偉業を成す者


N.Aには魔術戦のための設備も当然備わっている。


そこに私とキルシュ=ランディッドは立っている。


離れて向かい合い、私は背中に両手を回して、彼は腰の二振りの刀を手に持って、両者共に結界を纏って臨戦態勢で居る。


「宜しく頼みますわセンパイ」


「良き立ち合いにしましょう」


審判としてラゥフがステージ外に立つ、区切られたエリア内には不死の魔術がかけられている、この空間でなら思い切り戦える。


「特に終わりは設けない、とことんやりたまえよ」


銃を天井に向けるラゥフ、それを合図にする気か。


「ふー……」


深呼吸、リラックス、スイッチを切り替える。


雑音が消えていく、内側に感覚が向いていく、体の中で起きていることが手に取るように分かる、脳波脈拍ともに正常値を記録している。


指の体操、魔術精度の確認、戦術の見直し。


纏っている結界の強度はどうか、筋肉の調子は、問題なし、問題なし、万全余裕無欠なり。


やがて。


——バァンッ!


開始の合図が鳴り響いた。


瞬間、錯綜する五つの基礎魔術、どれも種類は違うが狙いは同じ、相手を行動不能に追い込むもの。


——バヂヂッ!


それぞれ分解が行われる、どれも喉笛に届かない。


——様子見はそれで終わった。


「……!」


私は早速彼という才能を目の当たりにした。


魔術が展開されていく、凄まじい速度で、しかし私が驚いた才能とは決して『速度』や『精度』に関してのことではない。


だったのだ。


彼は魔術を、彼の意思とは関係なく発動していた。


その結果、何が起きるか。


——ダンッ!


刀を構え飛び込んでくるキルシュ。


彼は自分でも魔術を使って私を責め立てる、刀身にシャレにならない式をこめながら。


——数的有利!


魔術戦において最も恐ろしいのは複数戦だ、どれほど優れた魔術師であっても、一対多の状況で安定した戦績を残せる者は誰も存在しない。


居たとすればそれは戦術がはまったか、戦った相手がよほど烏合の衆だったかだ。


勝利は運に過ぎず、実力とは呼べない。


故に魔術戦における味方の存在は大きな意味を持つ、 かつて自前でその『味方』を作り上げようとしたものは大勢いた。


しかしそのどれもが失敗に終わっている。


『システム化』に際して最もネックなのは初動、大魔術に分類される『自動詠唱システム』は、発動までの隙がどうしても大きくなる。


その間に殺されてしまっては元も子もない、また詠唱速度の問題や射程距離の課題、あげく標的認識機能の設定が困難など数多くの問題があった。


それをこの男は、たった一人で、それも既存のやり方ではない完全独自の方法で実現している。


——バケモノ。


自動詠唱に加えて本体の魔術、そこから更に白兵戦に持ち込み、実質三対一の状況に持ち込む。


なるほど、流石ラゥフが天才と呼ぶだけはあるな。


——しかしだ。


私は杖を振る、すると次の瞬間、こちらに向かって突進していたキルシュが勢いよく弾き飛ばされて、結界に激突して地面に転がった。


「ガハッ……いったいなにが……」


彼は起き上がり、頭を振って顔をあげ、そして目を見開いた。


「……ッ!?」


それもそのはず。


何故なら彼が見たものは、彼自身が発動し標的を定めたはずの『自動詠唱魔術』が、光景だったからだ。


——ドッ!


……タネは簡単、私が今まで散々やってきた事だ。


術式を分解するのではなく、一部分だけに改変を加えて、魔術の着弾点を術者本人に設定する、攻撃をそのままお返ししてやったのだ。


無理に破壊する必要はない、複雑な構造かつ強度を誇るあの大魔術は、戦いの最中にどうこうできるような安いシロモノではない。


だから、オートで展開される攻撃魔術の式を弄る、テンポが一定のそれに手を加えるのは、人を相手にするよりずっと簡単なことだった。


よって形勢は一気に逆転した。


「そ、そんなバカな」


杖を構え、前に歩いていく。


——バヂッ、バヂッ、バヂヂ、バヂィッ!


これでだ。


彼は私が見せた『手本』に従って着弾点を元に戻そうとするがしかし、前に歩きながら放たれる私の魔術の手数に押され、それどころではない。


「僕の、心血注いで作った最高傑作が、かえって」


優れた術式であるからこそ、対処は容易でなく、この追い詰められた状況ではどうしようもなかった。


隙をついて結界を破壊する、そこに直撃する自動詠唱魔術、続け様に私の追い討ちが加えられる、死の概念が与えられ生命の循環が終わる。


——ドサッ。


戦闘時間六秒、最初の勝負が決まった。


「く、そ……」


少しの間を置き立ち上がるキルシュ=ランディッド、彼は一度死んで蘇った、この結界内では誰も死ぬ事は出来ない。


彼は刀を拾い上げ、こちらを睨み付ける。


私は彼にゆっくりと語りかけた。


「その魔術は根本からして欠陥があります、誰も完成させられなかった理由をご存知か、それはと断定されたからだ」


「ハ、怒らせようったってそうはいかん、アンタのその手には乗りませんよ、僕馬鹿じゃないんで」


私は鼻で笑って言ってやった。


「いいや、大馬鹿者だよ、戦いの場で呑気におしゃべりしているような奴は」


——彼の両手の刀が粉々に砕け散る。


「……!?」


私が何のために話しかけたと?模擬戦だからいちいちステージ中央に戻ってグローブを合わせる必要があるとでも?そんな訳があるかマヌケめ。


時間を稼いでいたのだ、お前のそのヤバそうな武器の構成を読み解くためのな、そして砕け散った粉々の刀身が空中に留まり一斉に襲い掛かる。


——ブオンッ!


自分の作った術式に対する備えは持っていた、彼は専用の結界を発動させて身を守った、いや正確には『守ろうとした』が正しい。


「ガハッ……!」


血を吐き膝をつくキルシュ。


お前が身を守る術を持っているのは分かっていた、優秀だと聞いていたからな、そのくらいの保険は用意してると思ったよ。


だから差し込んだ、結界を発動する瞬間、意識が逸れる一瞬を狙って隙間に魔術を、彼は心臓を細切れに刻まれて即死した。


——発動する不死の魔術。


キルシュが再生する、そして起き上がり、即座に魔術を放つ。


——ヂ!


正面からの撃ち合い、反応速度の勝負、早撃ちで私と張り合えるものは多くない、経験不足のクソガキではなおのこと。


キルシュの上半身が吹き飛び血の雨が降る、そして再び発動する不死の術式。


「……ちぃ!」


悪態をつき、杖を抜くキルシュ。


死んだばかりのはずが怯まんな、痛覚遮断か、難易度の高い魔術だがその歳で扱えるのか、しかし知っているかその技のデメリットを。


「調子に……ウグッ!?……ゴフッ……」


「アイツ……」


突然血を吐いて床に倒れたキルシュを見て、ラゥフがステージ外で小さくつぶやく。


その通り、貴女の魔術ですよ、ただし著しく劣化していますけどね、十年という歳月を費やしてなお私に出来たのはこの程度でした。


本家には遠く及ばない、感染は良くても発症から戦闘不能に至るまでの速度が遅すぎる。


だからでもないと、まず実戦では効果を発揮しないだろう。


痛覚を完全に遮断するとそうなる、痛みという情報は情報で別の形で脳に伝達されるよう、独自のプログラムを設定する必要がある。


もちろんそこまでしても本来の痛覚の敏感さには程遠いがな、黄金蝕本人にはそれも通用しない、だが備えていれば今のは気付けた。


——未熟者め。


「が、はっ……センパイ、この、魔術……は……」


杖の一振りで脳みそと心臓に拳大の穴を開けながら復活に合わせて別の魔術を仕込んでおく。


——発動する不死の呪い。


起き上がった瞬間、奴は拘束されて地につくばう。


「がっ……」


即座に脱せられるが、即座程度では遅すぎる、死が確定した瞬間に対策をしておく、そのくらいの頭がなくてどうする。


再び腰から上を消し飛ばされ死亡するキルシュ。


「想像以上だ、話にならん」


「くそ、があああああああああッ!」


冷静さを失い、タガが外れ、感情の昂りと共に狂魔風が吹き荒れる、その力は絶大であり、たった今私専用に作り上げられた魔術だった。


——フォン。


「……た、」


もっとも、それは付け焼き刃と呼ぶのだが。


私は移動魔術で彼の目の前に出現し、曲剣の形に変化させたクリスタルの杖を振り抜いた、発動するのは深淵の眠り。


——ドサッ!


掠っただけで意識を失い、二度と目覚めることのない眠りに落ちる、直線上に遮るものがない状況において、接近を警戒しないなど論外だ。


倒れ伏すキルシュの後頭部に切先を突き刺す。


「……っは!」


息を吹き替えすキルシュ。


魔術の腕はもう分かった、後は白兵戦を見てやる。


私は杖を振り上げステージ全体に禁則を敷いた、それは魔術の一切の使用を禁ずるフィールド、発動し切るまでに一秒だけ猶予を残した。


その猶予で私は彼の、私が破壊してしまった二振りの刀を修復してやって、あえて自分から距離を離して獲物を構えて向き合ってやった。


「ウ、ゲホッ、ゲホッ……ガフッ」


胸を押さえて苦しそうにしているキルシュ、おっとしまった、治癒が終わりきるまえに禁則が発動してしまったようだ、まだ傷が残ったままだな。


勿論、知ったことではないが。


「……バカに、してるのか、お前」


震える足で起き上がり、膝を立てるキルシュ、そんな彼に対して私は言ってやった。


「ネズミをネズミと罵る者は居ないよ」


「……ッ!」


——ヂャキッ!


刀を拾い上げ、怒りのまま突っ込んでくる男。


は、この程度の安い挑発に乗るタマか、わざとそうさせる為に話しかけてきたくせに、頭の中は極めて冷えたままなのだろう?


杖を手から放し、落ちる過程で柄を蹴る。


——ヒュッ!


それは勢いよく飛んでいく、だが私の獲物は透明のため目で見えない、着弾のタイミングは感覚で測るしかない。


——ヒュンッ。


ドンピシャのタイミングで迎撃の刃は空を切り、代わりに彼の胸に深々と剣が突き刺さった。


「……!?!?」


「敵に渡された獲物を本当に信頼していたのか?」


彼はそこでようやく気づいた、自分が手にした刀は見た目だけで、であるということに。


「な、なんてきたない真似を……」


正中を串刺しにされた彼は、間も無く生命活動を停止した、禁則の内側では痛覚遮断もない、痛みに慣れていない者では死までの一瞬で私に一太刀浴びせようとすることもできない。


奴の死体から獲物を引き抜き、蹴り飛ばす。


「その台詞を聞くのはここ数時間で二回目だよ、前に私に同じことを言った者がどうなったか、興味があるなら教えてあげましょう」


血みどろで起き上がるキルシュ、手に持っていた獲物を投げ捨てる、そしてこちらを睨み付ける。


「お前だけは絶対に許さん、おちょくりおってぇ、嫌なセンパイにも程があるわアンタ」


何を言っている、初めに喧嘩を売ってきたのはお前の方だろう、よくもまぁ抜け抜けと言えたものだ、この未熟者のつけ上がったクソガキが。


「素手で相手してあげましょうか」


「もうその手には乘らんっ!」


——ダッ!


踏み込んでくるキルシュ。


私は右手の曲剣を構えて応戦する。


をした。


——ザクッ。


私の右手には何も握られていない、杖は透明だと分かっていたはずだろ、何故馬鹿正直に手で扱うと思い込んでいる。


私は獲物を足で踏んで引っ掛けていた、つま先を相手に向けて突き出すと、自動的に死角から攻撃が成立する寸法だ。


キルシュは膝を貫かれ、ガクンと体勢が揺らいだ。


私は距離を詰め、逸れた刀の外側に周り、頚椎を手の甲で横から叩いて砕いた。


——ドサッ。


もう何度目になるかわからない死、ステージの外でラゥフが目に手を当てて首を振っている、私も同じ気持ちだよ先生。


こりゃあ重症だ、とんだインテリ君だよ、格下としか戦った事がないんだろう、スペック差が前提の戦術を自信満々に振りかざすのが救えない。


「そろそろ負けを認めたら如何ですか」


「……まだだ、まだ、まだ僕はやれる」


立ち上がり、よろめいて、拳構える男。


杖を投げ捨てる私、今度こそ素手同士。


最後くらい小細工は抜きにしてやろう、そうしないとヤツは折れまい、一度そのプライドを完膚なきまで徹底的に叩き潰してやる必要がある。


——ザッ。


鋭い踏み込み、強烈な拳。


手の甲で逸らしてカウンターを突き込む。


避けられる、そして打撃を返そうとしてくる。


私は避けれた拳を、彼の顔の横を通り過ぎた手を、彼の後頭部に引っ掛けて引き込んだ。


——グッ。


そして踏み込んで左の肘を叩き込む。


——ゴギッ!


それは眼球を破裂させた、奴は痛みに悶えた、私は両手を彼の後頭部に添えて再び引き込み、鳩尾に膝を打ち付けて飛び付き、全体重をかけて自分ごと地面に転がした。


——ドスッ!


背中から落下、と同時に腕を絡み付ける。


「ぐ、ああああああっ……!」


必死に逃れようとするキルシュ、だが残念なことに組み技の練度が足りない、きっと剣術か立技の練習しかしてないのだ。


私は彼をひっくり返してマウントを奪い、上から拳を何度も叩き付けた、角度を変えて強弱をつけ、肘や脇腹への膝蹴りを絡めボコボコにする。


「ぐ、ぁ……クソ……クソックソックソッ……!」


手が伸びてきた、その腕を取って腕ひしぎ、関節を破壊して頭を掴んで飛び込みの膝、体の落下に合わせて顔面に鉄槌を落とす。


——ゴギッ!


それが、決め手となった。


——パタリ。


体の力が抜けて大人しくなる、気を失ったのだ、この結界はあくまで死を巻き戻すためのもの、負傷や単なる気絶では対象外だ。


手をほろい、立ち上がる。


そして禁則を解除し、魔術で手元に杖を引き寄せ、倒れた彼の横をすれ違いながら、首を切り裂いてステージの外に向かう。


不死が苛み復帰する、しかしもう彼が起き上がり、私に戦意を向けてくることは無かった、代わりに啜り泣くような声が聞こえてくる。


——パキッ。


繊維喪失に伴い結界が砕け散る、私は階段を降りてラゥフの傍に行き、真横で一瞬立ち止まってこう呟いた。


「冗談でしょう?」


視線を向ける、私は失望の目をしていたと思う。


「そう言うな、見捨てないでやってくれ、私の声では彼に影響を与えられないんだ」


ため息をつき、杖を元の形に戻す、そしてステージ端に立て掛けておいた魔術用のではない、本来の『着く』杖の方を手元に呼び寄せ。


穴の空いた取手の部分に押し込み、クルッと反時計回りに回して、留め具をパチとはめた。


「やるだけはやってみましょう、ですがアレにその意思がない場合は」


「分かっている、私もむざむざ死地に、相応しくない実力の者を送り込むつもりはない、ただでさえ危険な戦いになるのだからな」


言うまでもないことだ、彼女は生徒を大切にしている、そんなラゥフが頼らざるを得ない、そうしないといけないと思うほど悪魔というのは強いのだ。


そして、あのキルシュ=ランディッド、彼はそれ程までに『期待』されているということ、それが分かっているから私も。


「……まったく」


こうして譲歩せざるを得ないのだ。


「すまないな、本当に」


視線を逸らし、前に向け、歩き出しながら言う。


「相応に豪華な報酬でないと許しませんからね」


天才と称された男は、このように、より上の才能を持った努力の化け物によって撃ち落とされる、これで変われないのならおしまいだよ。


あとはお前次第だな魔術師、教えを乞いに来るのか独学を貫くのか、どちらにせよ変革が必要だ。


さあ、久しぶりに私の部屋に帰ろう、ラゥフの事だきっと当時のまま残しているに違いない、泣く泣く置いて行ったものが山ほどある。


今ならあれもこれも、それも、きっと理解できる解読できる組み上げられる、それがこの先の役に立つと確信できる。


こうして私は懐かしの学舎に帰還を果たした——。


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