影を伸ばす、死の指の追跡者
——三日前、南ロゥダース島にある魔術研究所から救助を求める通信が入った。
その通信には幾つか不審な点もありながら、重要拠点故に捨ておくことも出来ない。
この事を重く受け止めた上層部は、俺たちに事態の解決を要求した。
「ったくよ、妙だぜまったくもってよ」
靴紐を結び直しながら、仲間が言う。
島への渡航中、与えられた船室での会話、この任務に対する俺たち六人の反応は芳しくなかった。
「あの島にはかの老魔術師様がいますからね、普通であれば我々が派遣される事なんて」
苦手な船旅に杖を握り込んで必死に耐える男、俺たちの中じゃ一番歴が浅い。
不安、疑念、様々なものが渦巻く悪い雰囲気、こんな時『役割』を果たすのは決まって。
「任務は任務だろ、ごちゃごちゃ言っても始まらん、何だろうと俺たちのやることは変わらない」
仲間たちの間に流れる沈黙、彼はいつも周りをよく見ている、相変わらずよく出来た二番手だ。
そう、俺たちのやることは変わらない、ただ伸び過ぎた草木を刈り取るだけ、一人を除いた全ての人間を始末する。
「仲間以外を信用するんじゃないよアンタら、研究所で事故が起きたなんて話あたしは信じない、間違いなく誰かに襲撃を受けている」
女の勘というのか、彼女の言葉はいつも真実を突いてくる、そこになんの根拠もないというのに、これまで数々の実績を作っている。
……空気を読まないのが玉にキズだが。
「せっかくこの話は止めようって雰囲気になってたのに、これじゃ台無しだぜ」
「ハンッ!人間様が思考停止しちゃあ花も蝶も変わらない、戦場じゃそういう奴は長生きできない、経験にあぐらをかいてりゃあね」
士気を下げるようなことは言って欲しくないのだが、しかし今更目を逸らしたところでか。
ほっとくと言い合いに発展しかねん、ここからはリーダーの仕事だ。
「死んでいるのでしょうね、老魔術師は」
決定的なひと言、だが衝撃はない、誰もが心の底でうっすらと感じていた、考えたくない最も最悪な可能性を。
「あのジジイが殺られるなんて有り得るのか、悪いが俺たち六人総掛かりでも無理だ、そんなのを倒せるのはどんな奴だ」
「複数犯だとして、規模は二十程度、緻密な計画と周到に訓練された手練の兵士達、それだけ集めてなお成功率は三割を切る」
「そんな人数どうやってあの島に近付く?小型艇か?あっちゅう間に補足されて火だるまだぜ」
私の発言が元となり、部下の間で議論が巻き起こる、良い方向に話を誘導できたものだ。
「自ら招き入れたという線はどうよ、というかむしろそれしか無いでしょ、何をしたって奴らの監視の目を誤魔化すのは無理だって分かる
理由は分からないけど、騙されたか何かで敵が内部に入り込んでしまった、つまり不意を打たれたってことになる」
「それこそ有り得ない、あのジジイがそんなヘマをやらかすか?」
「そういう驕りが人を殺すんだよ、罠に嵌めたつもりが逆に嵌められた、なんて話は珍しくもないだろう?」
「なら仮にそれが正しかったとして、お前は相手が何人ぐらいだと思う」
「さあね、一人ぐらいじゃないの?」
「馬鹿げてる!」
と、ここで。
「それが実際に起きてんでしょーよ、その馬鹿げた話っつーのがさ」
これまで話し合いに参加せず、ハンモックに揺られて目を瞑っていた彼が、いつも通りの軽薄な口調でそう言った。
「……おっかねぇ、おっかねぇぜこの戦場は、嫌な空気が充満して喉を詰まらせやがる、何が起こったって不思議じゃねえ」
再び私が口を開く。
「最悪を想定して行きましょう、施設は敵の手に落ち老魔術師は討たれた、挙句の果てには待ち伏せの可能性もある」
ずっと考えていた事を言葉にする、この段階まで来れば士気の低下を心配する必要も無い、彼らは皆プロフェッショナル故に。
「じゃあ、あの救援要請は敵が出したものだと?」
「そうでもなければ辻褄が合いませんからね、狙いは恐らくこの船でしょう」
恐るべき難易度の襲撃を成功させ、しかし運悪く助けは呼ばれてしまった、そんな都合の良い話があろうものか。
誰かがため息をつく。
「不利も良いとこだねえホント、人数も戦力も状況も不明、だが敵はこちらの接近を恐らく知っている、上が俺たちに頼る訳だよ」
しかしビビる者は一人も居ない、そんな奴はこの船室に存在しない、私が選出した私の部下達、百戦錬磨の強者。
ギシギシとハンモックが揺れている、もう間もなく目的地が近い、願わくば明日もこの命が続いていますように。
——ドンドンドン!
扉が乱暴に叩かれる。
「もう間もなく到着だ!各員配置に付け!」
ここから先はもう引き返せない。
「ふー、それじゃあ行きますか」
ハンモックから男が飛び降りる、戦いとなった途端やる気になる、普段からそうであってほしいが無理な相談か。
「私の台詞を取らないで頂きたい」
浮き足立つ男の肩を掴み、言う。
「そろそろアンタも引退かな、リーダーよう」
ああ、美味い酒に波打たぬ陸、それが恋しい……。
※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※
姿消し、足音消し、海面歩き、気配隠し。
それらを用いて上陸を果たす、各々練度に差があるのが不安だが、意外にも不意打ちは無かった。
私はそれが不気味でならなかった、何故最も無防備な瞬間を見過ごしたのか。
警戒レベルが一気に跳ね上がる、これは部下の何人かは死ぬことになるな、恐らくそれは本人も理解している事だろう。
島の中を六人で陣形を組んで歩く、誰が最初に殺されても不思議では無い、魔術師を相手取るとはそういうことだ、ここは濃厚な死の気配に満ちている。
何も無い、何も無い、何も起こらない。
仲間はまだ五人共全員無事でいる、探知の網にも引っ掛からない。
やがて我々はついに、件の研究所まで辿り着いた、ここまでなんの苦労もしなかった、私にそれが恐ろしくて仕方ない。
「——」
会話はしない、目配せをするだけ、あるいはハンドサイン、我ら四人はいつもそうやって仕事をする、信頼出来る仲間との絶対的な言語。
——ウィン。
扉が開く、封印の類は成されていない、中にはまだ人の気配が感じられる。
顔を見合わせ頷く、三人で揃って中に入——
「……」
不意に足を止める。
それを不思議がった部下達も同じく止まった。
嫌な汗が、流れる。
私は古くからこの仕事に携わっている、経験も人一倍積んでいるし、一騎打ちならば大半の相手には簡単に勝てると自負もしている。
そんな私だからこそ、自分の経歴を信用しているからこそ、どうしても奇妙と思わざるを得ない。
この島、この研究所、この状況、引き受けたからには勝算があっての事、ならば私が目にしている光景は妙だ。
足りない、はずがない、この戦力で私がこの任務を引き受けるはずがない、ならば考えられる唯一の可能性は——!!
私は仲間を失っている
「……」
仲間に、緊急事態を知らせる合図を出し、そうと分からないように周囲を警戒させる。
アッシュ、ラデューレ、そして私ゼビス、何度考えても他の仲間の事が思い出せない。
少なくとも六人は必要だ、陣形の形もこの少人数にしてはおかしい、もっと大勢の仲間を動員しなければこれは成立しないはず。
存在と記録を消す魔術か、それしか考えられない、我々が消されていないのは隠蔽の技術が特に高い三人だからだろう。
敵は攻撃を仕掛けてこない、ということは向こうもこちらの人数を正確に把握していないのではないのか、なら補足自体はされていないはず。
——研究所の中へ入るなと指示をする。
棺桶に飛び込むことはすまい、中の人間はとうに皆殺しになっている。
敵は我々の接近を島の何処かから見ていた、消された仲間はその時点で存在を知られた、しかし用心深い敵はそれに満足せず、他にも刺客が居ると予測し姿を隠し続けた。
複数人なら攻撃はもっと広範囲かつ『面』で行われる、その場合我々は全滅している。
意図的に威力が抑えられている、そして範囲を絞ったのは位置を悟られるのを恐れたため。
人数不利。
向こうがこちらを何人と予想したかは分からないが、私が奴の立場なら最低でも五人と考える、ならば敵の数はそれ以下だ。
少々危険だが、仲間に直接思考を飛ばす、情報を共有せずに勝てる相手ではないと判断したからだ、これで死ぬのならそこまでだ。
「……!」
動揺、鎮静、優秀な私の部下はすぐに持ち直した、そして同時に目の色が変わった。
『アタシは一人だと思う』
アッシュが勘を働かせる、そして私はそれを信じる、自分でもそうではないかと思っていた、戦術があんまりにも慎重すぎる。
『こりゃあ長期戦になりそうだ、参ったね』
こういう時ラデューレの緊張感のなさはありがたい、おかげでいくらか頭が冷える。
指を立て、サインを送る。
『敵は一人、探し出して殺せ』
もう顔も思い出せない仲間の仇、私に献杯の酒を掲げさせた報い。
貴様の血と臓物によって償わせてやる——。
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