魔術都市バルゲミア
あれだけ激しい戦いをすれは当然だが、私の乗ってきた船は大破し沈んでしまった。
結局いつか自分で言ったとおり、徒歩で海を渡る羽目になった。
途中ハリケーンに見舞われたりもしたが、魔術師はどんな戦艦よりも頑丈だ、精神的に疲れるという点に目を瞑れば。
陸に到着する頃にはすっかり夜になっていた、雲のない空には月がよく輝いている。
「それで、次は何処を駆けずり回れば?」
「……東」
悪魔はすっかり気分を損ねてしまったようで、先程から一切の無駄口を叩こうとしない、私に契約で出し抜かれたのがよっぽど気に入らないらしい。
そんな悪魔のことは無視をして、案内された通りに道を歩く。
今の世の中、整備されてない道なんて物はなく、必ずどこかで人の手が加えられている。
歩きやすいのは結構だが、その分人との接触も増えてくる、特にこの辺は街が近いから、下手に目立つような真似はしたくない。
魔術は、使っても良いが今は控えている、ここ最近力を使いっぱなしだった、いい加減どこかで休ませなければなるまい。
だから。
「ごきげんよう」
「ああ、ごきげんよう」
だからこうして通行人と会話をすることもある。
別に後ろめたく思う必要は無い、堂々としていれば良い、こうして笑って気のいい挨拶を返していればそう怪しまれはしない。
しばらく街道を行くと街が見えてくる、どれも歴史あるデニング様式の建物だ。
石造りの建造物は高貴さと気品に満ちており、世界有数の魔術都市という名に恥じぬ風貌をしている、ここは観光名所としても知られている。
……あくまで表向きは。
都市を守る魔術結界は、たとえ私が百年を費やしたとしてもビクともしないだろう、あれは人にどうにか出来る代物ではない。
「身分証の提示をお願いします」
街の入口で手続きを済ませる、こういう時魔術師という身分は便利で、トレイの上に杖を乗せるだけで完了する。
「魔術都市バルゲミアようこそ」
「どうも」
ゲートを潜って街に入る、広場のところで観光客用のパンフレットが配られているので、それを受け取って広げる。
「それで、ここにあるんですね」
小さく呟く。
「……そうかもな」
なんとも曖昧な答えが返ってくる。
奴に肉体があったなら、肘で脇腹を小突いてやれたのに、それが出来なくて残念だ。
「……はぁ、あの高い建物なんじゃねーの、多分な」
悪魔でもため息を着くんだな、などと思いつつ、彼が示した建物を見る。
「嫌な予感がしてた」
この街の中にあって、他のどんな建物よりも目立つ優美な建造、ありとあらゆる術式が施されているのがここから見ただけでも分かる。
そこは魔術協会の本部、いかなる軍事基地をも凌ぐ厳重な警備、オマケに職員のほとんどが武闘派魔術師という敵に回すには少々無謀にすぎる連中だ。
だが、きっとそれは叶うまいよ。
私の居た魔術学院とは比べ物にならない、あそこは人間の行く場所では無い。
「ひとつ頂けるかな」
店でドリンクを購入する、金を払って入れ物を受け取り、カップを傾け視界の端に建物を捉える、果たしてどう攻略したものか。
柵に腰掛けて考えを巡らせる、あそこの傑物達を相手にどうすべきか。
結局考えがまとまる事はなく、私はひとまず宿を取ろうと思い立った、即日泊まれる場所は探せば見つかるはず。
——ガコン
飲み終えたカップをゴミ箱に捨て、ベンチの上に放置された新聞を取ってその場を後にした、とりあえずこの街のことを知ろう……。
※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※
旧市街。
手頃なホテルで休息を済ませた私は、ある目的を胸に、このお世辞にも治安がいいとは呼べない地区に足を踏み入れていた。
全体的に陰鬱とした雰囲気が漂っており、少し歩けば指名手配犯を見掛ける。
まさに治外法権。
ここじゃどんな犯罪行為もまかり通る、すべては旧市街を仕切るボスの力、元は協会の魔術師だった彼が、ここのあらゆる住民を守っている。
だからそんな街に、見慣れない人間が立ち入ったとなれば、しかもそれが魔術師となれば。
「おいアンタ、待ちな」
——ぞろぞろと男達が道を塞ぐ。
このように、検問に合うことになる。
「街に来て、ホテルに泊まって、それからやる最初のことが『旧市街へ行く』ってのは少し、いやだいぶ妙だとは思わないか?」
盗み見られた気配は無かった、となるとあの受付にいた奴か。
「少し用事がありまして」
落ち着いて答える。
「この街じゃ部外者は基本的に歓迎してない、どうやらただの観光目的じゃないようだが、そんなものは関係がない」
五人は油断なく構えている。
チンピラのような格好をしているが、その実漂う雰囲気は素人のそれではない、私を魔術師と知ったうえで絡んで来ているのだから当然か。
彼らの瞳には嫌悪が浮かんでいる、旧市街では魔術師は嫌われ者だ、特に他所から来た場合には。
「さっさと立ち去れ、でないと痛い目見るぞ」
腰の剣は良く使い込まれている、筋肉の付き方も戦いに特化している、重心の置き方も常住戦陣と言うに相応しい。
このまま放っておけば揉め事に発展するだろう、しかしながら私に敵対の意思は無い、むしろその逆で、彼らには協力してもらいたいと考えている。
——だからここで、切り札の一枚を切った。
「魔術協会とやり合うこと以上に、痛い目を見る事柄などそう無いと思いますが」
男たちの目付きが変わる。
聞き耳を立て、我々のやり取りを聞いていた街の住民も、一目散にその場から退散する。
「……お前」
認識が一気に『危険分子』へ変わる、彼らの瞳には明確な殺意が浮かんでいる、ここで殺してしまう方が良いのかと。
「やりたければお好きに」
両腕を広げて、杖を床に放り投げて、魔術結界を解いて無防備を晒して見せる。
罠では無い、私には防ぐつもりがない、ここで死ぬのならそれで良いと思っている、どうせ一人じゃ魔術協会を相手取れないのだ。
今死ぬか後で死ぬかの違いだけ、魂を悪魔に取られてしまうのは癪だが、そちらもやはり私にはどうしようも無い。
だがキャリー=マイルズは無謀な賭けはしない、彼らの頭の出来が良いと見込んでのこと、勝算のない戦いは進んでしない主義だ。
男たちは顔を見合わせて、何がしかの意思疎通を取ると、ひと言『来い』と告げて歩き出した。
「あぁ、もちろんだ」
※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※
薄暗い室内に、大勢のスーツを着た客、舞台上で女がポールダンスを披露して、従業員が酒とドラッグを運んでいる。
私は男たちに案内されてクラブに入り、そこである個室に通された。
「人を近付けるな」
「分かりました」
命令を受けた従業員が、部屋の前に『清掃中』の立て札を置いて近くで見張りをする、そして男がカーテンが閉めた。
「座れ」
言われた通りにする、杖を持ったまま足を組んで、背もたれに体を預ける、まるで少しも緊張などしていないように。
「それで?」
男が身を乗り出しながら言った、詳しく話して聞かせろということらしい。
今ここには彼しかいない、他に連れていた者達は、外からこちらを監視している。
どうやらこの男はそれなりの地位がある人間らしい、普段からこうして門番のようなことをしているのだろう、油断ならない男だ。
出された飲み物をひと口飲み、それからゆっくりと、膝の上で手を組んで質問に答える。
「必要な物があり、しかし正規の手段ではアクセス出来ない、小細工は通用しないため真正面から、目的のものを奪取して逃走を図る
一人では成功率が低いと踏んだので、ここで人材を探そうとしていた」
要点だけをまとめて伝える、極めて単純に、そして真実だけを繋げて。
「金か?」
「魔術師の酔狂に、金など何の価値にもならない」
つまりは金に糸目は付けないということ、目的のためならいくらでも出す、この十年間で溜め込んだ財産は莫大なものだ。
「欲しいのはどんな奴だ」
「度胸があり、機転の利く、優れた腕の魔術師で協会に恨みを持っている者」
それともうひとつ、と言ってこう付け加える。
「情に踊らされない者」
こちらの要求はこれで全部だ、あとは向こうの反応がどうなるか。
「なるほどな」
タバコに火をつける男、その所作からは不気味さが漂っている、彼には場の空気を支配する力がある、緊張感を生み出すのに非常に長けている。
「それでお前が捕らえられて、情報を吐かせられて、俺たちが連中に『区画整理』される訳だ」
やはり一筋縄には行かんか。
「それだけは無いよ、私はイザとなれば逃げられる、君たちのことが漏れる心配は無い」
「もちろん、そんな話は信用できない」
そうだろう、私もこれで済むとは思っていない、しかしこちらは魔術学院の人間だ、この程度では引き下がらない。
私は今品定めをされている。
ハナから話を聞く気がないのなら、こんな場所に通されたりはしない。
魔術協会をよく思ってない連中は大勢いる、奴らは裏の事情を土足で踏み鳴らす、金や品をせしめて研究の為につぎ込む。
生業を邪魔される者は大勢いる、彼らは維持とプライドを重んじる、侮辱には相応の罰を与えるのがルールだ。
しかし魔術師は強い。
まともにやり合えば敵わない、それは無論権力や、謀略といった面においても同じこと、旧市街の者達は黙って泣き寝入りするだけ。
代金を踏み倒されようが、不当な徴収に合おうが、お偉方の品物に勝手に手を出そうが、誰もそれを咎めることは出来ない。
裏の世界には怖い大人が沢山いる、彼らは日々腸が煮えくり返るような思いをしていることだろう、いつの日か償いをさせてやると。
「私がこの街の魔術協会を滅ぼしてやろう」
荒唐無稽な考えを口にした、少なくとも向こうはそう思ってるだろう。
「嘘と思うのなら魔術契約はご存知かな?然るべき人物と然るべき契約を結ぼう、その為ならばこの命いくらでも賭けよう」
もっとも私は一度死んだ身でいるので、命を賭ける類の契約は踏み倒せるのだが。
「……本気なのか」
「酒の席の冗談に聞こえるか?」
カーテンの向こうの声が騒がしい、まるで目の前の男の頭の中を表しているかのよう、やはり器ではこちらの方が勝っている。
もはや君に扱える問題ではないだろう、大人しく上の者に話を通すが良い。
しばらく待つと、男は席を立ち上がって言った。
「少し、ここで待ってろ」
そう言い残し、男はカーテンを潜って部屋の外に出て行った、大分慌てた様子で。
そしてまたしばらく待ち、やがて男が戻ってきてこう言った。
「お前をボスに会わせる、コレを頭に被れ」
膝の上に黒い布袋が投げられる、微かにだが魔術の気配を感じる、恐らく五感を遮断する類のものなのだろう。
「こんなもので用心になると?」
「体裁上必要なんだ、たとえ意味は無くてもな」
肩を竦めて布を取り、意外と肌に優しい繊維だな等と思いながら言われた通りに頭に被る。
そしてその瞬間術式を無効化し、当たり前のように効果を打ち消す、破壊した訳ではないので返す時に問題が起こるなんてことはない。
そして私は両脇から支えられて店を出、車に乗せられて運ばれて行くのだった……。
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