色彩豊かな列車旅。
大魔術師との戦いを終えたあと、私は吸血種と協力して残りの魔術師共を皆殺しにして回った。
楽勝だったなんて口が裂けても言えないが、あの老人と比べてしまえば見劣りする、殲滅にそれほど時間は掛からなかった。
もぬけの殻となった建物内を散策して彼らの研究成果を物色、いくつか有用そうな魔術を仕入れつつ、魔導銃なるものの試作品を回収した。
機械と魔術が融合しないというのは、とうの昔に結論が出ているはずだが、それで満足するほど我々は甘くない。
あとは特に目立った成果はない、研究成果を書類に記して放っておくなど、杜撰な管理体制を敷いている魔術師は少ない。
ゴミ漁りは早々に切り上げて、ややこしい事態に発展する前にその場を退散、人混みに紛れて騒ぎの中心から距離を取り、泊まっているホテルに戻る。
「おいおい、直ぐに街を出なくて良いのかよ」
「まだ用事があるんだ、目撃者は全員消えてしまったわけだし、べスティアの死体を復元して現場に置いてきた、私に疑いの目が向くことはないさ」
エレベーターを二人で降りて廊下を歩く、部屋の前に来て扉にカードをかざし、ドアを開けて自室に帰還する。
「任務終了だ」
上着を脱いでハンガーにかける、手袋を外して机の上に重ねて置き、ズボンに挟んで持ってきた魔道銃の試作品なる品を取り出しソファに沈む。
「どれどれ、どんな発明かな……」
「おかしなもんを作るぜ人間て奴は、好奇心が高すぎるから俺みたいのに付け込まれて破滅するんだ、まったく欠陥だらけの生き物だな」
カチャ、カチャ、銃には詳しくないが極めて精巧な作りということだけは分かる、これは構造を理解するのにかなりの時間が必要になりそうだ。
「あぁそうそう、ちょっとお湯を貯めてきてくれないか、血の匂いが染み込んでるようで憂鬱なんだ」
顔を向けずに『彼女』にお願いをし、机の上に魔導銃を置いて分解を初め……。
「——ガゥゥゥゥッ!!」
獰猛な唸り声にビクッ。
驚いた拍子に道具から何から吹っ飛んで行った、銃が机から落ちて床に激突、途端発射される魔弾、部屋の壁に向こう側まで見える穴が空く。
「しまった」
「な、なんだ!?急に壁に穴が……」
記憶改竄、壁修復、やれやれと呟いて落ちたものを拾い上げ、獲物を前にした野犬のような唸り声をあげている吸血種に向き直る。
「お風呂ギライなのか?」
「違うわド阿呆がッ!!」
顔の横をライトスタンドが掠めていく、それは部屋の窓ガラスを突き破り夜空に吸い込まれていった、ついでに頬に切り傷がついた。
「処理が面倒だからあまり暴れないでほしいですね」
修復して、広範囲の人間の記憶を五秒ほど失わせ、顔についた傷を治療する。
「お主がふざけたことを言っておるからだろう、貴様どれだけ私を愚弄すれば気が済む、今ここで決闘を挑んでも良いのだぞ」
部屋中のガラスというガラスにヒビが入る、叫び声ですら兵器級の生き物だ。
彼女は私が知る少女レイノート=ファンブルクの姿ではなく、それよりひと回り大きい、大人の姿と読んでいい状態になっていた。
吸血種に成長の概念はなく、生まれた時から全て所持している、人間で言う『老い』を自力で調節出来ると言えば良いだろうか。
とはいえ、どれだけ肉体の形が変わろうとも、本人が保持する力については微塵も変わりはなく、多少性格に変化がある程度で衰えはしない。
彼女が速攻私に喧嘩を売ってこないところを見ると、その姿ではやや理性的なようだ。
どれほど話が通じるか試していたのだが、これなら私と会話する知能は足りていそうだ、少々手癖が悪いようだが。
「分かっていますよ、契約の話ですね、私から貴女へのお願いは完了しました、今度は私が貴女の命令を聞く番です」
ふざけるのは止めにして真面目な話、冷静な判断能力を奪ってから本題に入る、そうすることで粗が生じるかもしれない。
「何を願ってもいいですよ、自害を命じても良いですし服従を誓わせても結構、一発殴らせろでも舎弟になれでもどうぞご自由に」
「そんな低俗な命令は下さぬわ」
そうでしょうとも、貴女はどうも素直な性格をしているようだ、それでいてプライドが高い、その手の命令はしてこないだろう。
「悪魔の為に動いておるのか」
顎を引いて、睨みつけるような視線。
「蘇生と引き換えの代価にね」
発明品を弄り回しながら答える。
「何が目的だ」
「封印の解除、悪魔の力を取り戻す手伝い」
「果てに待ち受けるのは?」
「さぁ、彼が復活した後どうなるかは不明です、悪魔の気分次第でどうとでも」
私の害になるのなら抗うし、そうでないのなら放置する、とりあえず今はビジネスパートナーだ、不穏な契約をひとつ抱えてはいますが。
「進捗は」
「ズィードゥーク、残る封印はいくつですか」
「次で最後だキャリー=マイルズ」
少し驚いた。
まさかもうそんなに進んでいるとは、彼は事前に教えてくれないからな、一つ解放し終えて私が尋ねるまで次の情報を口にしようとしない。
「次で終わるそうだ」
「そうか」
ここで黙り込むレイノート。
なるほど読めたぞ、コイツめ封印を解除し終えるまで待つつもりだな、悪魔に復讐したいんだろう。
復活させて一発見舞ってやる腹積もりか、その後で私に再戦を挑むと、ならばまず間違いなく同行すると言うな。
「よし決めた、契約の完遂は悪魔が力を取り戻してからじゃ、直接顔を見て言いたいこともあるしの」
ほら来た。
「だが勘違いするな、貴様の良き友人となるつもりはない、利用価値を感じているだけだ、その辺を弁えないと命は無いぞ」
「ええ、もちろん」
利用価値で言えばこちらとて同じこと、悪魔が何を考えているか知らないが、もしもの場合味方として使えそうな駒は持っておいて損は無い。
何事も考え方ひとつ、視点を変えれば別のものが見えてくる、厄介な状況をどう利用してやるか、それが出来てこそ優れた魔術師と言えよう。
道具を置いて立ち上がる。
「それじゃ私は湯を浴びて来ます」
「……呑気な奴じゃな」
仮にも敵であるはずの自分を前にして、どうしてそんなに気を抜いていられるのか、彼女は不思議でたまらないようだった。
答えは簡単、もうこの吸血種は、私にとって難敵とはなり得ないからだ。
あの戦い以来、私は吸血種への対策を固めている、魔術が効きにくいのも厄介な血の攻撃も、二度と私に通用しない。
「私は出ていく、貴様のことは何処かから必ず見ているゆえな、寝首を搔かぬようせいぜい気を付けろ」
などという脅し文句を残して、レイノート=ファンブルクは姿を消した。
「なんだ、ずっと傍で付き纏うんじゃないんですか」
あわよくば精神支配を仕掛けてやろうかと目論んでいたのだが残念だ、せっかく魔術協会から面白い魔術を仕入れたというのに。
その日は穏やかに、暖かいお湯と美味しい食事に彩られ、最高品質の寝具に夢見を支えられた。
ここ数日の疲れが一気に解消されていくような気がするのだった……。
※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※
次の日。
私はべスティアの組織を壊滅させに動いた。
故郷の家族を持ち出してきたからというのもあるが、私は元々彼らを放っておくつもりはなかった、使い終わった物はきちんと片付けねばな?
本当は昨日やるつもりだったが、あの時のコンディションでは不適切と判断し、一晩しっかり休息をとることにしたのだ。
——おかげ様で絶好調だよ。
標的の居場所は割れている、先日接触した者には印を刻んである、どこに居ようとも筒抜けだ。
魔術で気配を消して近付き、すれ違いざまに心臓を止める。
ゴミ処理はすぐに終わった、まるで手応えを感じなかった、奴ら私を見つけ出して報復するつもりだったらしいが少し遅すぎたな。
最後の一人を片付けて、回収した魂から肉体の情報を復元し、協会の魔術師のひとりを現場に横たわらせる、相打ちの現場のように見せかけるのだ。
「あからさますぎるんじゃねえのか、かえってお前が怪しまれるぜ」
「誰も私を覚えていないのに、どうやって怪しむと言うんですか?」
仕事は完了した、もうこの街に用はない、最後の封印を解きに行こうじゃないか。
ちなみにレイノート、彼女はずっと私の後ろを着いて来ている。
上だったり下だったり後ろだったり、その時々によって気配の場所は変わるが、こちらを監視しているというのは共通する。
人混みを抜けて、建物に入って、切符を購入して改札を潜って、年季の入った列車に乗り込む。
——時間になり、列車が走り出す。
車内は比較的静かだが、ヒソヒソと聞こえてくる話し声では、昨日魔術協会が何者かに襲撃されたらしいとの話題で持ち切りだった。
「人気モンだな、名乗り出て握手でもしてやれよ」
戯言はいつものこと、目を瞑って時を過ごす。
レイは屋根に張り付いている、ちょうど私の真上あたり、わざわざ外にこだわる理由はなんだろうと考えつつ窓から外の景色を見る。
だだっ広い平原、吸い込まれそうな青空、シートは柔らかいし飲み物は美味い、初めからこういう旅なら良かったのに。
しばらくは考えるのもやめて、久しぶりの休日に旅行に来た観光客のような気持ちになって、ただ揺られて黙っていた。
しかし私はある時、私の耳が妙な気配を察知した。
前の車輌の方が何か騒がしい、トラブルだろうか、車内販売のカートが誰かにぶつかりでもしたのか、発作で倒れた者でも出たのか。
……いやそういう感じではないな、もっと深刻だ。
「何かあったんですかね?」
私の隣の席に座った青年が、席から身を乗り出し、通路の向こうを気にしながら呟いた。
「さぁ」
肩を竦めて答える。
どちらにせよ関わりたくない、これ以上イザコザは御免だ、散々血なまぐさい現場を経験したのだから今くらいは落ち着いていたい。
目を閉じる、別のことを考える、外界をシャットアウトして完璧に知らないフリを決め込む。
「僕ちょっと見て来——」
ドスッ。
青年の言葉が途中で中断され、代わりに何かが隣の席に倒れ込んだ。
ものすごく、嫌な予感がして、というか鼻先に香るこの匂いはもはや答えみたいなもので、凄く嫌々恐る恐る目を開けるとそこには。
額を撃ち抜かれた青年の死体が、天井を見上げた状態でカッと目を見開いていた。
——直後。
ドォォォォォンッ!
死体に気付いた誰かが悲鳴をあげる間もなく、列車全体が凄まじい衝撃に見舞われて、大きく勢いよく弾き飛ばされた。
「な、なんだ!?」
乗客の誰かが叫ぶ、そして……。
ギャィィィィィィィィィィンッ!
けたたましい鉄の咆哮をあげながら、レールを外れた車体は見事に横転した。
割れるガラス、砕け飛び散る座席、窓の外に放り出される乗客、天地上下がガチャガチャに入り乱れて跳ね回り、人が次々と人でなくなっていく。
腕、足、頭、ガラス片で刻まれた顔から飛び散った血液や、ひしゃげた車体に押し潰された者の内臓がそこら中にばら撒かれる。
何度も何度も衝撃が、凄まじい速度と質量を誇る列車は一度のバウンドでは止まらない、何処からか火の手が上がり鮮烈に爆ぜ飛ぶ。
私の耳が聞いた前の車輌の出来事、それは人と人が争う声だった。
ただの喧嘩ではない。
この列車にはどうやら要人が乗っていたらしい、そしてその人物が何者かに狙われた、つまり私は暗殺に巻き込まれたのだ。
この列車は、何者かの手によって爆破されたのだ!
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