黄金の旅路
時代による次代の為の魔術学校。
「——私に教育係を?」
「そうだ」
あの遺跡から離れた場所、魔術によって隠されていたラゥフの飛空艇に乗り込み、悪魔狩の準備のため一時彼女の『拠点』へと帰還していた時のこと。
操縦席に座るラゥフが、隣の席で先の決闘で得た戦利品を弄る私に、そんな提案をしてきた。
操縦桿を操りながら、ラゥフが言う。
「私の教え子に有望なのが居る、実は先程お前さんに見せた『悪魔の力を破壊した魔術』アレを作り上げたのもその教え子なのだよ」
——チラ。
吸血種の血を入れた小瓶を見る私の視線が彼女に移る、今の発言が本当だとすればそれは『有望』どころではない話だ。
なにせこの数千年、これまで数々の大魔術師が誕生してきたが、そのいずれも、悪魔を完全に滅ぼす術を作ることは出来なかったのだから。
まさしく神の所業だ。
しかし、ラゥフの反応は芳しくない。
彼女は苦い顔をしてこう続けた。
「彼は今年で十六になるんだが、如何せん私の言うことを聞かなくてね、なまじ才能があって独自の手法を形に出来てしまう能力があるものだから
必要な基礎、心構え、危険性に戦法、その他諸々についてまったく聞く耳を持たんのだよ
打つ手ナシ、お手上げだ、自分のやり方で結果を残してしまったせいだ、教師の立場から何を言っても最早届かん」
「それで『かつての教え子』が抜擢されたと」
ラゥフは頷いてこう続けた。
「彼はお前さんを目標にしていた、いや対抗心を燃やしていた、キャリー=マイルズが残した数々の『功績』を憎らしげに眺めていた」
昔の話だ、増長し切っていた頃の私の話、力を隠すこともなくひけらかし、不必要な名声を追い求めていた野心の使い方を間違えていた愚か者。
恥とは思っていない、あの時代があったからこそ、今の成熟した私がいるのだから、ハングリーさとは決して欠点ではない。
ただし、彼女の言った通り、そういった『天才』が必ず陥る症候群のようなものがある。
私は自力で解決したが、多くの場合、自分の間違いに気付けずにいつしか手遅れになる、早い段階でなければ修正が出来ない。
小瓶を上着のポケットに入れる、魔術的に守られたある種の結界だ、私以外の誰かが手を触れることはできない。
「三人でやると、そういうことですね」
話の終着点を読み、先回りする。
「そうだ、悪魔狩りには彼も連れていく、私が扱えるのは動いていない相手にのみ、とりわけ弱っている場合に限られる
実戦運用するには心許ない、ズィードゥークに対してだけ、たまたま条件が整ったというだけだ、普通の悪魔は力を切り分けられないからな」
彼の力は強すぎて、そのままでは封印しきれない、だから分割して個別に縛る必要があった。
ただし彼以外の悪魔は違う、彼だけが特別、その他の悪魔は十全の状態で封印されている、それを倒すとなれば当然に戦闘となる。
あんなふうに、無防備を晒したりはしない。
「要は教育しろと、同じ弟子の立場なら、対抗意識を燃やしている相手からなら、貴女が諭すよりよほど効果があると」
「ああ、その通りだよマイルズお嬢ちゃん」
『理解が早くて助かる』と言うラゥフ。
これは私にもメリットがあることだ、勝率という形で全体に影響する、ならば断る理由はない、試してみてダメなら諦めればよい。
私の中で結論は既に出ているが、しかしここで話を終わらせる気はない、まだ必要な話をしてない。
「それで見返りは?」
「ハハハハ!」
——ギュゥン!
飛空艇が加速しカーブする。
「いやぁ、そうだったそうだった、ウンウン懐かしいなぁお前さんのその感じ、何も変わっていない」
彼女はひとしきり楽しそうに笑った後、目尻に浮かんだ涙を指の腹でぬぐい、こちらを向いて言った。
「追加報酬を約束しよう、彼を実戦投入できるまで育ててくれ、無論私も協力は惜しまない」
まだだ、まだ足りない。
「具体的には何を?」
ラゥフは前を向いて微笑み、こう言った。
「可能な範囲でお前さんの望むものを提供しよう」
突き詰めるならまだ手はあるが、ここはその必要がない場面だ、現状をもって是としようか。
「分かりました、こちらも力の及ぶ限り協力しましょう」
暗に『ダメだと判断したら切り捨てます』と釘を刺しておく、教えて学べる者とそうでない者、この世には二種類の愚か者が存在する。
「ようし、ではさっさと拠点に戻ろう」
「行き先は何処なんです?聞いてませんでしたが」
「《《古巣》だよ》」
再度、飛空挺は加速した——。
※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※
私の魔術師としての才能が発覚したのは、まさに生後間もない頃だった。
ある日地震が起き、寝台に向かって棚が倒れてきたのだ、両親は叫び走るも間に合わず、何十キロあるか分からない凶器一直線に赤ん坊へ向かった。
——しかし、いつまで経ってもそれが破壊を巻き起こすことはなかった、棚は空中で静止していた。
それが始まり。
両親は魔術師ではない、ただの普通の教師だった。
当時我が家は決して裕福とは呼べない暮らしをしていて、魔術を扱える子供が通える学校など、とても学費に手がでる状態ではなかった。
そんな所に現れたのが、ラゥフ=ドルトゥースだ。
彼女は魔術協会の秘匿研究部門の長を退いたあと、昔志していた教師の道を再度歩み出した。
自分で一から施設を立ち上げようとしたのだ、才ある者を正しく導くための学校、蓄えに蓄えた資金を元手にそれを作り上げた。
あとは最初の生徒を集めるだけ、しかし実績のない彼女ではその最初の一歩が何より難しかった。
ラゥフは各地を転々として生徒を探した、才能はあるが伸ばすアテのない者を、世界中を飛び回って尋ねていたのだ。
そんな時、私の噂が彼女の耳に入った。
ラゥフは飛空艇で我が家まで乗り付け、玄関の扉を叩き、応対した両親に向かってこう言った。
『初めまして、私の名前はラゥフ=ドルトゥース、ここに燻っている才能があると聞き及びました』
それまで数多の失敗を重ねてきた彼女は、持ち前の研究者としての能力を活かし、プレゼン力を磨き交渉の技術を上げていた。
その集大成、努力の結果が、ついに報われた。
私の両親は見事に口説き落とされた、魔術に詳しくないものに対して、それを伸ばす優位性を説くのは至難の業だ。
忌避感、嫌悪感、恐怖心、不安、それらを払拭し乗り気にさせるのに、一体どれほどの手間と労力を必要としたか。
説得には半年掛かったという。
半年の折、とうとう両親は首を縦に振った。
こうして当時三歳だった私は、黄金蝕ラゥフ=ドルトゥースの下で魔術を学ぶことになった、それはマンツーマンの個人授業だった。
それが記念すべき生徒一号、最初に教えた人間、彼女の作り上げた『
——あれから二十年。
十三の時、N.Aを卒業し魔術学院に入って以来、私は一度たりとも校舎に立ち寄った事はない。
——今日この瞬間までは。
「ようこそ、そしておかえり、我らが古巣N.Aへ」
振り返り、手を広げた彼女の背後に見える校舎は、あの時からなにひとつ変わっていなかった。
魔術のよく馴染むミダルセントの木造建築。
施された魔術結界は途方もなく、たとえこの世が終わろうともこの校舎だけは残り続けるだろう。
生徒の数はそう多くない、彼女が教え子に選ぶのはあくまで『機会を与えられなかった者』だけ。
そもそも魔術師を志せる程の才能を持った人間が少ない世の中では当然のことと言える。
校舎は全部で三階まであり、その殆どが資料室や研究施設、魔術開発の設備や訓練所、肉体トレーニングのためのジムである。
生徒の教室は一階だけ、寝泊まりも出来る、学ぶために必要なすべてが揃っている、しかもこれだけ整った設備がありながら学費は必要としない。
タダで通える魔術学校。
それがここの、何よりの『ウリ』であった。
「昔が蘇るようだ」
「良い思い出かね」
「ご想像にお任せしますよ」
「ハハ、そうさせて貰おう」
我々は校舎の中に足を踏み入れた。
※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※
校舎に入った我々は、複製体である『ラゥフ・ナンバーズ』や生徒達とすれ違いながら、ある薄暗い教室を訪れた。
——ガララ。
扉を開けて、ラゥフが呟く。
「キルシュ=ランディッド、来たまえ」
教室の暗闇に紛れて本の虫をしていた何者かは、それをパタンと閉じると椅子から立ち上がり、部屋の明かりを灯してこちらに歩いて来た。
「なになに、どうしたのラゥフちゃん、僕に何か用ですか?今ちょうどイイとこだったのに、呼び付けただけの理由があるんでしょうねえ?」
軽薄な喋り口調、人の良さそうな笑顔、十六歳にしては落ち着いた雰囲気をした黒髪の男、声はやや高く体はよく鍛えられている。
両手に沢山の指輪が嵌められている、手首には刺青のようなモノが彫ってあり、左腰に刀のような物が二振り差してある。
「おや?お隣さんに誰かいますねぇ、そちらは?」
私の方を見て首を傾げる男。
ラゥフは言った。
「彼女の名前はキャリー=マイルズ」
——その、瞬間。
「……へぇ、アンタが例の」
男の私を見る目が変わった。
「初めまして、僕はキルシュ=ランディッド言います、お噂はかねがね聞かされてましたわ、何処行ってもアンタの名前があるからねぇ」
握手を求めてくる、手を握る。
彼の目は笑っているが、彼の口調は柔らかいが、しかしこの身を焦がすほどの野心を感じる、まるでかつての私をみているかのよう。
溢れ出すヴィジョン、常人とは視るモノが違う、なるほど彼ならば偉業も成し遂げられよう、千年の重みに打ち勝つ姿が目に浮かぶ。
「改めて、キャリー=マイルズだ、詳しい自己紹介は必要なさそうだな」
「いんや?僕は是非聞かせてもらいたいねぇ、色々興味があるんですわ、アンタの見てる『世界』っちゅーもんが」
手を離す。
今、一瞬、彼が私の頭の中を覗こうとした。
凄まじい精度の術だった、挨拶代わりという事か、おちょくるように発動前に式を解いてきた、私はそれを挑戦だと受け取った。
「キルシュ、私が来たのは他でもない先日の話だ」
「アンタが生きて帰ってきて、お隣さんの先輩連れて来た時点でなんとなく分かりました、着いてこいと言うんでしょう悪魔狩りに」
遮音結界はすでに張られている、彼の手によって、ラゥフの前にやってきた時に早業で、私の目でも辛うじて捉えられる速度で。
察しのいい彼に対し、ラゥフは首を横に振った。
「お前さんを戦いに連れて行くことは出来ない」
「なんです?まだ怒ってるんですか?僕がちょーっと優秀だからってそんな、良い歳こいた大人がみっともないわぁ」
冗談めかして笑う男。
この手のタイプは魔術学院で散々見てきた。
本心を隠すのに長けている、何が本当で何が嘘なのか、周囲を言葉で騙し雰囲気で騙す、間違いな魔術師向きの人間だ。
ラゥフはそんな彼の『おちょくり』に腹を立てることなく、極めて冷静に話を続けた。
「今のままではお前さんは奴らとやり合えない、だから使い物になる段階まで引き上げる、ここに居る彼女にその役目を与えた」
そう言って私を手で紹介するラゥフ。
「……正気ですか、本気ですかぁ?」
感情が読み取れないので推測するしかないが、私が彼の立場なら確実に腹を立てる、そして次にやることは目に見えている。
「僕が彼女より弱いと?」
ほら、やはりな。
「そうだ、お前では悪魔に太刀打ちできん」
「よー言ってくれるじゃないですのセンセ」
精神面の未熟、そう見える。
だが私から言わせれば、彼の怒りは感情的に過ぎる、こうもあからさまに見透くものか、戦いはこの時点から始まっている。
「そう思うか?」
「ええ、納得いきませんね、天才といえど所詮は過去のちょっと運が良かっただけの人間でしょう、僕が彼女より劣っているとは思いません」
私は気付いている、それは作られた怒りだ。
私に対して精神の未熟さを見せつけている、油断を誘おうと撒き餌をしている、挑戦はとっくに受け取っているのだから。
こう言われれば、当然の流れとして。
「なら試してみるかね?」
ラゥフの立場ではそう言うしかない。
「良いでしょうやりましょう、証明してみせます」
反応が早かったぞキルシュ=ランディッド、誘導したのが見え見えだ、トーンも表情も完璧だがタイミングが悪い。
それでは悪魔どころか魔術学院ですら通用しない、なるほどラゥフが言っていたのはこういうことか、己の能力を過信しすぎている。
まだ自分を道具としてみれていない。
「すまないマイルズ嬢ちゃん、やってくれるかな」
目が合う、ラゥフは分かっている、理解したよ。
私は堂々と言い放った。
「クソガキ泣かすお仕事ならお任せあれ、報酬はそうですね酒でお願いします、いい肴になりそうだ」
にっこり笑顔で、宣戦布告状を叩き付けてやった。
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