呪いを添えて
結論から言おう、遺跡にはまだ辿り着けていない。
「おいおい、こんなとこで事故死すんなよ、俺はまだそんな気分じゃないんだ生身人間」
大雨に降られたんだ、地面がぬかるんで車輪がハマったのみならず、そこへ追い打ちをかけるように土砂崩れに見舞われた、馬車は大破し谷底へ。
運転手はそこの木に串刺しになって絶命した、馬は沼に沈んで上がってこない。
「これは呪いにかかりましたね」
土砂の上に立って呟く。
この時点で私には察しがついた、あの老人だ、きっと死の間際私に呪いをかけたのだろう。
おそらくは禁呪と悪名高い『しあわせの呪い』解く方法は存在せず効果期間である三日を生き延びるしかない、その間次々こういう『事故』が起こる。
「毒殺という関係上速やかにとどめを刺す訳にもいきませんでしたし、彼が死ぬまでの間あの場に留まっていたとしても、発動を感知できたとは思えない」
なんせかけられた瞬間を察知出来なかったんだ、死にかけとはいえ目の前にいる程度のアドバンテージでどうにかなるはずがない。
とりあえず雨を弾いて泥も弾く、杖はこのぐらいじゃ折れたりしない、眼鏡も割れるわけがない、ただし明確に足を失ってしまった。
「移動用魔術とかないのかよ」
「走った方がマシです」
もちろんないことはないんだ、ただ長距離を移動するとなるとコスパがあまりにも悪い。
転移系魔術が普及しない一番の理由は、インターバルの長さと物や人にかかる負担の大きさが原因、物質は転移に晒されると摩耗してしまう。
「人間の体は弱いな」
「ご覧の通り」
木に突き刺さってる運転手を見て言う。
「とりあえず先を急ぎましょうか……」
※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※
ドパーンッ!
雷が七つ束になって私に直撃した。
「ついに両手の指では足りなくなりましたか」
空に雷雨が無いにも関わらず、これまで自然界で観測された威力を優に上回る威力の雷が、なんの前触れもなく襲いかかる。
その回数はこの数分で十一回。
オマケに木が突然弾けて散弾のように飛翔してきたり、泥の床が底なし沼のように私を引きずり込もうとしてきたり。
まるで被害妄想患者の頭の中のような出来事が次々と巻き起こっている。
「二重掛けとは念入りな」
これは明らかに通常の効力では無い、おそらく重ねて呪われている。
——シュル
「おっと」
花のツルが足に絡みついてきた、瞬間的に枯らせて焼失させたが危ないところだった、ツルには棘が生えておりまず間違いなく毒だ。
この『しあわせの呪い』は術者が受けた苦痛を元に災厄が降りかかるので、毒の類の仕掛けは多分に含まれるだろう。
胞子とか、トゲとか、蛇とか。
あるいは——
「金目のモン置いてきな」
こういう毒もあったり。
ズタボロになった盗賊たちの屍を踏み越えて、斜面を下る途中で急に丸太が落ちてくる、トゲトゲまみれの殺意の巨木。
体に当たる前に融解させて通り過ぎる、いったい誰が罠を仕掛けたのやら。
「因果が書き換わるどころの騒ぎではないな」
明らかにおかしい事象が起こりすぎる、これが呪いを力ある者が行使した結果か、どうりで禁呪指定されるはずだ。
呪われた本人以外にも影響するとはタチが悪い、しかも弾として消費される彼らはまるでそれを感知することが出来ない、厄介極まれりだ。
雨が落ちた地面が熔けている、それは私のいる場所の雨だけで、それ以外の箇所ではなんともない。
「こんなのがあと三日」
何とか解呪出来はしないものか、歴史上何者も成し遂げられなかった偉業だが、魔術学院始まって以来の大天才である私にかかればひょっとして。
しばらく試行錯誤してみて、やがて結論を述べる。
「……ダメですね」
術者が死んだ時点でどうしようも無い、が最終的な終着点だった。
「そのまま遺跡なんて入るなよ、お前のうっかりでオレが消えちまったらどうする、その時は契約破棄とみなされてお前諸共この世からバイバイだぜ」
伝承の悪魔ともあろうものが、まさかそんな事で滅んだりはしないだろうが、可能性がゼロでは無い以上彼は私を遺跡に入れたくないようだ。
増水した川を歩いて渡りつつ、私は答える。
「その時はその時」
流されてきた建物を液状化させて回避する、家の中にまだ人が居た気がしたが、やってしまった後ではもう遅すぎる。
「あーあ、死んだぜあれ」
「あの世であったら謝っておきましょう」
「悪魔か」
その後も災難に見舞われながらも、何とか無傷で遺跡前までたどり着くのだった。
※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※
「……入るなよ」
(見えないけど)口をつっとんがらせて言う悪魔。
「三日も呪いと戦うだけの時間を過ごせと?冗談でしょう、それが許せるのなら私は魔術師としての道に進んではいませんよジィードゥーク」
やる気満々の一方この私。
「ズィードゥークだっつってんだろ、間違えんなよ」
言語の関係で言いにくいのだから仕方ない、魔術だって真っ先に廃れたのは『詠唱』の技術だ。
人間の口などという信用ならん物に己の命をかける馬鹿者が、いったい何処にいると言うのか。
遺跡の入口に歩いていく、やけに機械的で近代的な構造だな、本で読んだ限りここは『自己進化』の遺跡であるとの話だが……。
「ケケケ、オレを封印したあのクサレジジイでも、俺の分見の魂を破壊することは出来なかった、つまりただの一時的な時間稼ぎサ」
興奮しているおかげで本性が漏れている、悪意と憎悪と闇の塊、相入れようなどという考えが微塵も湧かなくなるような邪悪な声。
「お前強いよな、ああお前は強い、オレが保証するお前はアイツに勝てる、イザとなりゃオレが力を貸してやってもいいぜ?
そうだな、その心臓の半分をくれないか、そうしたら百パーセント確実に勝たせてやるよ」
「丁重にお断りしよう」
「ちっ、よく分かってやがるなぁ……?」
この悪魔はこういうヤツだ。
封印された遺跡の扉を草木に変え、見えない力で掻き分けて進んでいく。
……ズィードークはちょくちょくこうやって私に『取引』を持ちかけてくる。
それはひとつ答え方を間違えれば即デッドエンドの悪魔の儀式、三秒以内に明確な答えを返さなければ契約が成立してしまうというモノだ。
常に頭は働かせておかねばならない、油断はできない、もしうっかり肯定と捉えられるような返しをしてしまったらその時点で私は終わる。
絞首台に送られることが決まり、尚且つ逆転の目が無いと知った時、彼と契約するしかないと判断した私はその辺をよーく調べていた。
私にうっかりは存在しない、受け答えで出し抜かれる事など絶対に。
——ピピッ!
突然鳴り響く電子音、それは床の感圧版を踏んだことに起因するようだ、通路全体が巨大なひとつの魔法陣として機能し始めている。
「常時最新の遺跡?」
私は杖をコツンと床に叩く、するとギャンギャカやかましかった壁の仕掛けは途端に静かになり、術式は根元からまとめて消え去った。
「魔法陣だなんて古臭い」
いつの時代の話だ、結局いくら自己進化すると言っても元が化石ならこんなものか、正直言って拍子抜けもいいところだ。
「そういえばここに入ってから呪いの影響が無いな」
「当たり前だろ、オレを封じておけるくらい強力な場所なんだから、あんな死にかけの人間が放った弱っちい呪いなんてとっくに消えてるよ」
なるほどな。
じゃあ入るのを渋ったのは私に契約を持ちかける材料だったってことか、あの時彼の言葉に乗せられて待機を選んだらどうなっていただろう、きっとロクな目には合うまい。
コツ、コツ、コツ。
軽快に杖の音が響く、射出されたレーサーやら落とし穴やらを全て無効化し、人を小馬鹿にしたような謎解きを打ち破ってトラップを抜ける。
そして辿り着いた、最深部に。
ようやく目的地に辿り着いたのだというのに、我々の反応は芳しくない。
それはアレ、祭壇の近くに設置された人形が、少々厄介な魔術を掛けられているからだ。
「デルモドアか」
『鍵よりも安心出来る』がキャッチフレーズの、魔術師御用達の防衛法。
「あれだろ、ここを通りたきゃ設定されたルールの元勝負をして勝たなきゃいけないっていう」
最悪なのは設定出来るルールに制限がないということ、つまり『太陽を砕いて来い』といった無理難題がまかり通ってしまうということ。
「無制限に設定できるとはいえそれはあくまで耐久性を度外視した場合の話、我々魔術師にとっては抜け穴を用意するなどお手の物
だからアレが何より厄介なのは『術者が類稀なバランス感覚を持っていた場合』です」
不可能でありながら確率上は勝ち目のあるルールを設定する、そんな矛盾を成立させられる頭脳の持ち主が行使した途端、あの魔術は大きく化ける。
祭壇をよく見ると、台座の左右にそれぞれグローブが掛かっている。
「勝てということだな、殴り合ってアイツに」
「馬鹿なんじゃないんですか」
思わずそんな言葉が漏れるくらいには、それは不可能な『ルール』だった。
火山の噴火を親指だけで止めろ、あれはそう言われているようなものだ、しかも魔術を使わないでという制約付きの。
とんでもない事だ、それならまだあの魔術を解除するのに賭ける方が可能性がある、武器も無しにアレと戦って勝てるはずない。
「そう思うだろ?そういう奴なんだよここを作った奴ってのは、オレも絶対勝てない不利な条件で逃げられない戦いを挑まれたんだ
そのザマがこれだ、俺は片腕と右目、それから魂の一部を奪い取られちまった、人間の中で最もオレの力を封じた男だよ」
そうか、それを承知でここに案内したのか、それならきっと考えがあるのだろう。
「で、契約の内容はなんですか」
「良いね、話が早い」
悪魔はニタリと笑ってこう続けた。
「四時間以内にあの魔術を掛けたクソ人間を殺す約束をするのなら、オレはお前がアイツと戦えるだけの『身体能力』を一時的に与えてやる」
居場所もまだ分からない奴を、どれだけの準備が必要になるかも分からない相手を、あまつさえ半日にも満たないタイムリミットを設けて殺す。
非常に重たい契約だ、だがそれと同時に甘い契約でもある。
「良いだろう」
判断はその場で即座に、悩む余地など無い。
「契約成立だ……」
五分で倒す。
そして直ぐにターゲットを見つけて抹殺する、タイムリミットは今から——
「待ちなさい!この不届き者め!」
突然、後ろから声が掛けられた。
「貴女、こんな遺跡に無断で入り込んでどういうつもり!?ここは伝承の悪魔を封じている絶対不可侵の超超超超重要拠点なんだから!
侵入者!シンニュウシャよ!!生かしておけないわ始末しなくてはならないわ、一切合切ただの一片の肉片も残さず貴女を歴史の闇に葬ります!
我が名はミリフェリア=サンズアート!誇り高き守護天使の名を冠したちっちゃな女の子!そして背後にいるのは我が部下達!遺跡を!守るわ!!!!!」
星の最後にも似たその勢いは、この場を完璧に破壊し尽くした。
「呪いは消えたんじゃなかったのかよ」
その光景に、悪魔が呆れたように呟く。
「だから、遺跡に入る前につけられてたんでしょう」
ため息混じりに答える、なんこんだこのふざけた連中は……。
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