


「そうか、では行くぞ、さっさと最後の封印を解除しましょう、これ以上足踏みをしている暇はない」


踵を返して歩く、灰の降り積もる地面は非常に歩きにくい、人の肉の焼ける焦げ臭いも最悪だ、とっととここから離れてしまいたい。


「せっかちだな、モテないぜ」


足早に先へ進む、悪魔が私の数歩後ろを着いてくる、背中に刺さる視線が実に不愉快だ。


早急に悪魔を復活させよう、契約から解き放たれ自由になるのだ、そしたら私は用済みになる、その時のヤツの行動次第では……。


——合理的に。


機会があれば始末する、コイツが居ては私の目的が果たせなくなるかもしれない、魔術の未来云々以前に人間という種の存続が危ういだろう。


契約を結ばせるか真意を確かめるか、いずれにせよ警戒を怠らないようにしよう、ただでさえ吸血種の方も気にしなくてはならないのだから。


……いや待て。


そこまで考えて、私は一度冷静になる。


悪魔が見通した未来というのは、私は勝手に『自分に適合する肉体を持った者の存在』だとばかり考えていたが、もしそれが違っていたのなら?


たとえば、私に自分の脅威を見せつけるためとか。


危険な存在であることを思い知らせる、私は自然警戒心を高める、次の封印が最後であることは事前に通達されて知っている。


そこに罠が仕掛けられているとしたら?


私が彼と敵対する、あるいは安易な契約を結ばせようと企む、それが悪魔ズィードゥークの真の狙いである可能性は十分にある。


彼が欲しい肉体というのはひょっとして、私の体のことなんじゃないのか?


頭に登っていた冷たい血がスゥッと降りる、奴のペースに乗せられるところだった、表面上の残虐性に騙されるところだった。


思考をリフレッシュし、かつ態度は変えない、私の内心を奴に悟らせないようにする、わざわざ中身を見透かされる必要はない。


心に揺らぎはない。


さあ、遺跡へ向かおう、どんな封印だろうとこの私が瞬きの間に突破してくれようぞ——。


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