老獪なる魔術師の悪逆なる罠


「せぁ——ッ!」


襲いかかってくる剣士五人。


私は彼女らを即攻撃しようとして、呪いが呼んだ不吉な存在であることを思い出し踏みとどまった。


こんな悪魔の力を封じた遺跡に来るのは十中八九が魔術師と相場が決まっている、魔術師に対抗出来るのは魔術師だけ、ただの剣士では勝負の土俵にすら上がれない。


にも関わらず彼女らは戦いを挑んできた、それは何らかの備えがあることを意味する。


ならば迂闊に手を出すべきではないだろう、少なくとも直接は。


切りかかってくる剣士達を前に、私はある魔術を発動させた。


ドガァァァンッ!


巨大かつ無数の石杭が、遺跡の壁や床から突き出し通路を塞いだ。


それぞれはガッチリと噛み合い、たとえ海の水全てが流れ込んできても耐えられる程の強度を誇っている、普通なら超えてくるのは不可能だ。


……だが。


危険を察知して後ろに飛び退く。


すると絶対人間には壊せないはずの石杭が、いとも容易く微塵切りにされて爆ぜ、その向こうから女剣士らが飛び出してきた。


「逃がしません……っ!!」


肉薄してくる。


どうやったのかは分からないが突破された、恐らく剣に秘密があるのだろう、私の知らないところで開発された秘密兵器かなにかと推測する。


踏みとどまってよかった、もし少しでも動揺していたならそのまま切られていたかもしれない、この踏み込みの鋭さは凄まじい。


——思惑の成就。


斬撃は私を切り裂くことはなく、展開された結界によって甲高い音と共に弾き返されていた。


「なにぃ……!?」


ミシッ。


何処からか嫌な音がして、次の瞬間には『遺跡全体が丸ごと崩壊』していた。


「げぇっ……!?」


驚く女、悲鳴を上げる部下たち、逃げ場の無さすぎる唐突な崩落に慌てふためいた、だがそんな事をしてももう遅すぎる。


アレは私が即興で編み出した物、もちろん魔術師相手にはそんな付け焼き刃は通用しないが、ただの剣士に対しては違う。


崩された瓦礫は魔術ではない、シンプルな質量爆撃、いくら魔術を無効化できる備えがあるからといって彼女らが無事でいられる道理は無い。


——いったい誰が雨粒を全て弾けるのか。


ここは強力な封印が施されている遺跡だが『自分自身を巻き込みかつ魔術で防御を行わない』という条件つきで魔術を成立させていた。


「グローブは既に取りました、挑戦者が現れたリングは決して外部からの干渉を受け付けません、どちらかが破壊されるまでは」


——眼鏡を外してポケットに仕舞う。


ビリビリビリッ……。


グローブを手にはめながら向き直る、背後では凄まじい崩壊が次々に巻き起こっている、確実に対象を圧殺するために。


しかし音は聞こえない、瓦礫の破片も煙も血の匂いさえも。


——ウィィン。


人形がグローブをはめる、何とも間抜けな光景だが笑い事では無い、まさしく目の前にあるのは死線、この戦いは壮絶なものになるだろう。


「殴り合いなんていつぶりか」


流血は避けられない——。


※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※


右ストレートからの左のアッパー、グローブを目隠しに使いながら抉るような右のボディブロー、返す刀のフックでガードを弾く。


開いた隙間に殴り込み、しかしカウンターが顔面に突き刺さる。


顔を背けてパンチを流し、踏み込んで殴る。


人形は膝を落としてスレスレで回避、左ボディに鋭く重く二発打ち込んでくる。


ドンッドンッ!


「グ……ッ」


ダメージ、組み付いて首相撲、振りほどいて突き飛ばしジャブ、更にジャブからのフェイントをかけた深く沈みこんでのボディストレート。


人形の胴体が折れ曲がる。


反撃の兆しが見えたので上体を後ろに引く、鼻先を拳が掠めていく。


ガードを固めて隙間から相手を見る、顔を近付けて様子を伺う。


「魔術師ってのはエリートだもんな、文武両道の強靭な肉体と精神を持ってなけりゃそもそもスタートラインにも立てやしねぇ、勝てよギザ歯女」


「やかましいッ!!!」


「怖ぇ」


ステップワーク!怒りを込めたジャブストレート!続けてガードの隙間を狙ってショートアッパー!!だが相手のパンチが先に当たる。


威力が死んでダメージを与えられない、オマケに攻撃が重かった、膝がぐらつく。


右頬、左頬、腹、顔、腹、続けざまにダメージを貰い続けるが、私は怯まずに拳を返した。


——ゴッ!


当たった、そう思った瞬間視界が弾ける、横面を殴り飛ばされて顔の向きが変わる。


口の中が切れて血が出る、しかし今は治療できない、フンと鼻を鳴らして殴り掛かる。


拳が硬い人形の体を打ち付けて、木の破片が砕けて飛んでいく、今のはかなり効いたはずだ。


——コイツに『痛み』の概念があればの話だが!!


ゴウッ。


即座にパンチを返してきたところを見るとそんなものは無いようだ、もっとも打ち方からして『イラつき』はしているらしいが。


ガッガッガッガッ!


ガードの上から殴りまくる、人形の体が嘘みたいに左右に揺れる、このまま凌ぐつもりだろうがそうはさせない。


ガードを上から叩いて腕を無理やり下げさせ一撃を叩き込んでやる。


すると相手は顔の守りを固めたので、左右の脇腹を交互にパンパンッとリズム良く撃ち抜いてやる。


——バキッ。


胴体にヒビが入ったのが見えた、そして次の瞬間私の視界は真っ黒になった。


星が散る、何をされた、いや頭突きだ、この野郎人形の石頭で私に頭突きをかましてきやがった、性格の悪い戦術に拍手を送ってやりたいな。


すんでのところで耐える、耐えてタックルをお見舞する。


人形は吹っ飛んで結界に激突、私は壁際から逃れられないようにラッシュを仕掛けるが、体捌きとフットワークで上手く避けられる。


合間合間に細かい攻撃を入れられる。


頭に来た私はそれを捕まえ、思い切り引っ張りこんで足を掛け、浮き上がった体に向かって後ろ回し蹴りを突き刺してやった。


再び吹っ飛んでいく人形は、壁に激突して派手に部品をばら撒き、しかし怯むことなく復帰して私に殴りかかってきた、明らかにキレた様子で。


掴みかかってきた人形は、私を結界に何度も叩きつけた上で持ち上げ、背中から地面に墜落させた。


「グフッ……」


受け身の取れない無慈悲な投げ技に息が漏れる、顔を何度も踏みつけられる、ガードを固めると今度は思いっきりサッカーボールキックを入れてきた。


このままではまずいと思いその足を捕まえ、床を滑って股下をくぐり抜ける。


そして両の膝裏に踵を載せて崩し技をかけ、起き上がって後ろから組み付く。


——メキッ、メキメキッ。


木偶人形が嫌な音を立てる、奴は大いに暴れて私を振りほどくと、つま先を踏みつけながら大振りに顔面をぶち殴ってきた……!


体勢が流される、流された先でまた殴られる、今度は逆向きに体勢が流される。


堪らずクリンチ、すると膝蹴り二発と顎への肘打ち、それと再びの頭突きによって抜けられる。


離れ際に一発差し込む、避けられるが既に攻撃を置いていた、木偶人形の頭が大きく揺れる。


深く沈みこんでボディストレート、と見せておいて大外を回る右、ヤツは何を貰ったか認識できずにいたようだ。


人形は気付いてガードを固めたが、それこそが前々から仕掛けられていた罠だった、フェイントからのストレートを無意識に警戒したが故の被弾。


狙ったのは顔ではなく腕、肩の間接を狙った、奴の腕は根元から砕けた。


——しめた!


畳み掛けにいく、止まらないラッシュ。


突き出された拳に一度止められる、だが直ぐに二度目の踏み込み、今度は膝に足の裏を乗せられる、が直後の三度目は止められなかった。


ドンッガッ!


上下に打ち分け、角度を変えて鋭く、上体を動かして振って、タイミングをズラしては隙間を狙って、フットワークで逃げられないように。


壊れていく、欠けていく、この時点で私の勝ちはほとんど決まっていたはずだったのだ。


だが、あろうことかッ!


「——」


私は見た、瞬間を。


ラッシュを止めて防御を……ッ!


ゴッ……


飛び膝、再生を囮にした真下からの急襲、顎にドンピシャで激突したそれは、人間の脳を揺らし意識を飛ばすには十分すぎる威力を持っていた。


落ちる、奈落に、暗闇に、完璧に予想外で防ぐことは出来なかった、全く間に合わなかった。


——だが


再生という反則に近い行為、高まる警戒心、意識の集中した視線、それを掻い潜った死の一撃。


——けれど。


反応は出来なかった、しかし『見る』ことは出来た。


私は魔術師だ、魔術戦では反応が全て、相手がなんの魔術を使おうとしているのかを『目で見て』判断し、一瞬のうちに破壊するのだ。


——私には『見えて』いたッ!


奴の動きが、当たる直前に視界の端に捉えた、不可避の一撃はしかし『奇襲』ではなかった……!!


「グ、アアアアアッ!」


私はあと一歩のところで踏みとどまった!意識を完全に断ち切られはしなかった!


叫び声を上げながら奴の胴体に組み付く、そして体重をかけてテイクダウンを取り、奴の体を思い切り地面に叩き付けてやる。


——バギィッ!


背中から大きな亀裂が生じ全身に広がる、そのおかげが反応が鈍くなっていた。


どうせまた直ぐに再生されるだろうが、もう二度とその隙は与えない。


マウントポジションになってひたすら殴りつける、拳で肘で何度も何度も、逃れようとするのを押さえ付けて殴る。


破片があちらこちらに、亀裂は達し分断され、ドンドン見る見るうちに人形の体が失われていく、それでも尚攻撃は止めない。


——腕が伸びてきて服を掴んだ。


「触るな!」


掴んできた腕を逆に掴み返して、思い切り左右に引っ張ってやった。


バギィッ!


ちぎれた腕を槍のように構えて、奴の顔と胸に根元まで突き刺し、頭をもいで天井に放り投げる、激突した頭部が粉々に砕け散る。


立ち上がり、踵を振り上げ、めちゃめちゃに体を踏みつけて細かく小さく粉砕していき、途中転がり落ちた小さな宝石の様な物を拾い上げ砕いた。


——その瞬間、結界が解かれるのを感じた。


「勝ったぞォォォォォーーーッ!!!!!」


人生で一番の雄叫びをあげる、結界で防がれていた瓦礫の山が降り注ぐが、砂粒の一片たりとも残さず消し飛ばす。


そしてアドレナリン漬けの頭のまま、ツカツカと歩いていってズタズタになったグローブを外して焼き尽くし、封印の施された祭壇に触る。


「なんだよ、自分で解除する気か?」


「うるさい」


複雑な術式だが私はこういうのを解除するのが得意だ、頭を冷やす意味も兼ねて作業に取り掛かる、時間はそう掛からなかった。


「凄まじい暴れっぷりだったな、普段の様子からは想像もつかねえ」


「私にも感情はある」


すっかり元の調子を取り戻しつつある私は、アドレナリン切れにより痛みを感じ、治療すら忘れていたことを思い出す。


作業をしながら傷を癒す、そして防護結界やら何やらを貼り直しいつもの状態へと戻っていく。


「ついに、ついにだ、ついに封印が解かれるぞ、まだ一部ではあるがこれは大きな変化だ、オレの復活は全くもって絵空事じゃねえ」


悪魔だろうと興奮はするんですねと感想を抱き、ついに最後のロックを解除し終えた。


「サンキュー御苦労、あとはオレの仕事だ」


封印された己の一部を、私には分からない方法で自分の元へ呼び寄せる悪魔、目には見えない強大な何かが引き寄せられていくのを感じる。


戦いは終わった、遺跡は踏破した、傷は治したし封印も解除した、もう心配は無いはずだった。


しかし何故だろう心がザワつく、どうにも違和感が拭えないのだ。


その正体は、闇の中に潜んでいて、なかなか正体を視ることは出来なかったが、だがある時私は答えにたどり着いたのだ。


そう。


キャリー=マイルズは考えた。


果たしてこれほど用心深く作り込まれた封印の遺跡が、いくら私が天才だからといって、こうも短時間で解除出来るモノだろうか?


その違和感は、気が付いた途端に増幅して、思いつく限り『最悪の可能性』が浮上した。


「——しまったッ!」


突然、悪魔が大きな声を出した。


「どうしましたか?」


逆立ってザワつく嫌な感覚に、彼は決定的なひと言をもってトドメを刺した。


「偽物だッ!——ッ!」


次の瞬間、私の足元に巨大な魔法陣が出現し、分解し切る前に発動を許してしまった。


そして気付いた時には、透明な四角いガラスの檻の中に、拘束具を着せられた状態で座らされていた。


——大変な疲労感と共に。


そう、転移魔術は廃れたんだ、距離や座標によって対象に負担がかかり『摩耗』してしまうから。


私は疲れさせられたんだ、転移魔術は悪質なトラップとして機能した、体力を奪う目的で設置された性格の悪い最低の仕掛けだったんだ。


「——釣られたな大馬鹿者め、永遠の命でも欲しがったか魔術師よ、安心した心に落とす特大の罠、希望から絶望へと人間は墜落する


どんな手を使ったかは知らんが、解除出来る封印に倒せる敵を置いて守らせると思うのか?お前のような大マヌケがよくもまあ儂の時間を奪うものだ!」


ガラスの檻の外に老人がいた、身の丈ほどの大きな杖を持った老人が。


私は、まんまと嵌められた——。


※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※


一方、崩れた瓦礫の下では……。


「ぶはー!死ぬかと思ったー!」


「隊長!アレクが死にかけてます!」


「うおおおーー!!?運び出せーー!!!!」


遺跡では死者は居なかった、それは恐らくただの


……悪運。


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