首吊り台のキャリー=マイルズ

ぽえーひろーん_(_っ・ω・)っヌーン

黄泉に準じぬ者

伝承の悪魔


私、キャリー=マイルズは負け犬だ。


九歳という若さで史上初、最年少で六王魔術試験を突破した私は、天から与えられた才覚と類まれな努力によって輝かしい黄金階段を登っていた。


魔術師とは権力の世界だ。


一騎当千の実力を秘めた彼らは、しかし自分の身を守る『実態の無い盾』を欲する、それが無ければ一ヶ月と保たないだろう。


優れているのは他も同じ、大きな力同士がまともにぶつかればどのような破壊が巻き起こされるのか、それを抑制するためのストッパーのようなものだ。


闘争、闘争、闘争。


私は権力闘争に殺された。


一手遅れた、間違った手段を選んだ、策略を見抜けなかった、情報を操作された。


今になって思い返してみれば、原因となった出来事のなんと多いことか。


私自身つけあがっていたのだろう、神童を超える神童と持て囃された当時の私は王の如く振舞っていた、何者も己を止められないと信じていた。


事実私は誰にも負けなかったし、どれだけ努力しても才能の限界が見えなかった、金も地位も名誉も驚くほど簡単に手に出来た。


負け知らずは増長し、傲慢になり、驕り高ぶる。


その結果が絞首台コレだ。


——チャリ。


鎖の音、引かれ歩かされる、木の階段を登らされる、私の死がそこに垂れ下がっている。


「怪物キャリー=マイルズもこれまでか」


処刑の見物客の間から、ヒソヒソとそんな話し声が聞こえてくる。


私は罪を着せられ、それを晴らすことが出来なかったのだ、海千山千の魔術師に裏工作で倒された、完膚なきまでにどうしようも無い。


首に縄が掛けられる、小さな箱の上に立たされる、この部屋の中では魔術を使うことは出来ない、死を偽装することは不可能だ。


「罪状——」


窃盗、殺人、禁忌魔術の漏洩、横領、人身売買。


もしそれが本当なら歴史に残る大犯罪者だ、奴らこの機会を利用して自分達のしたことの尻拭いを私にさせるつもりらしい。


合理的だ、無駄がない。


この部屋にいるものは全て買収されている、私がいくら声を上げても無駄、その手腕には素直に脱帽するしかない。


——レバーに手が乗せられる。


父さん、母さん、ごめんなさい。


その謝罪はこれまでやってきた事に対して、そしてに対して。


私はただ貴方たちの、我が子に向ける嬉しそうな笑顔に、満足することが出来なかった。


——ガコンッ。


最期に感じたのは音と一瞬の浮遊感、向けられる嘲笑の視線、そして自重により首の骨が外れる感覚、体が冷たくなり同時に暗闇が訪れる。


キャリー=マイルズは死亡した……。


※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※


「ぶは……っ!」


死体安置所の冷暗とした空間で目を覚ます、その時身体に残った強烈な『死』があまりに不愉快で、思わず飛び起きてしまった。


「はぁ……はぁ……」


布一枚の乗せられた自分の体を見下ろす。


『相変わらず貧相だな』以外の感想があるとするならば、またこの身体を動かせる幸せか。


拳を握ったり閉じたりする、それから背中を伸ばしたり肩を回したり、軽くストレッチを行う。


「死後硬直は無し……」


思い通りの現実にほくそ笑む、私は死の運命から逃れたぞ。


ただ笑ってばかりも居られない、ともすればあのまま死んでしまっていた方が良かったと思うかもしれない、何故なら——


「——安心するのはちょいと早いんじゃないか?」


そう、コレだ。


「耳元で喋らないでください」


抗議の声をあげつつ素早く服を召喚する、特殊な衣装棚から直接着れるのだ、どうやら魔術は普通に使えるらしい。


「ならその耳オレに寄越すか?いいぜ対価の増量はいつでも受け付けよう、全ては契約の下に」


この『声』こそが私の思惑の正体、肩に張り付いた死の影を振り解けた理由。


「悪魔ジィードゥーク」


「ズィードゥークだ!間違えんなよオイ!人間の発音ってのはいい加減にすぎるぜ!」


こんな調子だが彼は正真正銘の悪魔だ、それも古い書物に乗っているような伝承の古悪魔、運命を屈服させたとして知られる存在。


「で、願いを叶えてやったんだ、契約内容は忘れちゃいねえだろうな?キャリー=マイルズ」


そう、私は彼と契約を交わした、指を切ったり壁に血の魔法陣を書いたり生贄を捧げるやつだ、正しい手順に則りそれを行った。


ひとつ、一度だけ死の運命を回避する。


ひとつ、その代わりにオレを呪縛から解放する。


伝承の悪魔であるは、ありとあらゆる呪いや封印を仕込まれており、まるで自由に動くことが出来ないのだ。


他人の魂を依代にすることでしか意識を顕現させられない、そうでない時はずっと血の制書の中に幽閉されている、私はその封印を解いたのだ。


「しっかしよくやるよなお前、もう抵抗しても無駄だからって悪魔の制約書を持ち出すだなんて、本当に縛り首にされちまった方が良かったんじゃねえか?」


海千山千の老獪魔術師共でも、流石にこれは予想出来なかっただろう。


我が魂を代価として悪魔を呼び起こすなど、よもや禁忌の中の禁忌に手をつけるなど、負けの中の勝ちとでも呼ぶべきか。


「よく喋る悪魔だ、そうやって親しみを持たせて付け込むから恐れられているんですか」


私の言葉を聞いた悪魔は、空中に闇と火で作り上げたおぞましい顔でニタリと笑ってみせた。


「当然」


その言葉は人の言葉ではなかった、防護結界を施していなければ耳にするだけで破滅をもたらす悪魔の言霊、彼との距離感を間違えてはならない。


間違っても御しきれるなどと奢らぬ事だ、常に寝首を掻かれぬよう気にしておくことだ、彼にとっては『契約』など無いも同じなのだから。


私にとっての縛りは彼には違う、彼はいつでも私の意識を乗っ取ることが出来る、相応の代価を支払えばいつでも傀儡に変えてしまえるのだ。


手袋をはめて眼鏡をかける、なるべく大人しめの服装を選んで形を整え、私が寝かされていた鉄のベッドに『私自身』を生み出し横たわらせる。


「悪魔」


「はいよ」


彼は先程私から奪った死の運命、それをこの肉人形に付与する。


すると物言わぬ肉人形は本来私が辿るはずだった運命の螺旋に囚われ、首の骨が自重によって折れ死亡したという『状態』に置き換わった。


「魂いただきっと」


悪魔にお願いをするには魂が要る、しかしそこに『契約者の』という決まりはない、だからこれは私が集めた誰かのモノだ。


「いやはや飲み込みが早いねえ、さすがは人道嘲蹴の魔術師だ、並の人間とはやることが違う」


「悪魔に言われることではありませんね」


クックックと邪悪に笑うズィードゥーク、さてこれで下準備は完了した。


あとは速やかにここを脱出——


「死体ちゃん死体ちゃん、今日は楽しい音楽を持ってきたんだ、こんな暗くて寒い場所に一人にしてごめんね、今そのお詫びをするからね」


その時、白衣の男がマスクを下げて部屋に入ってきた。


「あの男を殺してご覧にいれましょうか?」


悪魔が手を招く、だが私はキッパリと言い切った。



次の瞬間私の姿は霞の如く掻き消えて、質量のない空気のように男の傍をすり抜け、その時こめかみに指を当てていた。


——トン。


一瞬止まってすれ違う、悠々と歩きながら懐中時計を開き、馬車の時間を確認する。


背後の白衣の男は立ったまま止まっている、彼の時間は一時凍結させられた、再び動き出す頃にはもう私の姿は無かった。


「……さあさ!新入りちゃんも一緒に楽しもう!大丈夫大丈夫、どんな大罪人だって死んだら同じだ、死んだ後まで寂しい思いをするこたあない」


鳴り出した陽気な音楽を背に聞かせながら、黄泉帰りを果たした私は学院を後にするのだった。


※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※


冷たく暗い廊下を歩きながら、足音の反響だけが場に響く、しかし耳に入る音はあとひとつ。


「それじゃこれからはオレの為に働いてもらおうか、逃げ出してくれてもいいんだぜ?オレは別に退屈しのぎがしたいだけなんだからな


物言わぬ骸よりおしゃべりピーちゃんの方が良い、壊れたって泣いたって人形ならつまらない、お前はとことん役立ってくれよ?」


悪魔は、そう言って邪悪に笑っている。


「この身は貴方様の為に」


忠誠を誓う、態度で示す、心の内側に秘める黒い野望を覆い隠しながら。


——ここからだ。


キャリー=マイルズは終わらない、地位も名誉も失くしたが、魂すら悪魔に幽閉されているが、しかしこの体は熱を帯びている。


いつの日か、再建を。


死のペナルティを払拭し自由となり、再びあの時代に返り咲く、そして『続き』を始めるのだ……。


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