後始末部隊
ここに座り込んでから三日、私は島の上空に周囲360度全てを見渡せる目を放ち、水平線をじっと監視し続けていた。
昼夜を問わず、飲まず食わず瞬きをせず、木と勘違いをした小鳥たちが肩に止まっても、私はピクリとも動きはしなかった。
その間痺れを切らした悪魔が何度も話しかけてきたが、私があんまりにも無反応なので機嫌を損ね、ついには口汚く罵ってきたあと口を閉ざした。
ある時。
「……?」
違和感を覚えて顔を上げる。
「ちっ、ようやく動きやがったか」
辺りの海に変化はない、しかし人間の視覚情報などまるでアテにならないという事を私は知っている、それ故に確信をもって告げよう。
「なにか居ますね」
自分を中心に探知魔術を広げる、レーダーに反応はない、しかし海面の波の打ち方が妙だ、姿は隠せても存在を消すことは出来ない。
「気付かれてんじゃねーの、お前死んだぜ死んだ死んだ、とっととやられちまえってんだよ」
拗ねてる悪魔は良いとして、これは少々厄介なことになったな。
「魔術師が乗っている、あるいはそういう機能を備えた船か、どちらにせよ危険に対する意識が高いということ、簡単に船を奪わせてはくれないだろう」
杖を弄りながら考えを巡らせる。
「奪ったとしてどーすんだよ、まさか敵に『ごめんなさーいちょっと陸に行きたいので協力して頂けませんかぁ』とでもお願いする気か?」
「ある意味では」
意味深に笑って答える。
「勿体ぶりやがって」
亜空間の保管庫から食料をとりだし、空の目を光らせながら腹を満たす。
ずっと警戒していましたからね、途方もない大魔術が遠方より放たれやしないかと、ここ数日気が気ではなかった。
バクモグと、ただ栄養を取ることだけを目的とした食事、喉を詰まらせる勢いで掻き込む。
こちらの存在には気付いていないだろう、透明の船は厄介だが魔術師を相手にするには足りない、だからアレは日頃から続けている用心のもの。
「だからこそ逆に、かえって気が緩んでいるという可能性もありますが、そう甘い相手ではないでしょう」
指を舐めながらそう呟く。
罠に嵌められたことがかなり効いており、私はすっかり警戒心が高まっていた。
勝てたのは運が良かったからだ、たまたま私が悪魔と契約をしていて、素早く拘束を抜け出せたから辛うじて死ぬことがなかっただけ。
普通ならとっくに終わっている、そしてあれは事前に予期出来る事態だった、戦い終えたあとの沸騰した脳みそを一度冷やすべきだったのだ。
そうすれば見えてきたはずだ、あの遺跡の影に隠れたドス黒い悪意に。
「見つけた」
食事を終え、水分補給をしていた頃、船の正確な位置と方角が把握出来た。
真っ直ぐこちらに向かってくる、速度はそこそこ出ている、乗組員の顔を見なくても『急いでいる』というのが伝わってくる。
透明化のカラクリもタネが割れた、もう私の前で姿を隠すことは出来ない。
戦艦だ。
たんなる連絡船や客船とも違う、万一海上でやり合うことになっても対応可能なだけの装備、救助隊の船にしてはヤケに整った戦力だ。
姿を隠しているのは用心のためと先程は言ったが、ひょっとしたら本当に『後始末』のための部隊なのかもしれない。
「姿形を偽り、怪我人の振りをして保護を狙うのは止めておいた方が良さそうだ」
あの場に居たものの顔は既に盗んである、魂を集めているとこういう時に役立つ。
魂とは生命の情報が詰まったデータバンク、それを回収するということはその人間の全てを手中に収めるということだ。
それを活用すれば。
自我を喪失しないための強力な術式と精神力、それと三十分という時間制限はあるものの、一時的に他人に成り済ますことができる。
魔術師でもまず見破れない、これは表には出ていない秘匿の技術だ。
「もうすぐ上陸するな」
奴らがどう出てくるか、まずはそこからだ。
※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※
船は陸から離れた場所で止まり、以降なんのアクションも見せなくなった。
てっきり部隊を乗せたボートでも出てくるものと思っていたが、トラブルでもあったのだろうか。
「……いや」
船の姿が隠れていたというのなら、人も同じように透明になっているという可能性もあるはずだ。
海面の動きに目を凝らす、すると表面に極小さな波紋が広がっているのを発見した、それは確実にこちらに向かってきている。
——魔術師だ。
今の人間の技術では『透明になりながら海面をほとんど波を立てずに歩く』なんて芸当は実現不可能なはずだ。
波の立ち方から位置は分かる、先程から私は彼らの透明化を暴こうと奮闘しているのだが、一向に解決の兆しが見えない。
機械技術では有り得ないことだ、これほど複雑な構造隠蔽は魔術でなければ出来ない、そして機械と魔術は絶対に融合しない。
本当なら接近を察知した時点で、時間差で発現する死の呪いを、不意打ち先制で叩き込んでやろうと思ったのだが、相手が魔術師かもしれない以上は下手に手を出すべきではないだろう。
海面の足跡から最低でも三人居るのは分かる、だがひょっとしたら波紋すら完璧に制御した魔術師が居るかもしれない。
「取引は何時でも受け付けるぜ」
「必要ない」
なるべく彼の力は使いたくないが、命を賭けるとあらば悩む余地もない。
一応選択肢の中には入れておこう、使えそうな契約内容を今のうちから。
波紋は近づき、ついには島の砂浜に乗り上げた、そしてその瞬間から奴らの気配が探れなくなる。
本格的に姿を消したか、となればやはりこちらの存在には気付いていないのか、あるいは誘い出すための囮だったか。
杖の持ち手の留め具を外し、反時計回りに捻る、すると杖から小さくカチッという音がして、それまで持ち手だった部分が外れる。
目には見えない透明なクリスタルの杖、光の屈折を利用した光学迷彩。
杖とはどの魔術師も必ず持っている物であり、しかし近年では殆ど身分を証明するための印でしかなくなってきている。
形骸化しつつあるとはいえ、しかし存在意義を失わないだけの利点がある。
「使うのはいつぶりだろうか」
久しぶりにも関わらず、よく手に馴染む自分の獲物。
魔術師同士の戦いは基本的に突発的に起こるが故に『杖を抜く』というモーションは無駄になる。
だから杖は大軍と大軍の争う戦場や、きちんと場の儲けられた『魔術師の喧嘩の場』以外では滅多に使われることはない。
人間一人に列車砲を撃ち込む者は居ない、要は適材適所ということだ。
——早速ひとつ魔術を使う。
自分から立つ物音を消す魔術だ、このステルスゲームにおいては私が有利、むざむざ不意を打たれないための措置だ。
杖は言わば銃のようなもの、あらかじめ幾つか魔術を仕込んでおくことで、魔術戦の四工程である『展開』を省くことが出来る。
よって杖から放たれる魔術は『分解』されにくい、弓より銃弾の方が避けずらいのと同じだ。
ただし杖には火薬の炸裂は無い、ただ手に持った小さく振るだけでいい、魔術師の杖とはつまり最強の不意打ち道具なのだ。
もちろん『振る』という動作がある以上、不慣れな者が使うとかえって隙を晒す結果になるのだが、大抵の魔術師はそこを克服している。
服の中に隠したり、背中で振ったり、あるいは私のように杖自体を見えなくしたり、多種多様な方法でデメリットを消している。
奴らは恐らく荒事専門の魔術師、人数差の影響は予想以上に大きい。
果たして生きてこの島を出られるか、正直なところ相当怪しい……。
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