術師斡旋
右へ、左へ、車での移動は随分長いこと続いた。
しかしエンジン付きの車なんて高級品、個人で持てること自体驚きだ。
技術革新の賜物とはいえ、まだまだ発展途上な機械であるし、維持費も部品代も燃料代も、どれもこれも目玉がぶっ飛ぶような値段だ。
私がこれから会う『ボス』とは、旧市街全体のビジネスを仕切る男だそうで、最も権力を握っている人物と言ってもいい。
やがて車が止まる。
巧妙に通り道を偽装していたようだが、街の地図は頭の中に入っているので意味は無い、今のうちから脱出経路を考えておこう。
万が一に備えてだ。
扉が開き、外から腕を掴まれる、そのまま車を降りさせられ、パーティ会場をエスコートするかのように道を案内される。
扱いは丁重だ、手荒では無い。
それは私が魔術師だからか、あるいはボスの客人だからか、どうも周囲から緊張が伝わってくる。
袋はとうに効力を失っており、呼吸も苦しくなければ視界を塞がれることもない、私の目には大層豪華な屋敷が映っていた。
それ以外にも。
カメラ、センサー、軍用犬、対空砲に装甲車、まるでどこかの国の軍隊のような有様だ、分かりやすい武力がこれでもかと。
どれもこれも魔術師の世界では見ない物だ、あんな不確かなテクノロジーに頼るよりも、我らには信用出来る技がある。
——キィ。
建物の廊下に通される、壁には絵画が飾られている、台の上に芸術品が置かれている。
そのうち私は窓のない部屋に案内された、中には椅子と机があり、そこに一人の男が座っていた。
彼はこちらに背中を向けており、どんな姿をしているのかは分からない。
「連れてきました」
男は椅子を後ろに向けたまま、片手をあげて『下がれ』と合図を出す。
それ以上男は何も言うことなく、私の頭の袋を外して部屋から出て行った。
——バタン。
その音を最後に、部屋は沈黙に包まれた。
※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※
聞こえるのは椅子の軋む僅かな音と、壁に掛けられた時計の針の音だけ、未だ両者共に口を開くことはしない。
……この空気。
たまらないな、傑物を前にした時のこの感覚は。
語らずとも放つ雰囲気で分かる、かつて魔術学院で幾度となく味わってきた、真に品位を備えた人間の底知れぬ気配。
私はお願いをしに来た立場であり、部外者で、彼らに破滅をもたらすかもしれない存在、ハッキリ言って目の上のたんこぶだ。
いつ手を出されてもおかしくない。
それを魔術師相手に護衛もつけず、目立った警戒もさせず一対一で相対するとは、何を考えているか分からん奴だ。
頬の歪みを抑えるのに苦労するよ。
——ギシッ。
椅子が回ってこちらに向く。
素晴らしい生地のスーツに、毛の一本の乱れもなく整えられた毛髪、艶の良い肌に良く鍛えられた体、血色のいい唇に伸びた背中。
特徴が無いと言えば特徴が無い、きっと彼がスーツを脱ぎ、居酒屋の一席にでも掛けていれば、その正体を見抜けるものは居なかろう。
「せっかくお越しいただいたと言うのに、無礼を働いてしまい申し訳ない」
男が人のいい笑みを浮かべてそう言った、私の中で警戒のレベルが跳ね上がる。
「あなたがたの暮らしと安全を守るためでしょう、むしろ随分丁寧に扱って貰ったと驚いたくらいです、このような部外者を相手に」
杖を小指から順に握り込む、それをゆっくり続けながら答える。
「ご理解、感謝する」
男の目つきはまるで庭で遊ぶ我が子を見るかのよう、とてもマフィアのボスとは思えない、頭の中を読むのは至難の業だ。
——カチ、カチ、秒針が時間を刻む。
「それでマイルズさん、貴女はどうやら人を探しているんだとか」
膝の上で手を組んで、感情の見えない声で語る男、喜怒哀楽のどれも感じ取ることは出来ない。
……名前か。
私はこの街に来てから、いやそれどころか旅に出てから、一度たりとも名を名乗っていない。
そもそも私は死人であり、世に出たことの無い魔術師であり、己の情報については学院時代から丁重に管理し必要に応じて抹消してきた。
入手経路は限られる。
ひとつ、初めから私を知っていた。
ふたつ、魔術師に知り合いが居る。
どちらにせよ私を売る手筈があるということ、故郷の両親についても調べがついてると考えて差し支えない、喉元に刃が突きつけられている。
「魔術協会に少々用事がありまして」
うっすらと表情筋を緩めたまま、彼の瞳の奥を見つめ返して言う。
「なるほど」
彼は椅子を立ち上がり、机の上の置物を指でなぞりながら、こちらに視線を向けずにこう続ける。
「外からの客人というのは良い、私の知らない話をもたらしてくれる」
コツ、コツ、と革靴が床を打つ。
右から左へ、机を回り込むように歩いて、黒い髑髏の置物を手に取った。
「この街はなんというか、魅力的で、あちらこちらから学者だのマジシャンだの商人だの、田舎ではお目にかかれない人材が集まってくる」
置物を机に戻し、ゆっくり回して向きを整える。
「だが良い事ばかりじゃない」
ちら、と視線がこちらに向く、そして男は直ぐに視線を外してワインのグラスを持ち上げた。
クルクルと回して鼻を近付け、香りを楽しみ、それに口をつけて傾ける。
満足そうに喉を潤わせたあと、グラスを腿の辺りまで下げて、私の目を見てこう言った。
「私はこの街が好きでね、週末には必ず……あぁ窓が無くて見せられないのが残念だが、この街で二番目に高いホテルの上から街全体を見下ろすんだよ
圧巻の一言だ、君もぜひ見てみるといい、部屋は私が手配しよう、きっと気に入る」
机に腰掛け、ワインのグラスを傍に置き、こちらを斜め上から見下ろしてくる。
「是非」
頷き、口角を上げて応じる、お互い笑顔を交わして平和な時間が流れる。
「こんな立場にいるがね、私は争い事は嫌いなんだ、人の血を見るのはなんというか……」
「気分が悪い?」
「そう、それだ」
ワインのグラスを置き、歩いて、再び席に戻る。
男が顔を上げた時、そこにはもう私の知る彼の姿は無かった。
「イザコザは私の最も嫌いとするところだ、宗教対立だとか文化衝突だとか、撃ったり撃たれたり刺したり刺されたり、まったくウンザリする」
身を乗り出して机の上で手を組む、彼の声調にはやや熱が込められている。
「他所から持ち込まれる揉め事は嫌いだ、だがそれよりもタチが悪いのは……」
男が机の引き出しを開け、中から何かを取り出し、そしてそれを私の足元に投げ捨てた。
「この街に居ながら、ルールを守ろうとしない者だ」
コロコロと絨毯の上を転がってきた物は、血塗れになった魔術師の杖だった。
——背筋がゾクゾクと、鳥肌が立ちそうになる。
私には分かる、その杖の持ち主がどれ程の魔術師であったのかを、そしてその戦いの内容を。
……叩き潰されている。
圧倒的な力量で真正面から、正々堂々と完璧に、全ての要素で上を行かれ至上の屈辱の果てに命を奪われている、万に一つの勝ち目も存在しなかった。
「相手が礼節を弁えた振る舞いをする限り、私も相応の態度で接しよう」
纏う雰囲気がガラリと変わる、部屋全体の温度が下がっていく、息が詰まるような重たい空気。
「だがいい加減こちらも我慢の限界だ、言わんとしていることは分かるだろう?」
無言の肯定。
彼は見抜いている、こちらの腹積もりを、私が勝算をどこに考えているのかを、感情を見せて来たのは『御託は抜きだ』という意思表示だった。
ならばもう隠し事はすまい。
「私は魔術学院で罠に嵌められ、死を免れるため悪魔と契約を果たした
その過程で結んだ契約のおかげで私は、封印された悪魔の力を解放するべく各地を奔走している
そしてそのうちの一つがこの街の魔術協会にある、私はそこへ乗り込み、目的を達成するついでに中にある論文やら魔術書やらを頂戴する気でいる
そのために、奴らと正面からやり合える戦力が必要だ、貴方ならそれを知っていると私は考えた」
洗いざらい、こちらの抱えている物をぶちまける、今更隠し事をしても無駄だと判断した、この話し合いは既にその段階に無い。
私の話を聞いた彼は、一切表情を動かすことなく、代わりに鋭い眼光が真っ直ぐ注がれる。
「勝てる算段はあるのか」
「生き延びる手段ならば」
「何人必要だ」
「多くて三人」
「いくら払える」
「望んだ金額を」
「私に断られたらどうする気だ」
「念の為あなた方を一人残らず始末させて頂こう、不要なモノを残しておくつもりは無い、その後他のアテを探す、心配せずとも騒ぎになることはない」
「その場合、君の故郷の家族の安全は保証出来ない」
「どうぞご自由に」
「防御結界でも張ってあるか?無駄だ、君の両親は友人や職場、地位、名誉を失うことになる、長い時間をかけてゆっくりと精神が壊れていく」
「それと私になんの関係が?」
交差する視線、お互い極めて理性的だ、理性的に剣の切っ先を突き付けあっている、口から出る言葉が真実か偽りかなど大して重要ではない。
これは手札の見せ合いだ、お互いの手の内を明かす儀式のようなもの、声を荒らげたり感情を顕にする必要は無い。
ただこうして平然と座って居れば良い。
長らくお互いから目を離さなかったが、やがて彼は音を立てながら背もたれに体を預けた。
「良いだろう」
一気に場の空気が軽くなるのを感じる。
「ありがたい」
礼を述べる。
すると半ば遮るように男が言った。
「ただし金は要らん、代わりに魔術協会の溜め込んだ備蓄を私に寄越せ、それが条件だ」
それを受け他私は、さぞ残念そうに首を振って言ってやる。
「仕方ありません、戦利品は諦めましょう」
もっとも、初めからそんなもの欲しいなどと思ってはいないがな。
「ではその『人材』とはどんな方で?」
「ああ、そのことだが……」
男が踵で地面を叩く、すると部屋の中には、これまでは目に見えなかった大量の拘束術式が、次から次へと姿を現し始めた。
全て私を取り囲む形で設置されている、今の今まで気付いていなかった。
なるほど、護衛が着かないのはそういう事ですか。
「お見事」
「光栄だ」
ではその床に転がった杖の持ち主をやったのも彼ということか、まったく気が付かなかったよ、大抵ひと目見れば分かるのだが。
「では残りの方はどちらに?」
「居ない、私だけだ」
彼はどこからともなく、飾り気のない真っ黒い杖を取り出して言った。
「この街で私より強い魔術師は存在しない、このべスティア=レナード=ウィリアムズの他には」
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