お先にどうぞ。


紫色の雷が心臓を貫く。


防御結界を透過してきたうえに、構築から発動まで殆どノータイムだった、おかげで対処に遅れた。


傷口は即座に塞がるが麻痺が残る、立っていられずに膝を着くと、隙を狙って強烈な衝撃波が発生する。


——ドゥン!


結界が相殺された、私は一瞬無防備になる。


急いで貼り直す必要があるが、地面から這い出てきた砂の人形がそれを許さない。


足首を掴まれる、そして水分を奪われる。


カラカラに乾いた足首は、風化した建物のように容易く崩れさり、立ち上がる間もなく地面に沈められた。


そこへ風の刃が追撃を仕掛けに来る。


私はそれを視界に収めるや否や、瞬きの間に術式を破壊せしめたが、それが返って状況を悪くした。


「厄介なモノを……!」


破壊したはずの風の刃は、途端に拡散し分裂し、無限の嵐となってこの身を苛んだ。


あちらこちらを切り刻まれる、皮膚片や肉の欠片が宙を舞い上がる。


傷つく傍から再生が始まるがそれも今だけだ、このペースで酷使し続けたら、いずれ不具合が生じて再生が効かなくなる。


——やむを得ない。


杖を小さく振り上げて霧を発生させる、それに自身を包ませこの世から姿を眩ませる。


少し離れた地点まで移動して再出現、敵が私の存在を思い出し、再度照準を合わせるまでの間に、新たに魔術結界を構築し反撃に移った。


——駆け出す。


同時八箇所に仕掛ける死の魔術、敵は突然のことに面食らい、しばし防御に意識を集中せざるを得ない。


続けて第二の刃、私はもう一度死の魔術を発動し、だがそれが効力を発揮する直前に、構成式に手を加え別の魔術に作り替えた。


常識を覆す神の御業だが、奇を衒う程度の事で奴らは打倒できない、アドバンテージは無に帰した、彼方より放たれた紫色の雷によって。


——バヂヂヂッ!


対策は万全に整えたはずだった、にも関わらず結界を素通りされた、オマケに分解も間に合わない、構築から着弾までタイムラグが存在しない。


——ドサッ!


走る最中、心臓を狙い打たれた私は足をもつれさせ、派手に地面に転ぶと額を岩で切り裂いた。


神経の麻痺は前ほど酷くはない、無理やり魔術で治療したからだ、しかし反動で視界がぼやけている、前もよく見えぬまま赤濡れた眼を見開く。


——パキィィン!


眼前に迫った死を、ギリギリで弾く。


分解、分解、分解。


雪山で見られるダイヤモンドダストのように、そこかしこに砕けて散る光の粒子、後ずさりよろめきながら必死に対処する。


そろそろだ、そろそろ限界だ。


石化する左足、不規則に痙攣し始める心臓、止まらない額の血に分解される防御結界。


そして腹から突き出す石の槍を見下ろしながら、私は心からこう思った。


——もう保たないッ!


杖を持った腕が根元から切り飛ばされ、凍結の呪いが着弾しようというその時、頭の中である声が聞こえた。


『時間稼ぎ、お疲れさん』


ある魔術の気配があり、それを最後に私は全身を凍結させられた。


先生に負けた時に食らったあれと同じものだ、あとはまな板の上の鯉、煮るなり焼くなりお好きにどうぞ。


だがいつまで経っても調理は始まらなかった、術の持続時間が切れるその時まで。


——パキッ!


強力な魔術ゆえ効果は長続きしない、私は外に放り出された。


——ドサッ。


無様な着地を見せたあと、傷口を治療し立ち上がる、そしてその私の背中を叩く者がいた。


「ヒヤッとしたろ?」


背後を振り返るまでもなく、そこに居るのは我がパートナー、ハンス=クルグヴァーンであった。


「ワザとギリギリまで放置しましたね」


すっかり完治した手足を軽く動かし、千切れた腕を引き寄せ杖をもぎ取る、私の問いにハンスはヘラヘラと笑って答えた。


「万全を期すためだよ」


「それだけが理由ではないでしょう」


チラリと目だけ向けてそう尋ねる。


「勿論」


——パァン!


奴は杖を振って飛来した銃弾を粉々に砕き、こちらを振り返りあっけらかんとこう言った。


「あんたって本当に死ぬのか疑問だったんだ」


「残念でしたね」


「もっと残念なことがあるぜ」


ハンスは狙撃兵を血の花火に変えたのち、司令本部のある方角に体を向け、滾るようにこう呟いた。


「俺の手から逃れた奴がいる」


私を囮にしたハンスに一網打尽にされる前に、いち早く危険を察知して離脱したのか、まるで獣並みの嗅覚をしているじゃないか。


そう思い、不意打ちを警戒しなくてはと身構えて、周囲の気配を探ってみて気が付いた。


意味を理解した、ハンスがそちらを向いた意味を。


「気に入りませんね」


「そうか?俺は楽しそうだと思うぜ」


敵は居場所を隠そうともしていなかった、堂々と存在を主張して構えている、向こうの方で我々が来るのをただ待っている。


「付き合わず不意打ちで始末しますよ」


「やめろよ上手くいかないって分かってるくせに」


「良い方の言霊が働くのを信じましょう」


※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※


銃弾や砲撃の雨を掻い潜りながら、私達は開けた場所に躍り出た。


そこはまるで大波が全てを攫っていった後のよう、だだっ広い砂の大地が広がっているだけ、司令本部があるようにはとても見えない。


見えないがある、魔術的な隠蔽ではない、むしろもっと古典的な方法だ。


広場の中央に不自然な穴がある、それは地下へ続く人口の階段であり、我々の目指す司令本部への入り口であった。


「ようやく直に顔が見られたよ」


そこを。


「よくも仲間を皆殺しにしたな」


塞ぐように立って。


「二人ともだ、惨たらしく埋葬してやろう」


番犬のように守る男がいる。


「どんな小細工が飛び出す、結界か?呪いか?」


挑発するように声を張り上げるハンス、敵はその問いに対し行動で答えた。


——バヂッ!


『それ』の発生を知覚できなかった。


「ッ……」


「そうか、これか」


私とハンスは遅れて杖を振った、しかしそれはもう後の祭り、既に紫色の雷が胸を貫いていた。


雷自体の攻撃力はそう高くない、だが体に残る麻痺は深刻なものだ、コンマ数秒が生死を分ける魔術戦においてはこのうえなく厄介だ。


「貴様らの手の内は把握している、反応速度も、その上で俺は勝てると判断してここに居る」


一歩前に出る男、奴は杖をこちらに向けている、油断なく我々を見据えて警戒している。


「小学校から計算をやり直すべきですね」


私はそう言って魔術を構築する。


敵はそれを分解しに掛かるが、隣のハンスが妨害工作を行う、普通ならこれで勝負はつく、しかしそう簡単には勝たせてもらえない。


——パァァン!


「……!」


先に砕けたのは私の魔術の方だった。


ハンスの妨害の一歩先を行かれた、敵は私の魔術式を容易く破壊した、まるで初めから答えを知っていたかのように。


そして轟く紫電、私の反応速度の速さをもってしても対処が間に合わない速攻魔術、麻痺を治療する為一手遅らされる。


男は砂の嵐を巻き起こした。


操られる粒という粒に悪意が込められている、視界のみならず魔術的な探知さえ躱す、とことんタチの悪い戦法を取ってくる。


探してる余裕はない、かと言って一か八かに頼る局面でもない、不確実な探知はやめにして防御に専念する。


そう決心した直後、視界の端で魔術の気配を捉える、私は速攻でそれを分解して反撃を行う。


いや、行おうとして気が付いた、自身が分解した魔術式が実に馴染みのあるものであることに。


敵味方の区別が狂わされている、ハンスが私を攻撃しようとしたんだ、この嵐は対象を誤認させる力があるらしい。


説得の時間は無い、敵を探す余裕もない、砂嵐を消し飛ばそうにも手が足りない、敵は今も何処かに潜んでフリーでいる。


恐らく手出しはさせてもらえないだろう。


「やむを得ない」


私はハンスを戦闘不能にすることにした、不安定な味方を抱えている場合ではない、一人で勝てる見込みはないが仕方ない。


速攻。


奴とは長い付き合いだ、何が強くて何に弱いのかを熟知している、苦手な側で攻めるのは容易い。


そう考え実行に移したが、実際の結果とはかなり異なっていた。


私の放った魔術は、途中で構成式をいじられ、あらぬ方向へと逸れて飛んでいった。


「ッ……!?」


そして着弾点で、私ともハンスとも違ったうめき声が聞こえた。


私は瞬時に状況を理解して、我らを苛む砂の嵐を一挙に破壊せしめた。


視界が晴れる、そして青空の下に解放されたハンスが言う。


「あんたのやり口はよく知ってる、破壊のされ方で気付いたのさ、迷棺の霧サマなら即決で俺を切り捨てる方に舵を切ると判断したんだ」


『流石にアンタほど上手く反射出来なかったがな』


と、受け流しきれずに負った怪我を治療しつつ、苦い顔で呟くハンス。


彼でこれなら敵はもっと重症のはずだ、私達は即座に追撃の判断を取った。


——バヂィッ!


そこに当然のように合わせられる雷光、やはり今度も防ぐことは叶わなかった、相変わらず反応も防御もできない魔術だ。


……が。


「そう何度も通用するものか」


魔術自体に干渉は出来ない、だから私は敵と同じことをしてやった、体内に生じさせた蝕術によって敵の動きが一瞬だけ止まる。


それは痛みを与える魔術、人体の反射を強制的に作り出す、足止めに全てのリソースを注いだもの、奴の使う雷と同じ発想の魔術だ。


お互いに動きを止められるのなら、味方の居る私の方にアドバンテージがある。


麻痺から抜け出したハンスが攻撃を仕掛ける、敵は対処が遅れ痛手を被った、手や足や首の太い血管から血が吹き出す。


——ヒュッ。


私と敵、二人同時に杖を振る。


紫電が我らを貫き、蝕術が敵の動きを止める。


復帰を果たしたハンスが魔術を使おうとする、しかし当然すんなりとは行かない、敵はもう一度あの雷を放とうと構えた。


——トンッ。


意識が攻撃に向いた一瞬を突いて、私は移動魔術を使い敵の目の前に出現、杖を変形させて作った曲剣を振り抜く。


麻痺と言っても慣性までは殺せない、今私を止めても剣は到達する、だから敵は防ぐしかなかった。


——ガギィン!


同じく変形させた杖で剣を受け止める男、そこをハンスの魔術が襲う、はずだった。


「……悪い、麻痺が、抜けねえんだ」


——ドサッ。


異音に振り向く。


ハンスは力なくその場に膝をついていた。


「……しまった」


鍔迫り合いながら、私は、敵の口元が邪悪に歪むのを目撃した。


「奴は貴様ほど反応が良くないらしい、だから攻撃性を上げても通ると思ったんだ」


——カン!


敵は私の剣をかちあげ、そして胸ぐらを掴んで引き寄せた。


体捌きで拘束を外すと、左膝を電撃が撃ち抜いた、すぐさま治療が働くがこれでは間に合わない。


私は自ら身を捨てるように後ろへと倒れ込み、床に手をついてクルリと一回転、そして後方に飛び退きながら杖を振った。


敵はそれを華麗にいなしながら前に出て、早技で私を結界の檻に閉じ込めると、なんとか回復を試みるハンスに追撃を行った。


——バヂヂヂッ!


降り注ぐ落雷は、これまでの攻撃と比べものにならないほどの密度を誇っていた、それを見て私はハンスの再起不能を悟った。


「仇は取った」


敵がそう呟くのと、私が自らを閉じ込める結界を『裏返し』爆ぜさせるのは同時だった。


バ——!


これも雷撃では止められない、私の魔術は発生が恐ろしく早い、今更麻痺させても攻撃は止まない、だから敵はこれも防ぐしかない。


——ドゥン!


爆発的な拡張を見せた結界により、周囲一帯の建物という建物が全て消し飛ぶ。


敵は威力を相殺しきれなかった、ゴロゴロ地面を転がって吹き飛ばされていく、体勢を立て直される前に追撃に踏み切る。


地面に手を触れて術式を張り巡らす、すると目の前の地面が持ち上がり、巨大なドリルとなって回転、轟音と共に目標へと射出された。


さあ、私か魔術か、どっちを止める。


——バガァァン!!!


巨岩を引き裂く迅雷、なおも雷勢い衰えず、だが威力に振ったおかげか少々遅い、杖先で絡め取って構成式を書き換える。


そのまま頭の後ろを倒して回し、お返ししてやる。


だが敵は全く動揺を見せない、奴は当然のように自身の術に対するセーフティを備えていた、激しい閃光と共に雷が防がれる。


——視えた。


奴の結界が防御反応により露出する、即座に構成式を読み解き銃を抜く、弾丸に魔術を込めてトリガーを引いた。


——パァン!


結界が弾ける。


敵の守りは相殺された。


そのまま続けて六回トリガーを引く。


敵は即席の結界で弾丸を止めた、つまり攻撃の手が一瞬緩んだということ。


私はあらん限りの力を振り絞り、二十の魔術式を同時に組み上げ発動させた。


「把握している!」


瞬時に十五ほど分解される、なんたる早業だ。


残る五つの魔術に関しても、致命的な害が及ばない程度に弱体化され、たとえ直撃しても決定打にはなり得ない。


フェイントの掛け合い、剣の達人のように。


杖振りのモーションで誘い込み、膝や肩、腰の動きで敵の目を欺く、使われる魔術は実にシンプル、極めて殺傷力の高い呪いだ。


例えるなら大振りで殴り合っているようなものだ。


いかなる守りを備えていても、発動を許してしまえばそれまで、一瞬の油断が命取りとなる、焦って勝負を急げば足元をすくわれる。


——ビシッ。


同じタイミングで両者の杖が弾き飛ばされる。


奴は空飛ぶ杖を手元に引き寄せようとするが、すかさず私はもう一方の杖を抜いた。


クラリス=レーンに調達してもらったものだ、本来は偽の身分証として使う予定だったが、杖である以上は魔術の触媒にできる。


斬撃。


土壇場で地力の差が出た。


奴は私の手の内を把握していて、先手を取っているに過ぎない、だからこういうイレギュラーは、反応速度のギフトがよく効く。


——ザパ!


「グッ……!」


奴の右肩から左腰に掛けてまで斜めに亀裂が入る。


数は後退り、数を再生、杖を掴み体勢を立て直す。


ところで手癖というのは無意識に出るものだ、特に追い詰められた時にはそれがよく表れる、手の内を学んでいるのはお前だけではない。


——ズパ。


「……が、っ!!」


奴の左肩から右の腰にかけて、斬撃が加えられる。


「よし、勝った」


ここにきて私は雷撃の予備動作を見切った、速さで上を行くには出を抑えるしかない、この土壇場で奴は『慣れ』に頼ってしまった。


紫電が放たれる前に蝕術で動きを止める、そして十分な猶予を持って、私は奴に石化の呪いを付与してやった。


——ピシッ


そして生ける石像の傍に出現し手のひらを置く。


——サラッ。


すると石像は末端から形を失っていき、砂漠の風に載って流され塵のように消え去った。


「終わりましたよ」


誰もいなくなった砂上から目を離し、きっと軽口が返ってくるだろうと思いながら呟き振り向く、だがそこにあったのは黒焦げの死体だけ。


限界を留めないほど破壊し尽くされたそれは、人間の終わりを残酷なほどに表していた。


「先に行って休んでて下さい、私は先に行きます」


死骸から目を離し、階段に足を掛ける、抹殺対象の男はこの扉の向こうに居る。


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