協会の魔術師


襲撃当日、我々はある建物の屋上から、目標となる魔術協会を見下ろしていた。


「最高のロケーションだな」


横でべスティアがそう呟く、彼はスーツに身を包んで片手には杖を握っている。


屋上には強風が吹いている、今日の空は灰色に淀んでいる、午後にはきっと雨が降るだろう、流れ出した血を洗い落とす浄化の雨。


今から酷い流血沙汰になる、それが敵の物であれ自分の物であれ、なにせ戦う相手が相手だ、我々に明日が訪れるかは分からない。


「作戦通りで構いませんね」


「ああ、打ち合わせ通り作戦はナシでいいだろう」


奴らに小細工は通じない、裏口を探したり内部から崩そうとしたり、そういったあらゆる策略は無意味だ。


魔術協会は閉じた世界だ、外部に一切門を開いていない、身分と顔を偽って入り込むことも出来ない、小手先の魔術は見破られてしまう。


残った道は正面突破のみ、正々堂々戦争を仕掛ける、それが最も成功率の高い方法。


「では行こうか」


※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※


人々が空を見上げる。


雲の反対側が輝いているからだ、赤く熱を持って燃えている、何かが向こう側に飛んでいる、そしてそれは確実に近付いて来る。


——ゴウ。


やがて姿を現す、実体が誰の目にも明らかになる、大きさを計るのも馬鹿らしくなるような、街の人々が見た事もない巨大質量。


その身を流星に変え目標に激突する、最も古く最も強力なその魔術は、今の世においても実際の戦場で使われる。


その際たる理由は探知が不可能であるということ、それから言葉にするまでもない破壊力、城壁も結界も尽くを打ち砕く大衝突。


攻撃を察知するには目で見て判断するしかない、しかし魔術協会の魔術師は、決して自らの意思で外界に目を向けない。


そして。


「隕石だあああああッ!」


誰かが叫ぶ、しかしその声は爆音に掻き消された。


ドゴォォォォォォンッ!


冗談のような熱波と、馬鹿みたいな衝撃が、強烈な指向性により魔術協会の外壁に叩き付けられる、結界の守りは根こそぎ消失した。


——ダッ。


崩れた建物と灼熱の岩石を押し退け、立ち上る黒煙の中から飛び出す。


※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※


すぐさま四方から魔術の気配がする、妨害魔術により正確な人数が分からない、姿を目視することさえ出来はしない。


風切り音、杖を振る音。


私が魔術を分解しべスティアが攻撃に回る、魔術戦の四工程を分担する。


前衛と後衛に別れる、通常魔術師は共闘をしない、背中を預けられるほど相手を信頼出来ないからだ。


だがもし、それが実現してしまったのなら。


——魔術師が五人、頭部を吹き飛ばされ死亡する。


どれだけ優れた魔術師であろうと、分解と攻撃を全く同時に行われれば対応できない、人間の処理能力には限界が存在する。


——杖を振る。


死体を操り傀儡とする、戦力としては役に立たないがデコイにはなる、やたらめったら魔術を使わせ撹乱にあてる。


役割交代、デコイに混じり魔術を乱射する、煙の中で反応を見せる者が居た。


素早く身を引き標的から外れる、べスティアが敵の魔術を分解、そして私が攻撃を発動させる、次の瞬間三人が同時に破裂した。


——パキ。


吹き出した血が結晶化する、歪で鋭利なそれは四散し、隠れた標的は防御せざるを得ない。


結界魔術の作動を元に、位置情報を割り出したべスティアは敵に攻撃を仕掛けた。


「グッ……!」


背後で苦痛の声が上がる、反撃を許したか、防御より相手を殺すことを優先させたな、しかしそれは致命的な隙となる。


心臓を凍結させる、あえて即死はさせない、次の行動の精度を落とし確実に殺す。


敵は攻撃を選んだ、しかし結果は変わらない、奴の時間は永久に凍結することになる、暗い死をもって地の底に沈んだ。


「高くついたな」


べスティアが生きているのを確認して、私は廊下へと飛び出した。


デコイと共に。


直後あらゆる方向から死の魔術が飛んでくる。


狙いは逸れていたが幾つかは私を引き当てた、数は大したことないが強度が凄まじい、複雑な術式を見た私は分解を諦める。


前もやった、魔術の一部を弱める、そうすることでダメージは受けるが反撃の機会を得られる、命を盾にして命を取りに行く!


顔が半分吹き飛ぶ、心臓がねじ切れる、視力と聴覚を失う、だがまだ生きている。


「苦痛の代償だ」


姿の見えない相手に術を仕掛ける、満点の殺意を込めて、しかしそれは巧妙に防がれてしまう。


舌打ちをして、片手間に傷を癒し、次の一手に踏み切ろうとしたところで。


——ガチャ!


扉が勢いよく開いて、協会の魔術師が姿を表した。


——認識、早打ち。


杖を振り合う、魔術が交差する、飛び交うのはどれも非常に致死性の高いもの、ひとつでも通過を許せば生存は無い。


0.5秒の攻防、都合八度の差し合い。


互いに決定打を与えられないままやり取りは続き、他所からの介入を気にした私は一瞬だけ手数を倍に増やし、相手を防御に集中させた。


その隙に杖を振る。


私を中心に魔術結界が広がる、それは防衛の為でなくため。


これより一定時間、魔術の使用が不可能となるッ!


——シャキ。


杖を片手で取り回しのしやすい曲剣の形に変え、加速し、透明な刃で切り掛る。


魔術が使えないことに気付いた敵は同じく杖を武器に変貌させ、私の斬撃に対応する。


キィィィン!獲物が擦れ合って、すれ違う。


振り返り、脇を閉めて剣を体の内側に構え、真っ直ぐ突き込むフリをして途中で軌道を変える、下から首を狙って切り上げる。


弾かれて、反撃が来る。


狭い通路の壁に密着してそれを回避、しゃがんで壁を肩で押出して離れて腹を撫で切る、だが刃は肉を傷付けることなく防がれる。


——ヒュッ。


返す刀で再度切り上げ、敵の意識を上へ誘導しながら踵で膝を真っ直ぐに蹴り付ける。


——ゴリッ。


敵の苦痛に喘ぐ声、今は痛覚遮断も使えない、刺激が脳みそにダイレクトに伝わる。


怯んだ隙に武器を持った相手の腕を掴み、下から半円を描くように手首を切断、片足を前に踏み出して目を切る。


「ギャッ……!」


更に。


右から左に振った剣を、肩甲骨を回して逆回転、間髪入れずに首を真横に切り裂いた、男は傷口を両手で抑えて床に倒れ、激しく痙攣し始めた。


後頭部を踏み付けてトドメを刺す。


結界を解いて振り返る、索敵に視線を動かすと、ちょうどべスティアが魔術師を三人始末し終えたところだった。


結界が解除されると、先程攻撃を仕掛けてきた姿なき魔術師が再度魔術を展開した。


私が防御に回り、べスティアが攻撃に、彼はその場から姿を消し標的の元へ飛んだ。


遠隔で攻撃を仕掛ける、彼の援護をしつつ通路の向こうから飛んできた石化の魔術を分解、すかさず反撃を加える。


前後から挟まれ仕留めきれない、対応に追われて防ぐのに手一杯になる。


多対一に手こずっていると、突然背中が爆発する。


バガァァァァンッ!


死角から撃ち込まれた魔術、衝撃に吹き飛ばされて床に転がる、意識が飛びかけたのを魔術で無理やり引き戻し一瞬でカウンター。


分解されて、鉄の槍が生えた壁に叩き付けられる。


ドスッ!


「奴らめ、わざと致死性の低い魔術を……ッ!」


即死級の魔術は確かに強力だが、だからこそ差し迫った危険以外は無視しなければならない、より致命的な一撃を防ぐために。


要は性格の悪いということだ。


しかもこの槍、ご丁寧に痛覚遮断が無効化される、不快感は言い表せないほど大きい、このままいくと死は遠くない。


——そうはさせるか。


敵の数と位置は把握している、複数の魔術を重ねて発動させる、同時に全員に食らわせる。


どれも緊急性の低い魔術だが、一度に大量に重ねられれば対応せざるを得ない、分解こそされるが反撃をする余裕はない。


「ハッ!」


ここで重ねた魔術のうちひとつを自ら破壊、そして即座に組み直して別の致死性魔術に変える、これにより敵は受けに回るしかない。


並の魔術師ならこれで一網打尽だった、しかし協会の魔術師ともなれば『展開』と『分解』の二つを別々に成立させるなど訳ないことだ。


死の魔術が複数放たれる、敵と私は全く同じタイミングで防御に集中、チャンスは不意にされた。


「やはり、複数相手では分が悪い!」


また撃ち合いが始まると思い、身構えたところで、離れた場所で行われている戦闘の雲行きが怪しいことに気が付いた私は、一か八かそちらの援護をすることにした。


彼に意図が伝わることを願う、現状を打破するにはそれしかない。


互いに魔術を相殺しあい、タイミングを見計らってべスティアの戦いを支援、すると彼はこちらの意図を汲んで私の敵に攻撃を仕掛けてくれた。


「……っ!?」


意識外からの不意打ち、それもかなりの術式、敵は防御に意識が向きその瞬間、攻撃の影から別の魔術が飛び出した。


反射で反応を間に合わせたはいいものの、無理な体勢で分解した為二の刃に対処しきれない、私は早打ちで負けない。


向こうで三人こっちで四人、ほとんど同時に撃破が完了する。


その後も我々は熾烈な争いを繰り広げながら、目的地である最上階を目指して進み、ある時黒い床の広間に出た。


——バタン!


「……!」


雰囲気の違う部屋の雰囲気に、私達はすぐに気が付いた、これは魔術によるものであると。


「外界から切り離されたか、空間ごと別の次元に固定されている」


離れたところでべスティアが呟く、それは途方もない技量を必要とする魔術だ、使える者などこの世にそう居ない。


「……都合よく、留守ではいてくれませんでしたか」


ここに乗り込むと決めた時、真っ先に懸念点として浮かぶある男がいる。


それは今の魔術協会のトップに君臨する存在で、私の知る限り最も危険な魔術師、毎年現れる大天才達を尽く挫いてきた男。


魔術協会が力を持っているのは彼のせいだ、彼が古くから協会の抑止力だった、機械技術に負けた魔術師の地位を揺るがないものにしている怪物。


そして。


「俺の力を持った奴がやってくる、封印された遺物を身に付けてやがる」


悪魔がそう言ってすぐ、なんの前触れもなく、部屋の中央に人間が現れた。


そこにあったのは、痩せこけた老人の姿であった。


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