手練魔法使いの魔術戦
動けない、転移魔術の後遺症のせいだ。
魔術は使えない、拘束具は壊せない、ならば残された手段は『悪魔との取引』をおいて他にない。
「どうやって入った、なぜ封印を解いた、誰かに誑かされたのかそれとも自分の意思か?」
老人が尋ねてくる、どうやらまだ私と悪魔の繋がりはバレていないらしい、そうでもなければこうも悠長にはしていられないだろう。
小さく呟く
「残り時間はいくつだ」
「……なんだと?」
悪魔が答える。
『三時間三十九分五十六秒』
それは私の命のタイムリミット、そこを過ぎれば魂は彼のものとなる、そして永遠に意識のみが幽閉されるのだ、彼のおもちゃのひとつとして。
だから魂とは非常に重い代価となる、故に多少の無茶を効かせられる。
たとえば、こんな無茶だって。
「残り時間を五秒に減らせ、その代わりに私を邪魔する全ての障害を破壊しろ」
「貴様先程から何をブツブツと」
悪魔が答える。
『承知した』
次の瞬間、私を閉じ込めるガラスの檻、拘束具、そして全ての拘束魔術が砕けた。
「……!?」
驚き、後ずさる老魔術師。
そしてこの時より、命のカウントダウンが始まる。
——五秒。
全身の筋肉が悲鳴を上げる、立っているのもやっと、そんな中で魔術を組み上げ発動させる。
敵は驚きこそしたものの流石は歴戦の魔術師、悪魔を封印しただけあって手腕はたいしたもの、瞬く間にこちらの術式が破壊される。
——四秒。
心臓を破裂させる魔術、血管を溶かす魔術、脊髄液が酸性になる魔術、脳みそが凍る魔術、心臓と肺に穴が空く魔術、気絶させる魔術。
無数の殺人魔術の応酬、どれかひとつでも発動を許してしまえばその時点で勝負が決まる、視線が四方八方に飛んで反応勝負。
——三秒。
先読み、先読みの先読み、そのまた更に先読み。
本来なら一秒以内に決着するはずの魔術戦は、まるで溶鉱炉から溢れる火の粉のような光景を生み出し、脳みその処理能力の限界を超える。
——二秒。
ここで私は、発動前の殺人魔術をあえて最後まで分解しきらず、即死しない範囲で受ける選択をした。
「グ……ッ」
肩が根元からちぎれ飛ぶ、片方の肺が鉄の杭に変わり胸を貫く、しかし私はまだ生きている。
老魔術師の顔が曇る、形成が逆転したことを悟ったのだ、この瞬間より彼は防戦に陥る事になる。
一手の遅れは取り返せない、先読みのリズムが崩れた、肉を切らせて骨を断つ戦法が突き刺さる、彼はもうこの戦いの速度に追い付けない。
——一秒。
やがて決定的な瞬間が訪れる、鈍く響く重低音が鳴り、老魔術師の額と左胸に向こう側の景色が見えるほどの巨大な穴が空けられる。
夥しい量の血を撒き散らして彼は膝から崩れ落ちた、百パーセント確実に死亡している。
「ハ……ッ!」
地に沈んだのはこちらとち同じこと、五秒を過ぎても命が続いている事実を噛み締める暇もなく、迅速に傷口の治療を行う。
「契約完了、確かに見届けたぜキャリー=マイルズ」
「そいつは……よかった……」
床に手を着いて息を切らす、魔術戦をしている間呼吸を忘れていた、ただでさえ転移魔術のせいで消耗している身にこれは堪える。
「アイツが死んだ途端力が戻るのを感じた、この調子で頑張って俺を復活させてくれ」
「それはともかく……」
息を整え立ち上がる、ここが何処かすら私は知らない、見たところ何処かの研究施設のようだが。
杖を手元に呼び戻す。
これが出来るということは悪魔は本当に私の障害となり得る要素を壊してくれたのか、まったくなんて力だ、これで弱っているだなんて信じられん。
——ウィン。
その時、扉が開いた。
「何事ですか!パーク局長!」
ぞろぞろと武装した男たちが入ってくる、装備を見る限り魔道兵士だろう。
それを見て、悪魔が申し訳なさそうに口を開く。
「あー悪い、どこまでがお前の邪魔になってるかが絞りきれなかったから、目につく範囲全てのシステムと魔術をぶち壊したんだよ」
異常が発生すれば当然誰かが駆け付ける、当然のことだ。
悪魔の仕事に不満があるのは確かだが、同時にこの場所がそれなりの規模の施設であることが発覚した。
「きょ、局長!?貴様局長に一体なにを——」
言い終わる前に、彼らは脳の回路を焼き切られて地面に転がった、装備に組み込まれていた防御術式はさほど障害にはならなかった。
「戦い慣れてるわけではありませんね」
倒れた男たちの装備を眺める。
銃、そして腰の剣、身に纏った特殊な鎧、私もこの目で見るのは初めてだが威圧感がある、研究者としての血が騒ぐ。
「才能のない者達が、魔術師に並ぶために作られた魔導兵器か」
装備それぞれの一部を魔術で切り取って保存する、調べるのは後でゆっくりやろう、ひょっとしたらこの先もやり合うことになるかもしれない。
絞首刑、悪魔と契約、黄泉還り、遺跡探索、殴り合い、拘束され魔術戦、挙句の果て謎の研究施設からの脱出ときましたか。
バタバタバタ、空いた扉の向こうからは、まだ沢山の足音が鳴り響いている——。
※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※
認識阻害で視覚探知を誤魔化し、不意を突いて脳みそに穴を開ける。
大抵はそれで死んでいく、向かってくる魔道兵の横を悠々と歩いて抜け、数秒後彼らは骸と化す。
中には認識阻害を突破する者も居るが、銃のトリガーを引けた人間は存在しない。
「やはり魔導兵など机上の空論だな」
機械は誰でも同等のパフォーマンスを発揮できるのが強みだが、それ故にオリジナリティがない。
一人の装備を『解析』すれば自ずとそれ以外の者の装備も掌握出来てしまうのだ。
右と左で性能や構造に差があってはいけない、無論それは魔導兵に限らず剣士でも、軍に所属していれば支給される鎧や武器は皆横並びに同じ物だ。
そう、同じ。
彼らは少し強いだけの兵士なのだ、とても魔術師を相手に戦える力は無い、どれだけ優れた装備を持とうが一度解き明かされればこのように。
銃は向けられた瞬間に融解する、防御術式は既に紙切れ同然、接近戦に持ち込もうにも視界に入った瞬間その人間は死ぬ。
無為、無駄、無意味。
向かってくるだけ損というものだ、実験用の魂のストックを集められるいい機会ではあるが、こうもウジャウジャ湧いてこられると少し。
「良心でも痛むか」
「人殺しが気持ちいいはず無いでしょう?」
人を殺した日は少し寝付きが悪くなる、食欲も落ちるしため息も増える、出来ることなら逃げて欲しいのだが、そんな願いは通じそうもない。
死角から弾丸が放たれる、しかし銃弾は私に触れる前に塵と化し、引き金を引いた人間はカーペットのように押し潰されて死亡した。
「俺にはマトモなフリをしようとしているだけに見えるぜ、お前は」
ある意味それは正しい。
魔術師なんて言ってしまえば人格破綻者だ、ただ一人の例外もなく。
だけどそれじゃ人間は困るから、こうして外面を取り繕いあたかも正常であるかのように見せかける、これをやるのとやらないのとじゃあ社会への溶け込み方が違う。
コミュニケーション能力も向上する。
コツは本心と建前を混ぜること、自分でも区別を付けられなくすること、これは人の心を無くさない為の防衛策だ。
狂った魔術師の行き着く先なんて決まっている、私は人であることを選びたい、だから殺人に快楽を抱くことはない。
「面倒なんだな人間は」
「だからこんなに発展したんですよ」
拍子抜けも拍子抜け、研究施設からの脱出は悪魔とのおしゃべり体験コースだった、外に出るまでに殺した人数は八十九人。
誰ひとり、驚異とはなり得なかった……。
※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※
「……なるほど」
ザザーン、ザザーン、目の前の波打ち際。
砂浜、背後のジャングル、真っ青な空、見渡す限りの水平線。
私は陸から離れた孤島に立っていた、あの研究施設は無人島に位置していたのだ、ここが何処かという疑問は解決してない。
「餓死なんて末路は止めてくれよ」
「まさか」
食料はある、最悪サバイバルの知識もある、そんな死に方は絶対にしないはずだ。
「とりあえず夜を待ちます、星の位置が見られれば大体の場所は掴める、全てはそれからですね」
海を渡るにしても、現在地が分からなければ永遠に大海原を彷徨う羽目になる、魔術だって無制限に使えるわけじゃない。
研究施設を潰してきて正解だった、これじゃ何日ここに居座るか分からない。
施設をぬけたあと、私は出入口全てに結界を張り、誰も通れぬよう徹底的に封じ、その上で消せない炎を中に解き放った。
全ての人間を焼き殺すまで魔術が解かれることはない、結界はそう簡単には破壊されない。
午前中は島の散策にあてがった、ただじっとしているのは退屈なので、なにか発見はないかとあちこちうろついた。
結局暗くなるまで成果はなく、私は大人しく空を見上げて星を読む。
「だいたいこんな感じか」
簡易的な地図を空中に浮かび上がらせる、幸いにして陸地はそう遠くない、これならば私の考えは上手くいくだろう。
自分で張った結界は自分には通じない、私は封印された研究所に魔術を飛ばし、殺した者の一人を操って外部に助けを求めさせた。
この絶海の孤島には必ず物資を運ぶ手段がある、転移魔術は使い物にならないのですなわち船、ここは間違いなく海路が繋がっている。
重要な施設であることは想像がつく、こんな人目につかない所で行う研究なんだ、何かあれば救助隊及び始末屋が来るはずだ。
紛れ込むか船を奪う、そのどちらかで解決する、思惑通りに事が運ぶ可能性は相当高い、問題は何日掛かるかという点だが。
「長くて四日、早くて二日」
私の見立てはこうだ、とりあえず四日待とうと思う、それでなんのアクションも無ければまた新しい手段を考える。
懸念点は島ごと焼き払うことで証拠隠滅を図られた場合、その時は大海原を歩いて渡る羽目になる、それだけはなんとしてでも避けたいが。
「ともあれ、暫くは睡眠とお別れだ」
昼夜問わず警戒しておく必要がある、万が一強行手段に出られた場合に備えて、片時も気を抜く訳にはいかない。
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