指揮者の手には屍が纏わりついている。


テーブルに乗ったケーキの皿、湯気の立つ豪華なティーカップ、街でのひと仕事を終えた私は彼のオフィスに客として招かれていた。


「良い味ですね」


モグモグと口を動かしながら感想を述べる。


「だろう?初めて会う相手には必ず勧めてるんだ」


食器を打つフォークの音、腹の探り合いをする必要のない相手なので、私は純粋に寛いでいる。


「わざわざ現場に出てくる必要はなかったのでは?関与を疑われては不都合でしょうに」


「平べったいお友達と距離を置きたかったのさ、いい加減苔が生えてしまう、それに貴女の腕前を見ておきたかった、良い経験ができたよ」


「ご期待に添えたようで」


——ズズ。


受け皿を持って紅茶を啜る、暖かい液体が体内を満たしていく、豊かな香りが気分を落ち着かせる、普段と比べるとかなり油断している。


背中を刺される心配は100%無い、互いに利用価値を認め合っているからだ、それに上辺だけでない友情を育んでもいる。


無論、もしもの場合は一瞬も躊躇いはしないが。


「エヴァンスの死は保守派の連中にとってかなりの痛手だ、信頼できる連絡役は貴重だからね、幾つかの計画は中止せざるを得ないだろう」


今回の暗殺で最も助かるのはクラリスだ、厄介な情報戦に終止符が打たれたのだから、今後の動きにはいくらか余裕が持てる。


彼らの最大の弱点は周りが敵だらけという点だ、実権を握っているとはいえ限界はある、ついに時代は発展を選択した。


そもそも魔術が才能至上主義なのは、吸血種や悪魔と繰り広げていた戦争が原因だ。


領地や資源を巡ってではなく、種としての生存を賭けた戦い、その時代の魔術師は今よりもずっと重要な意味を持っていた。


ハナから育つ見込みの薄い者に無駄なリソースを割く訳にはいかない、必然敷居は高いモノとなり、量より質が求められるようになった。


だが今はどうだ?


人と人の争いはそこかしこで起きているが、世界を壊すまでには至らない、あったとしても民間人の犠牲程度のことだ。


平和の中でこそ文化は成長する。


すでに優秀な魔術師の何人かは、国や企業から声が掛けられている。


今後はますます技術力が加速していくだろう、求められる人材は今の比ではなくなる、質よりまずは量を確保しなくてはならない。


要は金儲け。


魔術師ビジネスとでも言うべきか、魔術はあらゆる分野での活躍が見込める、想定される利益は莫大なものとなる。


……だが、それには邪魔なものがある。


そうだ、それこそが今の魔術世界、ひいてはそれを取り仕切る大魔術師のお歴々、彼らが掌握している権力ということだ。


よって『保守派』の周りは敵だらけだ。


まだ誰も表立って声は上げないが、水面下で彼らを引き摺り下ろすための計画が、あちらこちらで立てられている。


私が特に手を出さずとも、いずれ魔術の一般化は成されるであろう、ただそれが十年か二十年遅くなるだけで。


——勿論、そんなものを待つつもりは無いがね。


「準備は着々と進んでいる、このまま行けば革命の時もそう遠くない、夥しい流血の末我々は新たな夜明けを目撃することだろう


キャリー=マイルズ、今回は本当に助かった、重ねてお礼を申し上げよう」


深々と頭を下げて見せるクラリス、元々彼とは敵同士だった、魔術学院時代の私が保守派の皮を被って活動していたためだ。


誤解の末にやり合い、ある機会を得てコンタクトを取り、目的の合致から今に至るまでの間、様々なことで助け合ってやってきた。


私から彼に頼る時は、決まっていつも同じ内容だ。


——ゴト。


テーブルの上を滑るアタッシュケース。


「約束の物だ」


——パチ。


飲み物を置き、蓋を開けて中を確認する。


「偽の身分証複数枚、偽装登録済みの杖、それから当面の活動資金と、リストの人物についてこちらで調べられる限りの情報をまとめたものだ」


彼の言葉を聴きながら、ひとつひとつ品物を手に取り確かめる、クオリティや罠の有無、発信機の類が仕掛けられていないかなど。


「確かに」


やがて私はそう言って、品物をケースに戻し、蓋を閉じて足元に置く。


彼はお偉方との仲介役でもありながら、本職として調達屋の顔を持っている、もちろんここで言う本職とは『裏での』という意味だが。


「お代は結構、むしろこちらから払いたいくらいだ、君さえ許すなら支援金に追加で心付けを行いたいんだけどね」


冗談めかして笑うクラリス、本来これらは商品であるので、相応の値段が掛かってくるのだ。


「貸しにしておいてください、またそう遠くないうちに頼るでしょうから」


そう言って、最後に残った紅茶を飲み干し、ケースを持って立ち上がる。


「おや、今度はもう土の下には還らないのかな?」


イタズラっぽい笑みを浮かべるクラリス、私は壁にかけられた絵画を見ながら言う。


「もう少し隣人を増やしてからですね、今のままでは些か寂しいに過ぎる」


「私も手伝えたら良いんだが」


「気持ちだけ頂いておきましょう、ではくれぐれも名簿には乗らないように、貴方の枕元は常に空けたままであることを祈っております」


「胸に留めておくよ、さようならレディゴースト」


こうして、最初の殺しは締め括られた——。


※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※


舞い散る砂塵。


不快なそれら粒が口や服の隙間に入らぬよう、入念に施された風除けの結界が機能する。


服装はいつもの黒服ではなく、砂漠をゆく者として相応しい身なりに変わっており、明らかに観光を目的とはしていない。


太もものナイフ、腰のガンベルト、袖の中に隠したクリスタルの杖、不安定な足場でも問題なく動くことができるコンバットブーツ。


——銃声、爆発、衝撃。


ここは以前訪れた砂漠の、更に東に位置する場所。


そこかしこから血の匂いが漂ってくる、この国は現在紛争に明け暮れている、次なるターゲットはまさにここに居る。


「帰ったぜ」


階段から顔を出す男。


私は床に座って鍋を沸かしており、傍には携行食糧のパックが置かれている。


今は廃棄された民家に拠点を作っている、全体をよく見渡せる絶好のポイントだ。


「早かったですね」


声のした方をチラリと見て、服についた砂粒をほろうイヴィディア=ハンス=クルグヴァーンの姿を横目に、パックを鍋の中へと入れる。


「さすが砂漠の最前線、結界術には自信があるんだけどな、手前までしか偵察できなかった」


ハンスは私の命令で、事前に現地入りし情報を集めてくれていた。


この前救難に出向いた後のことだ、私が介入するのはもっとずっと後の予定だったが、思わぬ転機に計画が前倒しになった。


良いこともあるが悪いこともある、それはまだ彼がここに来てからそう時間が経っていないこと、情報はあまり仕入れられなかった。


——仕方のないことだ。


「しかし、あんた思ったより前衛タイプなんだな」


『こんなふうに自ら手を汚しに来るのは少し意外だったぜ』と言いながら、せっかちに鍋の中からパックを取り出す男。


まだ、規定の時間には程遠いというのに。


「魔術師だからって根暗というわけではありませんよ、私は極めてアクティブな人間です」


「この乾ききった砂漠にゃ、俺らのような潤いが必要だものな?」


それは赤く濁りきった水分だろう、我らが抱えている使命を考えれば、人の生き死に以上に砂海を濡らし得る方法を私は知らない。


——チャプ。


しっかり時間を待ってパックを取り出し、口のところを魔術で切り裂いて、そのままスプーンを突っ込んで食べる。


つい数時間前に食べたケーキが懐かしい。


ここではああいった贅沢は出来ない、どれだけ長引くかにもよるが、少なくとも今週はずっとこの生活が続く。


「外は魔術師だらけだ」


食事を摂りながら情報の共有を行う、少ない時間で調べられた全てを、この場で私に報告するつもりなのだろう。


「どいつもこいつも、戦場に取り憑かれた屍人どもだよ、真っ赤に血走った目をしてやがる、あれとやり合うのはちょっと勘弁だな」


「獣にも理性が芽生えることがあるようだ」


「バカ言え、俺が殺したいのは理性的な相手だ、あんな生きてるんだか死んでるんだか自分でもよく分かってない戦争屋共に、俺の興味はない」


質素かつ簡素な食事は、多少の後味の悪さを残してすぐに終わった、腹が満たされた気はしない。


——パカ。


一日の摂取量を厳密に定めた水筒を開き、ゴクゴクと喉を潤す。


量が少ないわけではないが、それでも湯水の如くとはいかない、きちんと管理しておかないと、いざという時に泣くのは自分だ。


「殺るのは難しそうだよ」


鏡を見ながら歯を磨き、私にそう言う。


「ザッと見ただけでも見張りが二十人以上、どいつもこいつも結界を纏ってる、優秀な術師が向こうにいるんだろう


おまけに魔術師が何人いるかは不明だ、影すらも踏ませてもらえなかった、だが間違いなく潜伏しているだろうな」


ターゲットの情報、すなわち作戦本部、敵拠点内についての調査報告を行うハンス。


「奴は地下にいる、元はシェルターだったものを、軍事利用のために改造したんだ、外から始末するのは不可能だろうよ」


彼の話を聴きながら、事前に飛空艇から撮った写真を元に作成した地図を使い、おおまかな敵の配置や侵入経路を記す。


「全体の戦況は?」


窓のところに設置された双眼鏡を覗き込み、周囲の様子を確認しながら尋ねる。


「完全なる泥沼状態だな、ただ士気は低くない、見たところ物資はかなり潤沢だった、戦争を終わらせたくない奴が裏に居るぜ」


元々これは東側のある独裁国家と、それに対する反乱軍が始めた戦い。


様々な勢力を巻き込みながら戦火は拡大し、砂漠には止むことのない血の雨が振り続ける、現在のところ終戦の目処は全く立っていない。


今回狙うターゲットは二人、ひとりは反乱軍を率いる総司令官、もうひとりはこの戦争に資金援助を行っている政治家の男。


どちらも保守派連中と深い繋がりを持っている、独裁国家の指導者は推進派であり、その存在を邪魔に思った大魔術師共が裏で糸を引いているわけだ。


今はまだ拮抗状態でいるが、バックの強さを考えるとそれも時間の問題だ、独裁国家側に勝ち目はないと言っても良い。


既にその予兆は表れ始めている、どうやら援軍が派遣される予定のようだ、それが到着すれば戦局は一気に傾くだろう。


「私たちの目的はターゲットの排除と、可能な限り反乱軍側の戦力を削ぐ事です」


荷物をまとめる。


「殺しまくれるって点じゃ文句はないがね、それにしたって退屈な仕事だ」


ため息と共に立ち上がるハンス。


「愉楽にも色々あるのですね、私には到底理解できませんが」


「俺からすれば、戦いになんの楽しみも見出してないあんたの方が、よっぽど不気味に映るけどな」


そんな会話を残し、我らは建物を後にした——。

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