戦場に雑魚は居ない。


いつ流れ弾が飛んできても不思議じゃない。


地面や建物が爆発したり魔術が行使されたり、そこかしこ至る所でドンパチやっている。


——チュンッ。


弾丸が目の前で焼き切れた。


もし私が魔術師でない生身の人間だったら、今ので眉間を撃ち抜かれ死んでいるわけだ。


なにも好き好んでこんな、硝煙立ち込める血風領を突っ切っているのじゃない、迂回路はことごとく結界が張り巡らされていて通れなかったのだ。


雨の降らぬ大地に落ちた一滴の水滴は、誰の目からもその存在が明らかとなる。


だから安全に抜けたいのなら、一見矛盾して移るかもしれないがが最適という事だ。


ハンスと私は離れた位置で並走している。


最前線を抜けるのはそう難しいことではなかった、そもそもが混沌としすぎていて、誰も部外者の介入に気付く事はなかった。


そう、ここまでは。


——敵地、手前。


ここまでは楽に来られた、一度の会敵も無かったのはまさに予定通り、だがそれもおしまいだ。


「どうだ、何とかなりそうか」


目の前の『防御結界』を指して尋ねるハンス、私は彼の問い掛けに首を横に振って答えた。


「破ることは可能です、ただ捕捉されますね、四方八方から集中砲火を食らいます」


一人の力じゃない。


複数人が合同して術式の構成に携わってる、だからこの結界を無効化することは、関わった全員に居場所を教えるのと同義だ。


「徹底的に偽装してもダメか」


「同じです、この結界はそもそも、破壊できないように作られてはいない」


本来強度に回されるべきリソースは、いったい何処に使われているのか?


答えは『報復』だ。


「砕いた瞬間、ある特殊なの施されていない者を感知して、死ぬまで消えないマーキングが着きます」


おそらく戦闘前に、敵の魔術師が味方に対して配ったものだろう。


魔術師に距離の概念はない、一度捕捉されてしまえばそれまで、あとは延々と狙撃が繰り返される、そうなればどうしようもない。


良くあるやり方だ。


妨害されないようにするのではなく、ある程度の脆弱性を残したまま、そこを突いてきた相手に痛手を与える。


単純だが強力な手法だ、ここをノーリスクで超える術は存在しない。


「必要経費です、予定通り行きましょう」


「了解」


だがこちらも、全くの無策というわけじゃない。


「では始めます」


私は結界に干渉し、その一部、ちょうど人ふたりが通れるだけのを開けた。


——瞬間、駆け出す。


結界に開けた穴は既に閉じ始めている、当たり前だ、私がやったのは『破壊』でなく『構造をいじった』だけなのだから。


ボールを手で押し潰したようなものだ、どれだけ力を加えようが、時が経てばその形は元に戻る。


これであれば呪いカウンターも発動しない、だが同時に補足も避けられない。


ほら来た!


——バヂィッ!!


「丁寧な歓迎ですね」


都合三十を越える同時発動魔術を無効化する、構成から発射点を読み解けないよう細工されている。


攻撃力を犠牲に、術者の隠蔽性を上げてあるのか、まったく何処までも実用的だな、敵ながらその手腕には感服するよ。


今のは単なる小手調べだ、呪いを回避しつつ敵地に侵入したこちらのことを、向こう側は既に脅威として認識したはずだ。


——ハンスとアイコンタクトを取る。


ここからはもう時間が無い。


さっさと狙いから外れないと、いずれ結界を解析されて詰まされる。


同じ場所に固まっていても良いことはない、我々は二手に別れて行動を開始した、少しでも敵の注意を散らすために。


——ドバァンッ!


左右の地面が隆起し、まるで猪を捉えるトラバサミのように閉じてきた。


一瞬で砂の塊に分解すると、今度は心臓を狙って魔術が飛んでくる。


私には再生機構リジェネレーションがある、このくらいどうってことはないが、種明かしをするにはまだ早いだろう。


——ヒュッ。


まるで糸を巻き取るかのように、杖を回して魔術を絡め取り、術式の標的認識機能を誤認させる。


これでもうこの魔術は、対象に到達することはなくなった。


私が目標をするまでは。


「辿ってゆけ」


——ピ。


杖を振る。


虚空に残された微かな軌跡、それは目に見えず感覚的にも捉えられないが、しかし『魔術』だけはそれを覚えている。


術者と標的はいわば一本の糸で紐付いているようなものだ、両者は必ず直線で結ばれている、だからその二つを入れ替えた。


術者の隠蔽性を上げているが故に、この術式はあまり頭が良くない。


要は単純な命令しかこなせないのだ、臨機応変さに欠けている。


魔術には距離減衰や弾速といったものがない、基本的には発動速着弾である、だからこの『入れ替え』は効くはずだ。


手応えのほどを確認する余裕もなく、今度は背後で気配を感じる。


「……!」


杖の形を剣に変えながら振り返る。


——ガギィン!


予感は当たった、背後に敵が出現していた、大人ほどの背丈はあろうかという大斧を持った老人だ、攻撃はギリギリで止めることができた。


接近に気付けなかった?


いや違う、そんな下手は打たない。


だとすれば考えられる可能性はひとつ!奴め、いったいどうやって、転移魔術の副作用を無効化しているんだ!


——ドゴォン!


建物の壁に魔術を使い、石槍に変化させ突き出す、だがそれが目標に当たる前に、老人は忽然と姿を消してしまった。


今のは単なる不意打ちではない、あの斧で私の頭をカチ割りに来たわけじゃない。


狙いは獲物の方だった、あの斧には刻印の魔術が仕込まれていた、杖に内包された術式を暴走させ自滅を狙う、非常に凶悪な技だった。


「杖に救われたな」


昔N.Aを卒業する際、そのお祝いとして、ラゥフが私のために作ってくれたクリスタルの杖、これの出来が良くなければ終わっていた。


やってくれる、だが大体の位置は掴んだぞ。


——ホルスターから銃を抜く。


大雑把で良い、方角さえ合っていればそれで。


——ダァン!ダァン!


弾丸は二発、しかし素材は鉄じゃない、魔術結界に反応して炸裂するよう式を組んだ特製の物だ、それにより得られる効果は。



「先程はどうも」


弾丸に込めたのは転移魔術だった、私は強制的にこの老人を呼び寄せたのだ。


「カハッ……!」


意図的に副作用を増大させて放たれた転移魔術は、対象となる者の肉体を急速に蝕む、あいにく私の転移魔術は特別製じゃない。


攻撃が防がれてすぐに戻ったのは良い判断だった、ただ居場所を変えるべきだったな、結界の内側に居るから安心とでも思ったか。


早撃ち対決。


向こうはかなりのダメージを負ったはずだ、にも関わらず魔術の冴えは少しも落ちてなかった。


——ゴウンッ!ドゴォン!


私は空に跳ね上げられ、老人は壁に突っ込んだ。


お互いに必殺を狙ったはずだった、それが直前で相手の狙いに気付き、魔術式を書き換えたのだ。


なんたる精度と早業だ、あれだけの消耗を強いられていながら、少しも精細を欠かさないとは、反応は間に合ったが分解しきれなかった。


……仕留め損なったか。


あれだけの腕を持った魔術師だ、傷はとっくに癒されているだろう。


——狙撃。


一対一のタイマンをやらせてはもらえない、すぐさま他所からの介入がある。


今の撃ち合いのおかげで、私の位置がより正確に敵方に割れたようだ、先程までとは使われる魔術の質が違ってる。


私は浮いたコマだ、さぞ美味そうに見えるだろう。


ではここで問題を出してあげよう、顔も名前も知らない魔術師どもよ、私は何故わざわざこうして、律儀に戦いに付き合っていると思う。


思い出せ、弾丸は二発あったんだ。


ひとつはあの魔術師を呼び寄せるため、ではもう片方はどうしたのだろうな?


『ワンダウン』


頭の中に声が響く、ハンスからの知らせだ。


途端、攻撃の手が止んだ。


ようやく自分たちの状況に気が付いたか、そうだ私は囮なんだよ、殺しに関してはキャリー=マイルズより適任なのがいるんだ。


さっき撃った弾丸の片方は信号弾だよ、隠れた敵の位置を知らせるためのね。


——移動魔術。


壁の穴に突っ込む、速度に任せて突撃しながら獲物を振り抜く。


それにより生じた衝撃波はソナーの役割を担う、息を潜めているのは分かっている。


——気配。


また背後に殺気を感じた。


しかし私は一瞬迷った、果たしてあの魔術師は、同じ轍を踏むような相手だろうかと。


だからあえてなのか、裏の裏をかくつもりか、敵の思考が読み切れず不安が拭えない、ならここはむしろ何もしないべきだ。


——ピシッ。


そう決心したと同時に、つま先から頭のてっぺんにかけてまでが石に変わった。


抵抗の余地もなかった、結界の守りを素通りしてきた、コイツさっきからやってる事が無茶苦茶だ、さすがその歳で現役なだけありますね。


——バッ!


石化した時点で普通は即死している。


だが相手はそれに満足せず、斧を構えて、石像と化した私をノータイムで砕きにきた。


実際、正しい選択だ。


保険を用意している魔術師は少なくない、完璧にトドメを刺したと思っても、何らかの方法で生き延びるケースはある。


今回も例に漏れない。


そういえばさっき私は『抵抗の余地もなかった』と言ったが、アレは実は正確ではないんだ。


石化が始まる前、つまり術式が構築された時点で、私はそれが防げない物だと気付いていた。


まさかあそこまで守りが意味を成さず、また素早いとまでは思っていなかったが、それでも反応自体は間に合ってたわけだ。


私は保険を用意していた。


再生使いにとって最も怖いのは『行動を封じられる』こと。


実際そうして敵を倒したこともあるし、逆に自分がやられたこともある、だから事前に緊急の策としていくつか手段を用意してあるのだ。


それこそが——。


泡沫うたかた零淵れいえん


——スパ。


「む……っ!?」


老人の両手、両足が、空中に張り巡らされた魔糸によって細切れにに切断され、宙を舞った。


——認識できない。


使用に少々仕込みは必要であるものの、一度発動してしまえば効果が絶大であることは、過去の実用例から理解している。


お前は自分から飛び込んできたんだ、警戒に警戒を重ねながら、私が何らかの動きを見せたらすぐに退避できるよう準備をして。


けどもう終わっていたんだ。


予想外のダメージ、一瞬の動揺、相手は私がまだ『魔術が使える状態である』として攻撃を止め、傷を治療して下がろうとした。


そして気付く、という事に。


「……これは!」


あの糸に切断された物体は、断面から先の情報が『初めからこの世に存在しなかった』状態になる。


普通、再生魔術というのは、元々の形を術式の中に記憶させておき、都度失われた箇所を修復しているものなのだ。


いちいち生やしていては肉体の方に負荷が掛かるし、微調整も大変で時間も必要になる、だからあくまでコピーしているだけなのだ。


異常が起きた部分に、正常な肉体情報を転写する、私の糸はそこに不具合を起こす。


不意の負傷、再生魔術の使用不可、幾多も重ねられた動揺によって綻びが生じる、そして私に掛けられた石化の呪いが解かれる。


速度、貫通性を高めた代わりに持続性が無い、オリジナルの方は効果が永続する、アレに比べると極めて遅効性だがな。


そして。


「貴方の負けです」


「おのれ……っ!」


早撃ち、だが勝負は既に付いている。


男は両手両足を失っている、つまり杖を手放しているのだ、杖は魔術師にとって必須ではないが、それでもあるのと無いのとじゃ大分違う。


——ドサ。


老人は脳を炭化させられ、心臓を溶かされ、その上で腰から上を拳大まで圧縮されて死亡した、床に落ちた塊に生命はもうない。


「……は」


一旦、ほんの少しだけ、深呼吸をする。


後遺症が残ってしまった、身体の節々がまだ石になったままだ、関節や筋肉の動きが硬い、それだけ強力な呪いだったという事。


最初に『どうせ治るから』と甘えなくて正解だ、もしも知られていたら結果は違っていた、ほんの小さな判断の差が明暗を分ける。


奴は、強かった。


私は結界を張り直し、ハンスの駆除に気を取られている相手の意表を突いて蝕術を放った。


居場所は分かってる、ハンスは守るのが得意な魔術師だ、なかなか倒しきれなかったろう、だがこれで頑張りが報われるな。


『一番厄介そうなのは仕留めました、加勢します』


『そりゃ良かった!いい加減限界だったんだよ!』


あの老魔術師が敵方の最大戦力だったであろうことは、彼がまだ生きていることからも明らかだ。


もし私とハンスの立場が逆だったなら、私は頼れる味方をひとり失っていた。


とはいえ。


——バヂッ!


「……他も、決して弱くはない」


ギリギリ脳みそに到達する前に無効化した高圧電流に焼かれた右腕が、煙を上げながら黒く焼け爛れ、ダランと垂れ下がるのを見てそう呟く。


再生持ち、それも魔術を用いない特殊な方法での、ということはバレたようだな。


一撃で息の根を止めに来たのが良い証拠だ、もう自分の身の安全を考えていない、だんだんこちらの手の内が知られてきたか。


防御魔術など、気休めにしかならんな。


目的地は、まだまだ遠い——。




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