地獄販売
横転し、炎上する車内に、生存者は見当たらない。
私は魔術で身を守り、この洗濯機の中に放り込まれたようなしっちゃかめっちゃかの地獄をやり過ごした、幸にして損害はどこにも無い。
瓦礫や死体を押しのけ立ち上がる。
「煙いですね……」
事情は知らないが関わりたくない、民間人が数多く乗る電車でこんなことをやらかす奴らが、まともな脳みそをしているはずがない。
私は足元に転がる邪魔な死体を蹴り避けて、さっさとこの場を離れようとしたのだが、ひしゃげた車輌の前の方の扉が開き、向こうから二人組の男たちが姿を現した。
「——!」
奴らは私の姿を見るなり銃を構えた、だが魔術師相手に早撃ちで敵うはずがない、私は余裕を持って迎撃を加えようとしたが、そこである違和感に気付いた。
——なぜこの事故状況でわざわざ後ろの車両を確認しに来る?
それは雨の日に地面が濡れているかどうか確かめるようなもので、クリアリングを意識したにしろ二人も人員を割くほどではない。
ならば私の存在、すなわち魔術師の気配を感じ取った者がいると考えるべきだ、結界魔術はその強力さ故発動の瞬間を気取られやすいデメリットがある。
バレている。
私を魔術師だと分かった上で探しに来た、そして案の定接敵、にも関わらず奴らはやる気で居る、つまりそれは何らかの備えがあるということ。
私は魔術の標的を敵から死体へ変更、血を酸に変えたうえで肉体を破裂させる。
「グ、ァ……ッ!」
怯んだ。
直線上に障害物がないことを確認し、杖の取っ手の金具を外して回す、クリスタルの杖を抜いて曲剣の形に変え、移動魔術で一気に距離を詰めた。
——ザンッ!
まず、すれ違いざまに一人の首を薙ぐ。
そのまま背後の男の喉元を突き、背中に向けられた銃口を振り返りながら片手で掴んでコントロールし、首裏に手を乗せて引き込み投げる。
——ガダンッ!
敵と敵が激突し壁に押し付けられたのを見て、私は獲物の長さを調節し二人まとめていっぺんに、胴体を真二つに両断した。
——斜めにズレ、滑り落ちる体。
敵は死んだが私の関心はそこにない、私は『もしや』と嫌な予感をさせながら、男達が持っていた銃に破壊魔術をかけた。
すると結果はどうだ、魔術が弾かれてしまった、そしてそれは武器だけに留まらず、男たちの体にも同じことが言えた。
「特殊なボディアーマー、離島の研究施設で見たのと同じ、いやそれよりも遥かに性能が高い、肉体の耐久性も異様だった」
最初に浴びせた酸は、一滴でも浴びればその部位が骨まで溶かされる代物のはずだった、だが彼らの体はほんの少し肉が凹んだだけで済んでいる。
切り付け、突いた喉も普通なら致命傷、動きからして大した訓練は受けていない、しかし敵はノータイムで反撃してきた。
肉体の耐久性、痛みへの耐性、魔術への抵抗力、たかだか雑魚に過ぎないコイツらが、私の攻撃をある程度耐えていた。
……今すぐ離脱するべきだな。
考える余地はない、すぐにそこの壁の穴から外に飛び出す、そして移動魔術を使って一気に離れる、ここは想像以上の地獄——
「——!」
魔術の気配を感じ取って咄嗟に分解する、どうやら捕捉されてしまったようだ、こうなればもはや術者を倒す以外に生き残る道はない。
今のは前の車両からだった、結局面倒ごとに関わるしかないのか、吸血種は私を助けるつもりは一切無いようだし、もう離脱は見込めないだろう。
「気の利いたサービスだな!まったく!」
悪態と共に、私は飛び出した。
※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※
前の車両に手練れの魔術師が一人いる。
飛んでくる魔術はどれも基礎的なモノばかりだが、それ故に隙が少なく反撃がしにくい。
脱線し、傾いたり倒れたりする列車内を、燃え上がる炎や四肢の千切れ飛んだ死体を横目に走り抜ける、障害となるのは魔術師だけではない。
「——いたぞッ!」
銃弾。
結界で防ぐことが難しい特殊なモノ。
一応防御は不可能ではないが、片手間に魔術戦をしなければいけないこの状況でそれは相応しくない、なるべく最低限の力で撃破する必要がある。
椅子を持ち上がらせてぶつけたり、床を隆起させて天井と押し潰したり、死体を操ってまとわりつかせ爆破したり。
直接害する以外にもやりようは幾らでもある、魔術そのものと魔術が起こした二次被害は別の扱いだ、多少処理が面倒なだけで大して脅威ではない。
どれだけ優れた装備を身につけようとも、所詮彼らはただの人間で魔術師でない、反応速度の勝負になれば当然勝負になどなるはずもない。
銃弾は食らっても致命的ではないため、あえて避けたり防ぐことはせず体で受けることにしている。
——もっとも、まず当てさせんがね。
殺戮と共に進軍し、やがて私は目的の場所に来た。
そこでは血だらけで倒れる鎧姿の男が二人、片腕を焼かれ鎧を砕かれ至る所から血を滲ませる二刀使いの女騎士、そしてそんな彼女の背中に守られるように隠れるドレス姿の女が居て。
それに対峙するように一般客の姿をした魔術師、黒い戦闘服に身を包んだナイフの男二人が戦闘態勢で向き合っていた。
「——!」
瞬間、その場の全員が私に気付いた。
私の正体をいち早く察知したのは魔術師の男、彼は私の心臓を止めに掛かり、私はそれを無効化し反対に血液を鋼鉄に変える魔術を放った、しかしもちろん通りはしない。
そんな両者のリアクションから、女騎士は私を味方と捉え、黒服の男は敵と捉えた、黒服の男は懐からナイフを取り出しこちらに投げ打ってきた。
——ガギッ。
曲剣の形に変えた杖でそれを弾く。
形は変わっても杖は杖、振りと同時に魔術を発動させられる、男の両手足の関節に空間ごと『捻り』を加え破壊を試みる。
が横合いから妨害が入る、魔術師は味方を守った。
——しめた。
遠隔で触感だけを飛ばす、魔術師の首に見えない指をかけ潰す。
「がっ……」
魔術師は一瞬動きを止められた。
結界と、移動魔術の組み合わせ、範囲内に踏み込んだものを塵と化す強力な物を身に纏わせて、一直線に飛び込んでいく。
「させ、るか……!」
しかし結界は打ち壊され、移動の魔術も途中で妨害される、私の歩みは半ばで止められた、そう黒服の男のすぐ近くで。
「——!」
私の意図を汲んだ女騎士は、私と同時に黒服を前後から挟み撃った。
避けられないタイミングで放たれたはずの挟撃は、しかし男の類稀な身体能力により、女騎士の放った一撃の下を潜り抜け背後に回られ躱された。
「なにっ……!?」
そいつはそのまま女騎士の背中に組み付き、首を掻き切ろうとしたのだが。
私は今しがた敵の魔術師が放った魔術、その構成に干渉し効果対象を変更、黒服にターゲットを返させて受け流した。
「——ッ!!」
男は心臓を押さえて苦しみだし、女騎士の背中から離れた。
彼にかけられた魔術は心破裂、本来は全身の血管がまるごと弾ける即死技だが、おそらくは装備のおかげで辛うじて致命傷を免れたようだ。
女騎士が黒服に掴み掛かり、護衛対象から遠けるのを横目に、私は一歩一歩前に前進しながら敵の魔術師と攻防を繰り広げていた。
——バヂヂッ!バシュッ!
目眩し、筋萎縮、肺硬化、逆流脈、男の放つ魔術はどれもこちらを行動不能に追い込む為のもの、打つタイミングも練度も並ではない。
杖から放たれる魔術は展開前に分解することができない、見てから反応して破壊するしかない。
差が付くとすれば杖を振る速度や振り方、仕込んだ術の精度、集中力に胆力、スタミナに反応速度、それは熟達の達人同士のやり合いに似ている。
手元で爆発を起こして相手の目と耳を眩ませたり、上下の重力を乱して体勢を崩しに掛かったり、合間合間に挟まれる私の『嫌がらせ』が着実に相手を追い詰めていった。
「く、くそ……」
後退り、舌打ち、表情を歪める魔術師、このままいけば1.5秒後に負けが確定する、奴はそうなる前にこの場を打開しようと目論んだようだ。
そこで放たれるは、私の奥の手。
——ビス。
「……は?」
心臓を撃ち抜かれ、信じられないというふうに目を見開く魔術師、私はこのタイミングで『魔導銃』の実戦運用を試したのだ。
弾丸は魔術、与えられた効果は貫通、魔術師相手ならたとえ頭を撃ち抜いたところで即死させられるような代物ではないが、ダメージリアクションにより相手の集中を乱すことは出来る。
杖を振る、呼吸を封じて思考を止める。
「しまっ……かはっ……!」
精神を支配して標的を誤認させる。
「おの、れ……ッ!」
魔術師は、自分の味方であるはずの黒服に、女騎士との熾烈なタイマンを繰り広げていてる仲間に、勝負の行方を決定付けるような取り返しのつかない魔術を放ってしまった。
「……ッ!?」
黒服の動きが止まり、その隙に女騎士が首を刺し貫く、そのまま壁に押し込んで窓ガラスを割り、列車の外に吹き飛ばしてしまった。
——ガシャァァン!
行く末を見届けて、間も無く精神支配から抜け出すであろう魔術師に、脳と心臓を根こそぎ木っ端微塵に破壊してトドメを刺しておく。
ついでに女騎士が窓の外に吹き飛ばした黒服の男の息の根も止める、目立った脅威はこれで去った。
他に敵が隠れ潜んでいやしないかと周囲を警戒していると、女騎士が傷口を抑えて膝から崩れ落ちた。
「ぐっ……」
「リノール!」
ずっと後ろで守られていたドレス姿の女が、女騎士に駆け寄って傷の心配をする、確かに傷は多いがどれも致命傷を避けている。
「かたじけない、ご助力感謝いたします、魔術師殿……かはっ……」
私は彼女の言葉を聞きながら、頭では全く別のことを考えていた。
——これで逃げられる。
悪いがコイツらの事情に関わるつもりはない、速やかに記憶処理を施し姿を消す、逃げるのに邪魔だった魔術師は始末した。
もうここに留まる理由はない。
私は記憶処理の魔術を放とうとして、次の瞬間、自分の目と耳で驚くべきものを捉えることになる。
「——その怪我では苦しいでしょう、私が手当を行います、事情は分かりませんが私でよければぜひ手助けをさせてください」
……っ!?これは!?
「ありがとう、ございます、しかし人様にご迷惑をおかけするわけには……」
「いいえ、見過ごすことなんて出来ません、何を言われようと黙って着いていきますからね」
違うッ!これは私の意思じゃあないッ!
悪魔だ、悪魔が私の体を乗っ取ったんだ、契約をここで使ってきたんだ!
だが保険がある!私は悪魔に対して『一度だけ体の主導権を与える』と約束した、しかしそれは『私が良いと判断するまで』という縛りを設けておいたはずだ。
故に、私が拒絶すれば、こんなもの——。
「私の名前はそうですね、今は明かせませんがとりあえず、敵でないことだけは確かですよ」
拒絶できないだと。
ま、まさか、まさかコイツッ!!
その時、悪魔が、まるで物語の黒幕が全ての真相を語りながら現れる、最終局面のような口ぶりでこう言った。
『ああそうさ、その通り、己の力を過信したなキャリー=マイルズ、おまえが提示した条件は確かにオレの自由を封じるものだった
だから契約に含めなかった、お前が条件を提示し終わる前に打ち切った、だからお前が信じていたオレを止めるストッパーなんてものはない』
何故だ!何のために!
悪魔は答えた。
『封印が解かれるにつれ、オレにはある力が戻ってきた、そのうちの一つは運命を盗み見る力
オレ達悪魔が人間相手に有利な契約を結ばせられる最も大きな理由だよ、ここぞって時のために隠しておいたのさ
知らなかっただろ?お前だけじゃない誰も知らないのサ、他にも何か隠してるかもしれないぜ?』
やられた、体を奪われた、しかし効果は永遠には続かないはず、コイツは一体なんの未来を見てこのタイミングで契約を使ったんだ。
ぐるぐる思考を巡らせる私を他所に、話はどんどん進んでいく。
「脱出しましょう!まずは手当を行います!」
「……ありがたい!」
なぜこの人間たちにこうも関わろうとするのか、キャリー=マイルズにやれる唯一のことは、思考することだけだった……。
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