厭わない


私、キャリー=マイルズは女だ。


多くの人から『そうは見えない』と言われるし、私自身彼らの意見に賛同する。


魅惑的なボディをしていない、顔はどちらかと言うと中性的で女性らしさには些か欠けている、声もハスキーで性別が分かりにくい。


そして何より百七十八という高身長が、余計に私を真実から遠ざけるのだ。


そんな身ではあるものの、しかし都合の良い時にだけ『女』は作用する。


権力闘争に敗れたのは私の責任だが、しかし目を付けられた主な理由はだ。


魔術師の世界なんて毎年天才が生まれてくる、そもそも魔術師になるには常軌を逸した才能が必要なわけで、初めから上澄みであるのだ。


必然原石も多く混じる、そしてそんな奴らがふんぞり返るのも毎年のこと、多くの場合早めに潰れるか私のように失脚するわけなのだが。


男尊女卑、老魔術師の間で根付く考え方、私はそういう時だけ性別の不利益を被った。


仕方の無いことだ、歴代の魔女というのはどれもおぞましい実績を残してきた、女の魔術師というだけである一定の偏見を持たれてしまうのだ。


「同じ轍は踏まない」


男物のズボン、男物の上着、体のシルエットが分かりにくいような物を選んだ、隠す胸はそもそも無いので問題ない。


死体安置所を抜け出したあと、私は馬車の中で着替えをしていた。


運転手は洗脳済みで私の顔も声も覚えちゃいない、何処か知らない誰かのデタラメな情報が、魔法のフィルター越しに映るだけ。


鏡を見て髪型を整える、多少窮屈な身なりだが仕方ない。


「まずはオレの力を封じている忌まわしい遺跡を何とかしてもらう」


ちなみにこの声は私にしか聞こえない、そしてこちらの意思でシャットアウトすることも出来ない、私が神経質な性格でなくて良かった。


「行けば大体わかる、お前なら痕跡を辿れるはずだ、封印した主を見つけ出して解除させろ」


まさしく悪魔の囁き、今の私は従うしかない、現状では彼を滅することは出来ない、やるとすれば完全復活を果たす瞬間だ。


——必要があればの話だが。


杖を取り出す、これといって特徴のない杖だ、持ち手の所にささやかな装飾が施されている。


私はいつもこれを持っていく、何処に行くにも必ずそうしている、杖を通して地面に感覚を伸ばし周囲の気配をノーリスクで探れるからだ。


それにいざって時は武器になる、相当頑丈だぞこいつは、大砲の弾くらいなら真正面から跳ね返す、愛用お気に入りの一品だ。


「それでお前どこに向かってんだよ、オレはてっきり速やかにこの街を離れるのかと思ったぜ、これじゃかえって中心に近付いてる」


本当によく喋る悪魔だ、そう焦らなくても待っていればそのうち分かりますよ、遠くないうちに。


馬車はカラカラと夜の街を走り、曲がり角を曲がりって坂道を登り、最後にある屋敷の前に来た。


「着きましたね」


杖を持って扉を開ける、片足ずつ地面に下ろして屋敷を見据える。


馬車はそこに止まったままだ、まるで何かを待っているかのように。


「お前まさかここってよ」


「そう、思った通りだよ」


私には用事がある、すぐに終わる用事だ、時間は掛からない、それこそ朝起きてご飯を食べるぐらいのほんの短い間に完了するだろう。


コツ、コツ——


触覚を広げながら、私は屋敷の門の前に歩いていく、そこは厳重な防護結界が貼られていたが、私の足は止まることなく先へ進んだ。


門を横目に。


※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※


警備兵、使用人、色々な人間が私の横を素通りする、特に気にかけるような様子も無い。


「お前を視界に収めた瞬間、見たものを忘れるっていう魔術か」


さすがは伝承の悪魔、ひと目見ただけでカラクリを見抜いたか、この魔術は一切の防御手段が無い、一度かかってしまえばそれでおしまいだ。


私に限らず魔術師とはそういうもので、別に魔術だけでなくともたとえば槍や剣、刺さってしまってからではもう遅いというのと全く同じだ。


事前の対策、予測、あるいは運、とにかく危害として成立する前でなくては魔術というのは防げない、もちろん『基本的には』だが。


私は平然と屋敷内を歩き回り、ある豪華な扉の前に立った。


その扉には幾重にも防御魔術が掛けられており、許可の無いものが手を触れればその瞬間、地下牢に転送されるようになっていた。


そう『なっていた』


術式は既に解除した、私の得意分だ、私は扉をし中へと侵入した。


「……そうさな、生きておれば当然来るだろう」


中に居たのは一人の老人だった、バスローブに身を包んだ品のある老人、彼は爪を金属ヤスリで研いで整えており、フーッと息を吹きかけていた。


机の上にはティーカップがある、先程使用人のひとりが運んでいたものだ。


……戯言を、動揺を誤魔化すための詭弁でしょう。


彼は私をあの絞首台に送った張本人、此度の戦いにおける勝者、そして全てを失う者だ。


「大人しく逃げ延びていればいいものを、わざわざ戻ってくるとはな『迷櫃めいひつの霧』よ」


私は復讐しにやって来た、地位も名誉も失くした身の上だが、街を離れるなら最後にやっておかなければならないことがある。


私は告げる。


「今宵、貴方の命を頂こうと思う」


その瞬間に魔術師の決闘が幕を開ける、そして先に言ってしまうとこの勝負、ほんの三秒の間に決着がついた……。


※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※


魔術師同士の戦いは火や水、氷を操り闇を放ち光を降らせる、などという単純なものでは無い。


それはいわゆる子供のお遊び、魔術を覚えたての者が友達同士で遊ぶための初歩的なものだ。


我々のような熟達の魔術師にとって『魔法戦』とは即ち——早業。


それは展開、解析、分解、撃滅の四工程。


相手に最も効果的な魔術の選択、相手の展開した魔術の仕組みや効力を読み解く、読み解いた魔術を根本から崩壊させる、自分の攻撃を成立させる。


こうして見れば至ってシンプル、しかし実情は遥かに難関である。


一般的な魔術師にとって四つの工程を終わらせるのに掛る所要時間はおよそ0.5秒、事前の力の流れから相手が何をしようとしているのかを読もうとするのは不可能な行為。


そもそも見ることなど出来はしない、ある程度のレベルに到達した魔術師は、力を完璧に己の内側のみで操作してみせる。


即ち魔法戦とは反応勝負、一瞬で理解から処理までを完了させ防御と攻撃を成立させる、コンマ数秒の世界の話だった。


魔術は基本的に発動させたらおしまい、ほとんどの場合防ぐ手立ては存在しない、足止めや拘束といった一部の非殺傷魔術は除くが。


故に。


「が、は……っ」


「かか、若いの」


『反応勝負』に敗北した私は、左の胸に向こう側まで見えるほどの大穴を開けられ床に倒れた、自分の血が体を浸していく。


これで勝負はついた。


……私の勝ちだ。


「——ッ!?」


ガシャガシャガシャッ!


勝ったはずの老人が突然机の上の物を薙ぎ倒して苦しみだした、彼は胸を抑えて椅子から転げ落ちた、そして部屋の床をのたうち回る。


それを確認した私は、悠々と立ち上がって服についた埃を払って見せた。


「紅茶は美味しかったか?」


老人が目を見開いた。


そうだ、魔法戦以前に勝負は決まっていた。


あの使用人は私の姿を見た瞬間に私の記憶を失う、つまり存在していないのと同じ、それならば運んでいる物に『毒』を混ぜるなど容易であろう?


机の上のティーカップを見た時、私は既に己の勝利を確信していた。


彼は知らず知らずのうちに毒に侵されていた。


死のギリギリまで症状を引き起こさないよう手が加えられたウイルスは、彼の魔力制御を乱し事前に何の魔術を使おうとしているかの予測を可能とした。


後は魔術が成立したように見せかけつつ、幻を張って騙すだけ。


踵を返して歩き出す、彼は間もなく死ぬ、用意していたサブプランも必要ない。


第三者がその事に気付き死体を調べたとき、単なる『心臓麻痺』以外の原因は見つからない、老人の死因としては妥当だ。


もし仮に毒物による仕業だと判明したとしても、誰ひとり私の姿は見ていないし覚えていない、疑われるのは使用人だけで私は無関係だ。


そもそも死人なのだからね。


——扉を透過し廊下に出る。


私は平然と歩いている、メイドや見回り兵の真横真ん前を堂々と通り抜けていく、彼らは知る由もないだろう主人の死を。


調べられた時のために魂を回収出来ないことだけが心残りだ、魂には色々と利用価値がある。


——コツ、コツ。


杖を着いて廊下を歩き、屋敷を出て馬車の元に戻ってくる、運転手に声をかけて中へ乗り込み、膝の上で手を組んで背もたれに体重を預ける。


そして目を閉じて、ひと言呟く。


「私も体には気を付けよう」


うっかり心臓が止まってしまわないように……。


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