やり残した決着。


遺跡から外に出ると、そこには腕組みをした吸血種の女、レイノート=ファンブルクが居た。


「フン、ようやくか」


待ちくたびれたという態度の彼女は、大人の姿で闘気を漲らせていた、陽炎のように空気が揺れる。


「見逃してはくれないか」


このゴタゴタで都合良く何処かへ行ってくれやしないかと考えていたが、やはり現実はそう甘くいかないらしい。


「その姿、まさか」


彼女を見て察した様子のラゥフ、実際に目にするのは初めてだよと、好奇心に満ち溢れた学者の表情をしている。


「あれはキミのお客さんかね」


「いかにも」


前に出て行く、吸血種の元へ馳せ参じる、ラゥフは後ろで黙って見ている、この件に介入するつもりはないらしい。


——正面に立つ。


「どうやら事情が変わったようじゃな」


不機嫌そうな声でそう言うレイノート。


彼女は何処かから一部始終を目撃していたのだろう、私に同行していた理由のひとつは『ズィードゥークに用事がある』からだ。


しかし今、それは達せられない、もう彼は彼の意思で外に出ることが出来ない、少なくともしばらくの間は。


「さてどうしたものかの」


言葉の裏に込められた意味は『どう戦ってくれようか』だ、彼女は私を見逃すつもりがない、ここで決着をつける気でいる。


「提案をしても?」


「言ってみよ」


聞く耳あり、理性的ではある、これなら交渉が通じるかもしれない、勝負の形式について少し策を巡らせておこう。


「私はそこの背の高い魔術師、アレとの戦いで些か消耗している、万全の状態とは程遠い」


もちろん嘘だ。


魔術師が死より前に息切れすることはない、とりわけ優れた者であるならば、これは会話を有利に進める為のブラフである。


「それで?」


彼女は結論を急がず、決め付けず、油断なくこちらを見ている、悪魔にしてやられた一件を経て、より用心深く成長したのだろう。


良い、想定通りだ、これならば上手く行く。


私は息を吸ってこう続けた。


「だからケンカをしよう、魔術も血もナシだ、肉体言語で語り合いませんか」


「なるほどな」


こちらの狙いを読んではいまい、どちらの方向に納得したかは分からんが、コイツでは真意に辿り着くことは不可能。


レイノートは言った。


「よかろう、小細工は抜きじゃ、キサマの言う『ケンカ』とやらに付き合ってやる」


「では魔術契約を、裏切られては困りますので」


「フン、舐めおって、この私が約束を破るような下衆な吸血種に見えるのか戯けが」


「我が信条は合理、確実性を重要としています」


片手を持ち上げ魔術を発動、お互いに縛りを貸しルールを守らせる、破った瞬間その者は死亡する。


「内容を確認しますか?」


「当たり前だ、二度とあのような真似をさせるか」


空中に浮かび上がった書面を眺めるレイノート、そこに記されているのは実に単純。


『キャリーマイルズ、レイノート=ファンブルク両名は、魔術および血の力を戦いに使用しないこと、勝敗はどちらかが戦闘不能になった瞬間に決まる』


この二つだけ。


「……よかろう、可決するが良い」


目を通し終えたレイノート、ズルはないと納得した、あるいは『穴』を見つけてひた隠したか、どちらにせよ私の勝ちには変わりない。


——契約を制定する。


この瞬間、勝負の行方は決定した。


——パキキッ。


周囲に結界が張り巡らされる、戦いが終わるまで外部への干渉は出来ない、時間の流れも切り離され完全に閉ざされる。


「では初めようか」


——ザッ!


土の床を蹴り付け、足場を整えるレイノート、彼女は体を震わせると雄叫びを上げた、と同時に噴出する無限の闘気、押さえつけていた凶暴性ッ!


人間ッ!」


——ドンッ!


姿が掻き消える、どう動いたかすらも分からない、私のこの目を持ってしても、動き始めを捉えるのがやっとだった。


——ヒュオッ。


風が吹き抜けた。


髪の毛が揺れて衣服がはためく。


レイノートはいつの間に私の後ろに着地していて、その爪は既に振り抜かれた後だった、まるで剣士の居合い抜きのように。


いつ攻撃が行われたかも分からなかった。


そして。


——キンッ。


そんな風切音が遅れて聞こえてきて、私の背後のレイノートの体が、


——ピッ。


振り抜いた姿勢のままで居た私は、曲剣に付着した血を払い落とした。


「——ハ」


響き渡る。


「——ハーーーハハハハハハァッ!やはりそう来たか愚かなる人間よッ!そうだよなぁ持っていたものなぁ『形の変わる透明の杖』をッ!」


吸血種の高笑い。


——肩越しに振り返る。


「戦いが始まる前に仕込んでおけば、杖そのものは武器と見なされ魔術扱いはされないと、キサマの企んだ小細工はそういう事だな?


しかし甘かったようだな、勘違いをしているぞ、私の能力は確かに血を操ることだが、だッ!」


振り返った先で見た彼女の姿には、傷口がもう何処にもない。


切り飛ばしたはずの上体はそこにある、血の一滴も出ちゃあいない、ダメージはおろか怯みすら、対して私の体はどうかというと。


——ザクッ!


この世の傷ではない、横に薙ぎ払われたかのように、左半身が四つに切り裂かれている、血が吹き出して止まる気配がない。


「攻撃を当てたこと、策を弄したこと、浅知恵よのう、よく頑張ったと褒めてやろう、さぁてしかしキサマはもう戦えまい


これでこの勝負は!私の「私の勝ちだ」……何?」


私の言葉に眉を顰めるレイノート、だがその理由を説明するまでもなく、間も無く『効力』が現れる。


「……ッ!?」


レイノートの体に入る斜めの線。


「な、なに……」


瞬く間に広がった線は、赤く染まり、そして彼女の体を再び斜めに分断してみせた。


「なにィィィーーーッ!?!?」


派手に血を撒き散らしながら地面に転がる彼女、本来なら一秒と経たずに治療されるはずの、吸血種にとって『軽傷』ですらないそれは。


「さ、再生、しないだとッ!?」


もう二度と癒えることはない。


『残光 禍ツ録』


それは我がオリジナル魔術。


本来は再生を多用する魔術師相手に使うモノだが、やはり吸血種に対しても効果があった、再生能力と血の力が別枠だという私の推論は当たっていた。


「これは魔術、だが何故、先程のルールは……!」


「魔術を使ったのは私ではありませんよ、あらかじめ杖の中にセットされていたモノが、発動条件を満たし効果を表しただけのこと


キャリー=マイルズは禁を破っていない、私が今生きていられるのがその証明だ、驕ったのは貴女の方でしたね吸血種」


「く、くそ……だが、このぐらいの傷……ッ!!」


上半身、片腕一本だけの状態で、なおも私に渡り合おうとする吸血種。


もちろん脅威、普通にやり合ったら勝ち目がない、肉体的な性能差がありすぎる、格闘戦などハナから勝負になどならんのだ。


故にこそ。


「……か」


私はこの魔術を選んだのだ。


「……体が、動かんッ!!」


リスクとリターン。


リスクは直接対象を切り付ける必要があること。


リターンは対象の一切の行動を封じ込めること。


切り付けられた瞬間にその者の運命は固定される、新たに傷付くことも傷を治すことも、その場から動くことすらも出来はしない。


術式発動直前に負った外傷が死に至るモノであった場合、その者は既にこの世に居ない。


吸血種には魔術が効きにくい、ならば効かせられるように改良すればよい、その為の方法は先人達が見つけてくれていた。


私はほんの少し既存の術に手を加えるだけで良い。


——結界が砕け散る。


勝敗は初めから決まっていた、彼女が魔術契約を受け入れた時点で、こうなる事は分かっていた。


「ばか、な……」


戦いが終わり、フィールドが解放され、魔術禁止の縛りが解かれた、私は自分の体の傷を治しながらレイノート=ファンブルクの前に立った。


彼女に掛かった魔術は解かれていない、ルールで制限されたモノでは無いからだ、自力で抜け出すことも出来ない。


生殺は、我が手に委ねられた。


「おのれ、キサマ、よくも卑怯な真似を……ッ!」


歯を食いしばり、指先も動かせず、憎しみの籠った視線を向けてくる吸血種。


私は彼女を見下ろし、言った。


「さようなら」


言葉と共に指を鳴らす、すると何処からともなく現れた無数の白槍が彼女に突き刺さり、その姿を完全にこの世から消失させた。


文献に残された対吸血種の最終奥義、封印の術式。


現代に蘇った吸血種レイノート=ファンブルクは、これにより自由を失った、決着はついた。


初戦、知恵によって負けた彼女は学び、理性的に思考することを覚えた。


それがアダとなった。


普通に戦えば勝負は分からなかったのだ、対策は考えたとはいえ可能性は未知、ヤツの敗因は『必要以上に私を警戒しすぎた』ことに収束する。


ケンカという言葉に惑わされた。


彼女は復讐に拘っていた、雪辱を晴らすべく動いていた、塗りたくられた泥を返すために。


すなわちそれは傲慢なプライドである、恥を与えた相手を真正面から叩き潰す、正々堂々とした真っ直ぐさがこれを招いた。


その通り、キャリー=マイルズは卑怯者だよ。


皆、手遅れになってからその事に気付くのだ。


「見事」


拍手と共にラゥフが歩いてくる、彼女は私の背中を叩き『立派な魔術師になったものだ』と言った。


「己の命以上に尊いものはこの世に存在し得ない、貴女の教えたことですよドルトゥース、それでは悪魔狩りとやらに向かいましょう」


これでようやく次に行ける、やり残したことは、これで全部片付いた——。


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