怪物と呼ばれた魔術師
私はかつての自分の部屋、すなわち最初の工房、そこに立ち返り情報の精査を行っていた。
今の私ならば再開できる研究や、逆に『実現不可』と断じる事のできるもの、それらを振り分け今後の課題としておく。
魔術の一般化、仮にそれを実現したからと、私の生きる目的は失われない、ここにある数々の『机上の空論』を現世に顕現させてみせる。
まずはそう。
——懐にしまい込んだ小瓶を取り出す。
この血を使って不老不死の実現を目指す、吸血種のサンプルが前から欲しかったのだ、期せずしてそれが叶った、想定していたのより強力なものが。
こんなにも大量に。
メイン課題とサブ課題、両方を同時に並行して進めるなど造作もない、私は悪魔などに頼らずとも『生』を手放さないでいられる必要がある。
もちろんリミッターは設けるつもりだ、自分の最期は自分で決められるようにする、外見はこのまま固定して良いだろう。
幸いデータは取れた、サンプルも沢山手に入れた、私の計算が正しければ不老不死は夢じゃない、現状でも一時的な不死は実現している。
そうだ、思い出せ、あの模擬戦のステージを、アレが存在している以上拡張は可能だ、相応の材料と知識がありさえすれば。
「まずは実験だ」
私にはこういう時のためにとっておいた、大量の魂のストックがある。
それと合わせて肉体の情報も保存してある、故に人体実験には困らない、どれだけいじくり回しても被害を訴えるものはどこにも居ない。
魂には全て霧の魔術をかけてある、誰も下の持ち主のことを覚えていない、私だけの私のためだけの遊び道具だ、あとは完成させるだけ。
外部干渉を切断、次元を切り離す。
当時のモノとは格段に性能を引き上げた術式、いずれ役立つ日が来るだろうと、既存のものをアップグレードする術を先んじて身につけていた。
ただ移し替えれば良い、面倒な微調整は自動で済ませてくれる、十年の間にそう完成させた、魔術学院で得たものは非常に大きい。
仮にそこの扉を誰かが開けたとしても、切り離された次元で起きていることに、他所の者は干渉することができない。
私のみが観測できる、ここには存在しない工房、何処へで持ち歩けて展開できる夢の設備、これで私は何時如何なる瞬間も研究が出来る。
——ほくそ笑む。
コレを手に出来るのはもっと先だと思っていた。
魔術学院を支配するまでは、私は迂闊に外に出られなかった。
N.Aの存在と場所を知られてはまずい、私の工房が危うくなってしまう。
そして死んだ後も、契約という縛りがあったため叶わなかった、封印を解除し切ったあと私はどうにかして、悪魔を滅ぼすつもりでいたのだ。
故に、ずっとずっとあとだと、少なくともあと二年はと見積もっていた、それが達せられてしまう。
この魔術工房を成立させうる術式、我が奥義、秘術として扱うべきもの。
名前を付ける必要があるだろう。
私は五秒程悩んで結論を出した。
『秘匿工房 安寧の首吊り台』
私はこの魔術をそう名付けよう。
我が死をここに刻むのだ、我が死を解放する第一歩を踏み出したとして、不老不死の肉体を手にし、更には障害となるあらゆるモノを砕き。
そう、尽くを処刑するための秘密兵器、これからの発展の意味を込めて、私は私の驕りで送られたあの始まりの地をモニュメントとして残す。
私は早速『安寧の首吊り台』で片手間に不死の研究を進めつつ、本来の目の前にあるこの部屋。
現実世界に残っている工房自体の整理整頓も、同時に開始した。
不要なものは処分する。
十年だ、かなり内装が古くなった、新しいものに買い替えねばなるまい、秘匿工房があるからと言って現実を疎かにして良い道理はない。
そうでなければ私は、肉体も精神も、向こう側に囚われることになるだろう、力を手にした魔術師の末路をたどる気は無い。
——どのくらいの時間が経っただろう。
段ボールに分けられペンで書かれた『要』と『済』
それぞれ置き場所を区切り、重ねて圧縮し、全てが終わる頃には窓の外は暗くなっていた。
「内装まで手が回りませんでしたか、思ったより散らかっていましたね」
昔の私のハングリーさを舐めていた、専門外のことにまで手を出していた、どれもこれも粗末な出来で吐き気がする。
当時『了』に振り分けていた物の中から、まだまだ突き詰められるものが八十個は出てきた、箱ひとつでそれなのだ。
そんなものが合計で七千五百三十九個、その全てを半日で終わらせた。
喜ぶことは出来ない、何故なら予定ではこの三分の二の所要時間を見積もっていたからだ、読み違えに関しては重大に受け止めよう。
——手袋を外す。
黒ずみ、感覚の失われた腕があらわになる、これは戒めとして残してある。
死に物狂いで研究すれば、もしかしたら緩和くらいなら出来るかもしれない、しかしそれではせっかくの失敗の意味がなくなってしまう。
間違いは恥ではない、学ばないことこそが愚かだ、人はどんなことでも忘れて生きている、だから名を刻み証を残す必要がある。
先ほどの『安寧の首吊り台』についても同じこと、私はそういうのを大切にしている、二度と繰り返さないために。
と、その時。
——コンコンコン。
部屋の扉がノックされた。
音の高さ、大きさ、間隔から体格が分かる、扉の向こう側にいるのはキルシュだ。
「すんません夜分遅くに、センセイに聞いたらまだ起きてるはずだって言ってたので、こうして尋ねに来ました、少し話をしてはもらえませんか」
まず疑うのは復讐の線、だがそれは無いだろう、やる気ならわざわざ口頭で騙しのテクニックを使わず奇襲するはずだ。
次に私を利用しようとしている可能性、だがこちらも薄いだろう、何故なら彼は自分より格上の魔術師相手にそんな愚かな真似を働く人間でないからだ。
もう理解しているはずだ、骨の髄まで叩き込んでやった、あの時ステージで私の背中に不意打ちを放ってこなかった時点で、それは確認している。
——カチャン。
よって脅威とは見做さない、念の為備えはしておくが、とりあえず部屋にはあげて良いだろう。
「どうも、ありがとうございます、入りますね」
※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※
——キィ。
私以外の者が開けた場合に限り音がなる扉が、あたかも建て付けの悪いような顔をする、この音は私と部屋がどれだけ離れていようとも耳に届く。
もしもの場合は遠隔から、この魔術工房を封鎖する仕組みがある、侵入者と共に全て抹消する、あらゆる痕跡は虚無に洗われる。
他にも色々施してあるよ、挙げたらキリがないくらい多種多様に、私の専門は結界術だからね。
「……なるほど、勝てんはずですわ」
どうやら彼の目には見えたらしい、相当な隠蔽を施している筈だが。
「あぁ、いえ、視えたのはほんの一部分だけです、それ以外のよー分からんゴチャゴチャした凄いのに関しては、さっぱり見当もつきません」
相変わらず軽薄な男だが、しかし敵意を感じない、対抗意識というものが鳴りを顰めている、失敗から学べる良い精神をしてる。
「ここに来たのは他でもない、お詫びのためです、身の程弁えてないのは僕の方でした、貴女に勝とうなんて夢のまた夢
お笑い草ですわ、とんだ茶番でした、えらくみっともない姿を見せたばかりか、センセイの顔に泥を塗ってしまった、ありゃイカンでしたね
嫉妬してたんですマイルズさん、貴方の残した数々の記録、僕はどれも意地で超えてきました、だから僕の方が上だと勘違いをしてました
重ねてすんません、もうあんな舐めた真似は金輪際致しません、ご指導ありがとうございました、貴重な経験させてもらいましたわ」
『優秀』その言葉の意味を正しく認識できた。
なるほどな、ラゥフが私に頼るわけだ、彼女の与える挫折ではこうはならなかっただろう、余計に反発するか頭に血が昇るだけだ。
私でなければならなかった、対抗意識を燃やして、打ち勝ったと思った相手が、自分より遥かに高みへ登っていたと知る。
現状ではどう足掻いても勝てないと理解する、一度認めてしまえばあとは早い、能力のあるものならば一瞬であろう、問題はその『一度』の方だが。
彼は見事に機会を掴んだようだ、さっき戦った時とはまるで別人だ、憑き物が落ちたような顔だ、全て失い身軽になれたのだろう。
「なんか全部見透かされてる気分です、センセイも時々そんな目をします、僕はそれが嫌で嫌で堪らんかったんですわ、お前の限界はそんなもんだと言われてしまってるようで」
私はここで彼への『教育』を開始した。
「自分の能力を正しく評価される必要はない、外でなく内側に向けて価値を証明するのだ、それは自信につながりやがて余裕を生み出す
心の持ちようは思考や行動にも影響を与える、仮面をつけるだけではダメなのだ、自分の等身大の姿でなければ無意味だ」
言葉の意味を正しく読み取れるか、思考能力、あるいは咀嚼力、まずはそこから確かめていこう。
「深すぎてよく分かりません」
心の中で笑みをこぼす。
「勝手に自分の価値観に当てはめて、分かったようなつもりにならなかったことは賞賛に値する
賢き者が陥りやすい穴、高い理解能力は時として不利を呼び込む、過程を同時に、色眼鏡をかけず同様の重みを持たせて存在させておくと良い
分かるかな
どれが真実でも良いように、どれを捨てても良いように、拘らず感情を挟まず保管しておけ、それが出来るようになって初めて魔術師だと名乗って良い」
私の言葉を静かに聞いていたキルシュは、なるほどと頷いてこう言った。
「話せば話すほど差を思い知らされます、数時間前の自分を殺してやりたいですわ、ホント勝てるはずもなかったですねぇ」
恥ずかしそうに頭を掻いて見せる彼、初対面の時のように腹に一物抱えているような雰囲気はない、少なくとも私の目にはそう写っている。
とりあえず『要件その一』はコレで終わりだろう。
次に予想されるのは技術の話、精神面は勝手に成長していくだろう、細かく諭したりせずとも、自分で調べ学び改善するに違いない。
私は秘匿工房『安寧の首吊り台』から、片手間の片手間に作り上げた資料データを取り出し、近くの紙きれに転写して彼に手渡した。
「これは?」
「先ほどの戦いにおいて、私が使用した魔術の詳しい構成式と効果、お前の選んだ魔術の評価、改善点および『私ならこうした』を記し纏めたものだよ」
「こ、こんな分厚いモンをいつの間に」
「魔術学院ではこれくらい出来なければ生きていけない、初歩中の初歩だよ」
情報の同時処理、脳のリソースのフル活用、魔術を用いて思考の枠組みを区切る、第一第二第三の私がそれぞれ別のことを全くの同時に処理する。
戦いには使えない、あくまで雑務処理専用技術だ。
戦いに使えない理由は単純で、自分が何人居ても出される結論は同じだからだ、イタズラに手数を増やしたところで優れた魔術師相手には無意味。
それは『数的有利』に含まれない、かえって魔術ひとつひとつの質がおざなりになる、これもしっかり自分で検証して得た結論だ。
「僕、魔術師として何点ぐらいなんですかね」
「点数を与えられる段階にすらない」
「うわ、むっちゃ厳しい、逆に助かりますね」
彼はまだ十六、私は十三で卒業したが、そのタイミングは全てラゥフが独断で決めている、彼は見たところまだ基礎段階に居る。
そんな質問をしてきたということは、彼には私から学ぶ意思があるという事、ならば私も相応の振る舞いをしようか。
「お前に必要なのはまず考え方からだ、しかしそこは良いだろう、きっと自力で答えに辿り着く」
「意外と評価して貰えてるんですね、嬉しいわぁ」
「私は技術メインで教えよう、小手先のテクニックや卑怯な技、実戦で通用する本物の魔術、奥義についての大切な考え方などをね」
「……そんなん良いんですか?めちゃくちゃ大事じゃないですか、フツー教えませんよ人に」
「考えるといい、何故そうすると思う?」
思考に時間は掛からなかった。
「多分、アンタ自身の利益のためだ」
「具体的には?」
「命でしょうね、生存率確保の為に」
それだけだと少し足りないな。
「ラゥフへ貸しを作る為でもある、他にはお前を教えることで、お前の持つ技術を根こそぎ頂いてしまおうとも考えている
他には自分の指導能力を知る目的、ラゥフを近くで観察する目的、外側でのほとぼりが冷めるまでの間正当なる理由で隠れ蓑にする目的
果たして何個想像できたかな」
キルシュは言った。
「最初の三つだけ、あとは全然」
精神面は自力でなんとかすると言ったが、意識改革を手伝わないわけではない、こういう細かいところから変えていこう。
なるべく効率的に、さっさと実戦投入できるレベルまでに仕上げる必要がある、反発せず素直に言うことを聞けば可能だ。
他人の言葉を疑うなと言う意味ではない、疑う心と信じる心を同居させろということだ、両方備えておけば損は避けられる。
「じゃあセンパイ、これからよろしく頼みます」
こうして私の、研究と教育の日々が始まった——。
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