疑念、疑惑、欺瞞、そして血の約定。


その後、我々は『互いに準備がある』という事で、実行日や作戦については後日、改めて場を設けて話し合うことなった。


突然の面会だったのだし、急いて決めることでもない、準備の内容については詮索はせず、あの場は無事にお開きとなった。


特にトラブルに見舞われることも無く、見送られた私は送迎の申し出を丁重に断り、徒歩で自分の泊まるホテルまで戻ると。


上着を脱ぎ、杖を壁に立てかけ、眼鏡を外して机に置き、椅子の上にドカッと座ってこう呟いた。


「どうも話の流れが気に入らん」


彼と話している間はあえて目を逸らしていた感情、態度に出てはマズいと無視をしていた。


「流れって、お前が自分で仕組んだことだろ?」


私の独り言に反応する悪魔、どうやら機嫌は直ったらしい、あの部屋の会話は当然彼も聞いている。


「ダメ元で投げた石ころが偶然鳥を撃ち落としたような感覚だ、正直に言って不信感しかない」


余所者らしき人間全員に声を掛けていたとして、ハナから怪しいとされる相手が多少気になることを口にした所で、あそこまで都合よく行くだろうか。


偶然にしては出来過ぎているし、わざとにしてはあからさま過ぎる、運命の出会いを装って相手に近付く結婚詐欺とまるっきり同じではないか。


「怪しいと思うなら何故あんな取引を交わしたんだ」


「一方的に遠くから監視される状況を避ける為です、危険を承知で私は敵の手を取った、いつでも喉笛を噛み千切れるように」


最大のガンはあの男、べスティア=レナード=ウィリアムズだ。


あれが浅はかな考えで動く男には到底思えない、これまで数多くの怪物を見てきたが、奴にはそれと同じモノを感じたのだ。


「私のことをいつ調べた、猶予は一時間と無かったはずだ」


その疑問は彼が魔術師だという事実が解決してくれるのかもしれない、そういうオリジナル魔術を使ったんだと言われればそれまでだ。


——と、言い訳しているようにも思える。


「何故私の主張は信じられた、ひょっとしたら暗殺者かもしれない、どう考えても怪しい人間をなぜ自分たちのボスに会わせたんだ」


色んなことを考えられる頭のいい部下だったのかもしれない、私には分からない『なにか』を会話の中から感じ取った可能性もある。


単に有能だったというだけのこと、ボスの度胸が据わっていたというだけのこと。


——そう納得するための材料が揃いすぎている。


魔術師に不可能はない、などと豪語する連中がいるほど我らは万能だ。


もちろん類稀な才と努力を掛け合わせた末の結果だが、新しい魔術を作り出すことはもちろん、その気になれば不老不死にだってなれる。


一部の、素質のある、選ばれた者にならば。


「自分が奴の立場だったとして、もし『魔術協会とやり合おうと思う』などと宣う人間が居たのなら、一度会ってみたいと思ってしまう事でしょう」


そこからどうやって相手の素性を調べたのかは不明だが、しかし魔術師ならば不可能では無い。


私に気付かれず拘束魔術を仕込むほどの技量だ、対面で会話しながら相手の記憶を読み取るなんて芸当ができてもおかしくはない。


ああいう立場にいる人間ならば、そういう技能が必要となる場面もあるはずだ。


このように、一見不自然に思える箇所でも、少し考えれば不思議と辻褄があってしまう。


だが、だからこそ私は気に入らない。


「相手を陥れたい場合、最も効果的なのは『自分の思惑通りに事が運んでいる』と思わせることです」


人は苦労して手にした物を大切だと思おうとする、例えそれが掴まされたのだとしても、考える力を奪い疑いを消してしまう。


「今後、背中には気を付けるべきだ」


奴が魔術協会の犬である可能性もある、初めから私を知っていたという線はまだ潰れていない、信用など一ミリも存在しない。


「要はお前がとんだマヌケをやらかしたかもしれないって事だな」


ひょっとしたら付け入る隙があるかもな、なんて考えが透けて見える。


「なに、上手くやるよ」


どの道協力者は必要だ、一人じゃどうしたって力不足だ、一応表面上は味方同士なのだから、焦って余計な行動を取るのは避けるべきだ。


別の協力者を探そうとしたり、ベスティアの身辺を調査したり。


こちらが疑念を抱いてると悟らせてはならない、万が一思い過ごしだった場合に、取り返しのつかない拗れ方をする。


とはいえ何もしないのも話が違う、あの男に悟られない方法でならあるいは。


「……ズィードゥーク、自分の力が何処にあるのか分かるんだよな?」


顎に手を当て、下を見て、考え事をしながら確認するように呟く。


「だからこうしてあちこち移動してんだろ」


当たり前だろと解答する悪魔、つまりその理屈ならもしかしたら。


「残滓でも追えるか?」


「オレの一部なら例外なく探知できる、どれほど小さく切り分けたとしてもな、魔術なんかで誤魔化したってダメだ」


頭の中の本棚を検索する、過去に見た魔術書の記載、特に悪魔に関するものを読み漁る。


そして見つける。


「記録では、悪魔は一度契約を結んだ相手と何らかの手段で意思疎通を図っていたと言う、遠くから揺すり唆し魂を奪い取るために」


「契約ってのはつまりお互いが繋がるって事だからな、見方によっちゃあ魂の同化なんて考え方も出来なくはない、そりゃ出来るだろうな」


微妙に歯切れの悪い答え方だ。


「やったことは無いのか」


ああ、と答える悪魔。


「そんな事わざわざしなくたって、オレに掛かれば挫けない人間なんてひとりも居なかったからな、こんなザマになるまでは」


私は再び考え込んだ。


思い付いた事がある、しかし非常にリスクが高く、場合によってはかえって状況が悪化する可能性が考えられる。


ただ、現状打てる最も強力な手であることも事実、恐らくこれ以上の策は存在しないだろう。


私の経歴が知られているのなら尚更、奴らには想像も付かない手がある。


「で、なんの悪巧みだ」


悪魔には私が何かを考えていることがバレている、既に向こうは取引体勢に入っている。


「一度だけ貴方の好きなタイミングで体の主導権を明け渡す代わりに、契約の縁を使って、に私の言葉を伝えてもらう」


盤面を破壊する嵐を、敵味方問わず吹き荒れるあの理不尽を、私は戦局に噛ませようとしていた。


「そうきたか」


まんざらでも無さそうな悪魔の声、この取引はきっと受領されるだろう。


「それで?伝える言葉ってのは?」


「お前に科せられた不当な契約を解除する代わりに、一度だけ私に協力してもらおう」


あの契約は正しく結ばれたものでは無い、強引に締結されたからには綻びが生じる。


片方にだけ不利の天秤が傾いたあの契約、効力としては非常に脆いはずだ。


無論、当人にどうこう出来る類の代物ではないが、こちらから新たに手を加える事は可能だ。


私はいけると思ったのだが、悪魔の反応は芳しくはなかった。


「それだと弱いぜ」


「良いんですかアドバイスなんてして」


そういうのは黙っておいた方が、後から自分の利益として活かせるはずだが。


すると悪魔は鼻を鳴らして言った。


「勘違いすんな、お前も知ってる通り不当な契約には不当な手を加えられる、強度の足りねぇ契約を結んでお前がもし殺されでもしたなら


今までやってきた事が無駄になっちまうだろうが、せっかく力を半分近く取り戻したっつーのに下らない理由でパァにされてたまるかよ」


長々とした説明を聞いた上で、改めて尋ねる。


「それじゃあどうすれば『正しい』ので?」


「そうだな……」


悪魔はしばらく考えて、それからこのように述べた。


「まず契約は解除する、俺たちを傷付けられないが、逆に自分はいくらでも危害を加えられるというもの、これは材料のひとつとして使える」


もうひとつ、と悪魔が続ける。


「プラスアルファ必要なんだ、マイナスをゼロに戻すだけじゃ相手の意志を強制出来ない、新たに交換条件を設定する必要が出てくる」


「となると」


足を組んで、肘掛に肘を置いて頬杖をつき、三秒ほど考えてこう言った。


「互いに一つずつ、相手に言うことを聞かせられる」


「そういうことだ」


一見リスクがあるように見えるが、あの吸血種の性格は戦いの最中ある程度把握出来ている。


『言うことを聞かせられる』


彼女はそれだからって、私に死ねと命じたり、反撃を封じて好き放題殴るような性格はしていないはずだ、どちらかというと再戦を挑んでくる様な。


雪辱を晴らせる機会があるとなれば、アレは喜んで飛び付いてくるだろう。


「保険にしてはリスキーだが、私の打てる最善手はこれをおいて他にない」


この地雷は自分の足を吹き飛ばす危険性がある、場合によってはただの自殺となり得る。


——しかしそれでも。


「ならば契約を」


——あのベスティアとかいう男よりは信用出来る。


「悪魔ズィードゥークの好きなタイミングで、私の体の主導権を一度だけ、私が許している限りの間与える代わりに


吸血種レイノート=ウィリアムズと結んだ取引を無効にし、かつ、互いに相手にひとつだけ命令出来るという条件で新たなる契約を結ばせろ」


慎重に、抜け穴を作らないよう、言葉を選びながら契約の内容を伝えていく。


こちらから悪魔に契約を持ちかけるのはこれで二回目、一回目は死の運命を回避した時。


「承知した」


今まで何度か取引を行ってきた、その度私は妙な感覚を味わっている、まるで自分が段々人間では無くなっていくような恐ろしい感覚。


力に溺れることの代償はよく知っている、私の目の前で何人もの魔術師が、暗い虚の底に沈んでいくのを見てきた。


私は決してそうはなるまい、あるいは既に片足を突っ込んでいたとしても、この人間の体だけは捨ててはならない。


「ひとまずは仮契約だ、これからあの吸血種をこの場に呼び出す」


初めからそちらに頼れば良かったかもしれないな、旧市街になど出向かなくても。


いや、私にタイマンで負ける程度の吸血種だ、言うことを聞かせられるとは言え流石に魔術師を仲間に引き入れた方が戦力としては役立つ。


この判断が間違いでないことを祈るしかない、自分を信じる以外に道はない……。


─────────────────────────────────────────────────────────────────────────────


ご閲読ありがとうございます!


よろしければ『いいね』または『感想コメント』よろしくお願い致します!


皆様の応援が励みになります!それでは失礼しました!またお楽しみください!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る